
作家の読書道 第204回:上田岳弘さん
デビュー作「太陽」の頃から、大きな時間の流れの中での人類の営みと、個々の人間の哀しみや郷愁を融合させた作品を発表し続け、『私の恋人』で三島由紀夫賞、そして今年『ニムロッド』で芥川賞を受賞した上田岳弘さん。5歳の頃から「本を書く人」になりたかった上田さんに影響を与えた本とは? 作家デビューを焦らなかった理由など、創作に対する姿勢も興味深いです。
その2「修業時代に読んだ本」 (2/6)
-
- 『草枕』
- 夏目 漱石
-
- 商品を購入する
- Amazon
――その後、吉本ばななさんや村上春樹さんの他の作品を追いかけたりはしましたか。
上田:しました。最初は姉が『ノルウェイの森』を誰かに借りてきたので読んだんですが、兄の部屋に忍び込んで本棚を見たら、当時出ていた村上春樹さんの文庫は全部あったので、それを読みました。吉本さんは最初『キッチン』を読んで、次に古本で『TUGUMI』を自分で買いましたね。その隣にある山田詠美さんの『放課後の音符(キイノート)』も買う、ということをやって読む本を広げていきました。
当時、中古ゲームや中古CDと一緒に古本を売っている店って、いっぱいあったんですよね。そのなかに純文学の棚があって、そこから安いものを買って読む、というのを高校生の頃から始めました。鷺沢萠さんの『スタイリッシュ・キッズ』が好きだったり、町田康さんが作家として登場されたので読んだり。
――上田さんは兵庫県明石のご出身ですが、大学進学で東京にこられたんですよね。どんな学生生活を送りましたか。
上田:大学に進学してしばらくは、麻雀やったり飲みに行ったりと、ずっと駄目な学生をやっていました。それでも作家にならなきゃという謎の使命感はずっとあって、「そろそろやらなきゃ」と思ったのが21、22歳の頃。作家になるにはやはり古典を読んでおこうと思い、日本の古典といえば夏目漱石、世界的な古典といえばドストエフスキー、戯曲の古典といえばシェイクスピアだなという単純な発想で、古本屋さんで買ってきて、がーっと読んだんです。漱石もドストエフスキーもシェイクスピアも、めちゃベーシックなんですけれど、実際に読んでみると勉強になることがすごく多くて。自分の下支えになっているのはあの頃に読んだ古典です。
――どのようなところに刺激を受け、影響を与えられたと思いますか。
上田:漱石はたぶん『こころ』なんかを中学生くらいの頃に読んだんですが、小説の修業を意識して改めて読むと、すごくテクニカルだなと気づきました。修業として最初に読んだのは『草枕』なんですけれど、すごく実験に満ちている。最初の「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される...」っていう、あの下りが美しくて。オマージュ作品を作ったこともあります(『文藝別冊 夏目漱石』収録の「睡余―『草枕』に寄せて」)。
――そういえば、上田さんの『異郷の友人』の冒頭の一文は「吾輩は人間である。」でしたね。
上田:あ、それもオマージュでしたね。やっぱり漱石は好きですね。あとはドストエフスキーの長台詞とか、シェイクスピアの長台詞がすごく好きで。「こんなの絶対誰も言わねえだろ」という長い台詞をするっと読ませるのが結構好きなんですよ。
――上田作品の長台詞の影響が、その二人の影響だったとは。
上田:シェイクスピアは訳の良しあしもあるんですけれど、やっぱり台詞がきれいですし。僕が読んだ訳は誰だったかな。ボロボロの古本を買い集めたので、結構古くて。福田恆存さんの訳とかがあったと思います。ちなみに一番好きなのは『マクベス』です。構成に無駄がない。太宰の『斜陽』も好きなんですが、なぜなら構成に無駄がないから。ああしたスパッと感、好きですね。
――ドストエフスキーではどの作品がお好きですか。
上田:どれも好きで、どうかなあ?『罪と罰』は、いろいろなものが詰まっている「ザ・小説」という感じ。それと、わりと『地下室の手記』の引きこもりっぽい感じがいいなあと思いますね。今っぽいし、ドストエフスキーは先見性があるというか、実はウィットも効いている人なんだなと思いましたね。
当時は他にも、名前を聞いたことがあるものがあったらとりあえず買っていました。ガルシア=マルケスやフォークナーも読みましたし、古典とは言えないですがミラン・クンデラも読みましたし。カート・ヴォネガットも。ヴォネガットは戦争経験があるというのが下支えになっていると思うんですけれど、人類とか地球とか宇宙というものを、ある種乱雑に扱うじゃないですか。いい意味での大胆さというか、ある種の幼稚さが新鮮でした。そんなふうにやっていいんだというのが僕の中では驚きでした。
――好きな作品は何ですか。
上田:やっぱり『タイタンの妖女』の、「よろしく」というメッセージを届けるために必死こいているという、あそこがたまらないですね。一番刺さったのは『猫のゆりかご』の「アイス・ナイン」。連鎖的に常温の水も凍らせてしまう、9番目の氷の状態アイス・ナインというのが出てくるんですけれど、そうした実在しないものを大胆に取り込むところが、勉強になるなと思いました。
――先日上田さんが出演された「ゴロウ・デラックス」でご自宅の本棚が映っていましたよね。ポール・オースターの『リヴァイアサン』やアレクサンドル・デュマの『モンテ・クリスト伯』があって。
上田:オースター大好きです。『リヴァイアサン』は、「六日前、一人の男がウィスコンシン州北部の道端で爆死した」と始まる。「爆死した」が一文目というのがクールだなと思う。デュマは小デュマから入った気がします。『椿姫』から読んだんですが、人から「有名なのは父親の大デュマのほうだよ」と言われ、アニメで観ていた「三銃士」の作者だと知って『モンテ・クリスト伯』を読みました。
――その頃、国内作品は読みましたか。
上田:町田康さんが『きれぎれ』、松浦寿輝さんが『花腐し』で芥川賞を受賞された時期だったので、おふたりの著作を読んだりして。当時、純文学界では文体へのフェティッシュみたいなものがありましたよね。それを真似てみたくなり、例えば句点じゃなくて読点で文章を繋げていく表現を当時僕もやってみました。作品にはなりませんでしたけれど。