作家の読書道 第203回:古谷田奈月さん

2017年に『リリース』で織田作之助賞を受賞、2018年には「無限の玄」で三島由紀夫賞を受賞、「風下の朱」が芥川賞候補になるなど、注目を浴び続けている古谷田奈月さん。自由で斬新な作品の源泉はどこにあったのか、その読書遍歴をおうかがいしようとすると、最初に挙がったのは本ではなくて……。

その1「幼い頃、いちばん影響を受けたもの」 (1/6)

――前にお会いした時、「作家の読書道のインタビュー依頼がきたら、何を言えばいいんだろう」と困ってらっしゃいましたよね。それは別に、読んだ本が少ないとか、そういうことではなくて...。

古谷田:「どんな本を読んできたか」ということは、その作家というものの正体を知る、みたいな意味としてとらえられている気がしていて。

――それだけで正体が分かるわけじゃないのに、という?

古谷田:そうなんです。なのではじめに言っておこうと思っていたのは、私は、もちろん本というものをないがしろにするつもりはないけれども、個人の感覚でいうと、本はあくまでも自分に影響を与えてきたもののひとつであって、自分が本を書く=本が特に重要な存在、ということではない、ということです。小説家だからということで読書歴ばかり聞かれることに、ちょっと悔しいような気持ちもあります。

――そうですね、このインタビューでは、本だけでなく、影響を受けた他ジャンルについてもおうかがいすることは多いです。では、小さい頃にこれに影響を受けたなって思うのは何になりますか。

古谷田:何かを創造するということに関して、私が一番「わあっ」てなった古い記憶はなんだろうと考えた時、すごく大事なものとして最初に浮かぶのはファミコンのゲーム、「ドラゴンクエスト」なんですよ。兄がやっているのを隣で見る、というところから始まっているんですけれど。私が1981年生まれで、ドラクエの「Ⅰ」の発売が1986年だそうですが、記憶に残っているのは「Ⅲ」くらいからかな。お兄ちゃんがお父さんにものすごくねだっていたのを憶えているんですけれど、そうやって手に入れたものが我が家にやってきて、お兄ちゃんが楽しそうにやり始めて、私にはまだ難しそうだけども隣で見ていて。音楽がかかって冒険が始まって、新しい場所にいったり、新しい武器を手に入れたり、宝箱を開けたりっていうなかで、前に進んでいく喜びみたいなものが繰り広げられていく。ぼーっと見ているだけでしたが、それはすごく大事な経験だったんですよね。「Ⅲ」の頃に「やってみる?」と言われてやってみたけれど本当に難しくて、私、最初の街から出られなかったんですよ。それで挫折感があって、「Ⅳ」までは見ているだけだったんです。でも「Ⅴ」ではじめて自分で進められるようになって、すっごく楽しかったというか、自分がその世界に属している感覚がありました。「私、責任を負っている」って思ったんです。それが小学校3年から5年の頃かな。その頃、ドラクエのゲームブックというのがあって。

――ああ。自分の選択によって展開が変わっていく本ですよね。

古谷田:「AとBとどちらを選ぶか」という選択肢が出てきて、Aを選んだら「何ページに移動せよ」という指示があり、その通りに進めていくという。間違った選択肢を選んだら、ゲームオーバーになっちゃうんです。それに夢中になりました。それと、何人もの漫画家による『ドラゴンクエスト4コママンガ劇場』という本が何冊も出ていたんです。今でいうと二次創作なんですけれど、それをエニックス自らが出していました。それがすごく面白くて、家にいる間ずっと読んでいたような時期がありました。学校で、その話ができる男の子が一人だけいたんですよ。なにかの話で、その漫画に出てくるフレーズを言ったら「おお、お前もそれ知ってんの」みたいに通じ合った瞬間があって意気投合したんですけれど、そしたら仲がいいとか噂になって、すごく面倒くさくなって。ということも今思い出しました(笑)。
公式ガイドブックも出てましたね。世界編と知識編の2種類があって。世界編は出てくる町やダンジョンについて「ここは港町で、こういう成り立ちで、ここに宿屋があって...」みたいな紹介がしてある。知識編は道具とか武器・防具の説明ですよね。もう、それを見ているのが本当に楽しかった。ひとつひとつの装備品の情報ってゲームの中だとどうしてもスルーしてしまうんですけど、本で読むと、「たびびとのふく」といったすぐに売り払ってしまうようなものにもちゃんと説明があるんですよね。「旅人の定番」みたいな簡単な説明なんですけれど、それでも「こんなものにもちゃんと設定があるんだ」ってぐっときちゃって。たまに「シルクのビスチェ」みたいな、女性しか着られない、露出度の高いお色気系の装備品があって、子どもながらに「こんな肌が出ていたら防具として機能しないんじゃないか」と思っていたんだけれど、それがすごく防御力が高い。で、知識編を見たら「肌にぴったり密着するから防御力が高い」と(笑)。そう言われても納得はいかないんだけど、こっちの疑問を見透かして一応理屈をつけているんです。そういう細かさに感心しました。
あとはノベライズですね。久美沙織さんがドラゴンクエストのノベライズを書いていらして、兄がそれを熱心に買い集めていたんです。立派なハードカバーで、いのまたむつみさんのイラストの表紙もすごく素敵で、当時はすごく売れていたんですよね。小学生の頃は、それをシリーズごとに読んでいました。だから冒険ものを読んでいたということですよね。

――ドラクエ以外の読書はあまりしていなかったのですか。

古谷田:折原みとさんを楽しく読んでいました。そういう、少女漫画を小説にしたような本は近所の女の子と共通した趣味だったんです。登場人物の男の子が格好いいとか話すんですけれど、私にはちょっときゃぴきゃぴしすぎているな、とも感じていたんですね。久美沙織さんの冒険ものが好きだったから。で、その幼馴染みの女の子と、久美沙織派と折原みと派みたいに、一瞬、対立関係になったんです。そんなに険悪にはならなかったですよ、私も折原みと作品は好きだったし。でもその子が気が強くて引かなくて。久美沙織はキスのことを「接吻」って書くけど折原みとは「Kiss」だぞ、どうだ垢抜けてるだろう、みたいなことを言い出して(笑)。「キスシーンのこの表現を見よ!」とかって。「接吻」の何がいけないんだとそのときすごく悔しかったので、私は今でも久美沙織派であると言っています(笑)。

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