
作家の読書道 第201回:古内一絵さん
映画会社に勤務したのち作家デビューを果たし、さまざまな舞台を選んで小説を執筆している古内一絵さん。ドラァグクイーンが身体にやさしい夜食を出してくれる「マカン・マラン」もいよいよ完結、今後の作品も楽しみなところ。では、どんな読書体験を経て、なぜ小説家へ転身を果たしたのか。その転機も含めて読書遍歴をおうかがいしました。
その3「映画の勉強を始める」 (3/7)
――さて、高校時代は。
古内:高校に入ると小説に戻ってきます。その理由は、自分は絵が下手だということに気づいたから。ギャグ漫画でなくストーリー漫画を描こうと思うと画力がついていかない。そうすると小説に戻るしかないということで、この頃にいちばんハマったのはサリンジャー。『ナイン・ストーリーズ』『ライ麦畑でつかまえて』『フラニーとゾーイー』...。『ナイン・ストーリーズ』は本当にショックでしたね。最初にお兄さんが自殺してしまうところから始まるわけですけれど。あと、子どもが自分のお父さんのことを「ユダ公」と言われて、親が「どんな意味か知ってるの」と訊いたら、「ユダコっていうのはね、空に上げるタコの一種だよ」って答える。意味が分かってないにも関わらず、ニュアンスは切実に感じ取っているというのが、すごく面白い小説だなと思いましたね。
それと、高校時代はちょっと格好つけてシリアスなものが書きたいと思って、倉橋由美子さんとかに傾倒しました。高校では文芸愛好会に入りました。水泳部に入ろうと思ったら、学校にプールがなかったんです(笑)。そこで、小説好きな子たちと一緒に小説を書き始めて、倉橋さんの影響で人の名前を「M」とか「F」とかイニシャルにしたりして。ただ、共産党の話も、意味も分からず読んでいたと思いますよ。『聖少女』とかも。あとは大江健三郎さんといった、純文学っぽいものを格好つけて、本当に分かっているのか分からないけれど、読んでいました。
――古内さんは作家になる前に映画のお仕事をされていましたけれど、その頃から映画はご覧になっていませんでしたか。
古内:うちは父が映画がすごく好きで、よく連れていってくれたんです。名画座で「禁じられた遊び」とか、「第三の男」とか、ペペ・ル・モコの「望郷」とか。
――ああ、ジャン・ギャバン演じる主役の名前がペペ・ル・モコ。
古内:あのへんのものを見て映画の学校に行きたいと思うようになって。調べていたら日大芸術学部に映画学科というのがある。でも親に言ったら学費が高すぎるからダメだって言われたんですよね。でもよく調べたら、監督コースや撮影・録音コースは学費が高いんですが、理論・評論コースは文学部と同じくらいだったんです。「ここならいいよ」と言われ、そこに入り、映画理論を学びました。
――理論って、モンタージュ論とかですか?
古内:そうですそうです。当時、登川直樹先生というすごく有名な教授がいらして、理論・評論の教授だったんです。すごく授業が面白かった。モンタージュ論からカメラ万年筆論とか、ずっと習っていくわけですね。だからこの時期になると、映画に影響された本を読むことが増えました。
私、池袋の文芸坐でアルバイトしていたので、年間名作映画を200本くらい観ていたんですね。モギリのアルバイトが終わったら、ただで観てよかったんです。みんなすごく優しくていい人ばかりで、大好きでした。
そこで大島渚監督とか鈴木清順監督とか、ATG(日本アート・シアター・ギルド)の映画とかを夢中になって観ました。タルコフスキーとかソクーロフとか。ハリウッドのものも、アメリカン・ニューシネマとかヌーヴェル・ヴァーグも。そのなかで映画化されたものの原作も読んでいたんですけれど、好きだったのは、ガルシア=マルケスの『エレンディラ』、アーヴィングの『ガープの世界』や『ホテル・ニューハンプシャー』、あとは「ブレードランナー」の原作となったフィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』。『高い城の男』も好きで、それで、なんと大学の有志で『ヴァリス』を自主製作したんです。あんな難解なものを(笑)。監督コースの先輩が「『ヴァリス』やるぞー」と言って、8ミリで。私は手伝っただけですが、一応役者で出ていました。最後は殺されちゃう役(笑)。
――それはどこかに残っているのでしょうか。
古内:いや、私も観た憶えがないので、完成しなかったのかもしれません。ラッシュまではいったのかもしれないけれど。
――学科を超えて仲の良い人たちがいたんですね。
古内:そうですね。映画学科の他に文芸学科の人たちも仲良くて、本も「今これが面白いよ」と教えてもらって読むことが多かったと思います。大学のそばに下宿している面倒見のいい先輩がいて、その人は自分の下宿を開放していたんですね。そこにいくと先輩はいなくても誰かが必ずいて、そこでいろいろと教えてもらうことが多かったです。ゴダールがいい悪いって論争がおきて、あまりにもゴダールを擁護した人のあだ名が「ゴダール」になったりして、面白かったですね(笑)。
――映画とは関係なく読んだものってありましたか。
古内:村上春樹さんが出てきたのがこの頃で、当然読みましたね。私が大学生時代に読んでびっくりしたのは、村上春樹さんと、『悪童日記』のアゴタ・クリストフです。『悪童日記』は『ふたりの証拠』『第三の嘘』と合わせて三部作ですが、やはり『悪童日記』は大ショックでしたね。何が好きだったかというと、登場人物が自分の倫理で動いているところ。たぶん私の根底にある、誰かが決めた倫理ではなく自分の決めた倫理で動く、ということを主人公の双子が実行していて、それが気持ちよかったんです。おばあちゃんが性格最悪で、双子が食事するのを止めている時に目の前で鳥を丸ごと焼いて食べたりしますけれど、ナチスがユダヤ人を行進させている時に、わざと林檎を彼らのほうに転がして食べさせるんですよね。それでナチスに殴られる。おばあちゃんが怪我して帰ってきた時に、双子ははじめておばあちゃんの手をとって一晩中看病する。そういうところもすごくよかった。あと、「兎っこ」って出てくるじゃないですか。
――はい、近所に住む女の子ですよね。
古内:あの兎っこも淫乱で最悪ですが、双子は「眼の見えないお母さんの面倒を見ていてお前はいい子だ」と言ってその子を守る。みんなから犬畜生と言われている子を、双子は双子の倫理で守るんですよね。そういう、筋が通っているところが好きでした。その後に出てきた『ふたりの証拠』と『第三の嘘』も小説としてすごく面白いんですけれど、そういうところがなくなっているので、やっぱり『悪童日記』がいちばん好きですね。
――村上春樹さんの作品では何が好きでしたか。
古内:私は『羊をめぐる冒険』かな。『風の歌を聴け』とか『1973年のピンボール』も読みましたけれど、『羊をめぐる冒険』から「この人はすごくエンターテインメントを書こうとしている」と感じて......と私が言うのも不遜なんですけれども、物語がバーンと広がった感じがありました。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』も大好きですね。短篇も、気味悪い「納屋を焼く」とか。阪神大震災のことを書いた『神の子どもたちはみな踊る』も。エッセイでは、『走ることについて語るときに僕の語ること』には憧れましたね。ストイックで、午前中に走って午後に執筆して、夜は音楽を聴きながらご飯を食べて、という生活が。