第213回:河﨑秋子さん

作家の読書道 第213回:河﨑秋子さん

東北と北海道で馬と暮らす人々を描いた物語『颶風の王』で注目され、単行本第二作『肉弾』で大藪春彦賞を受賞、新作短編集『土に贖う』も高い評価を得ている河﨑秋子さん。北海道の酪農一家で育ち、羊飼いでもあった彼女は、どんな本を読み、いつ小説を書きはじめたのか。これまでのこと、これからのことを含め、たっぷりと語っていただきました。

その3「毎日書店に通った高校・大学時代」 (3/5)

  • ワイルド・スワン 上 (講談社+α文庫)
  • 『ワイルド・スワン 上 (講談社+α文庫)』
    ユン・チアン,土屋 京子
    講談社
    1,540円(税込)
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  • FBI心理分析官―異常殺人者たちの素顔に迫る衝撃の手記 (ハヤカワ文庫NF)
  • 『FBI心理分析官―異常殺人者たちの素顔に迫る衝撃の手記 (ハヤカワ文庫NF)』
    レスラー,ロバート・K.,シャットマン,トム,Ressler,Robert K.,Shachtman,Tom,真理子, 相原
    早川書房
    880円(税込)
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  • 24人のビリー・ミリガン〔新版〕上 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
  • 『24人のビリー・ミリガン〔新版〕上 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)』
    ダニエル・キイス,堀内 静子
    早川書房
    1,100円(税込)
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  • シーラという子―虐待されたある少女の物語
  • 『シーラという子―虐待されたある少女の物語』
    トリイ・L. ヘイデン,Hayden,Torey L.,真佐子, 入江
    早川書房
    2,370円(税込)
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  • アルジャーノンに花束を〔新版〕(ハヤカワ文庫NV)
  • 『アルジャーノンに花束を〔新版〕(ハヤカワ文庫NV)』
    ダニエル・キイス,小尾 芙佐
    早川書房
    946円(税込)
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――では、高校に入りますと......。

河﨑:フリーダムですね。親元を離れて帯広の街中にあるところで下宿をはじめたんです。2、3年生の時はちょうど姉も帯広にいたので、そちらに居候して。もう、毎日本屋に行きました。今思うと馬鹿みたいなんですが、学校から片道30分の本屋に行って、自宅まで1時間歩いて帰ってくるのも何の苦でもありませんでした。お小遣いの上限があるので、実際に読むのは学校の図書室の本だったんですけれど、それでも書店に行ったのは、やっぱりどんな本があるのか見たかったんでしょうね。お金はないけれど、お金を出しさえすれば手に入れられる本がこれだけバリエーション多く並んでいるという、その状況に自分を置くのが大好きだったんだと思います。

――読む本はどのようにして選んでいたのですか。

河﨑:背表紙を眺めて、雰囲気だけで取るみたいな感じだったんですけれど、当時は外国文学とか、ノンフィクション系が多かったように思います。外国文学でいうとユン・チアンの『ワイルド・スワン』とか。それと、ちょうどブームもあったので『FBI心理分析官』とか、ダニエル・キイスが一時期出していた多重人格ものとか。

――『24人のビリー・ミリガン』とかですね。他にトリイ・ヘイデンの『シーラという子』なんかもベストセラーになっていましたよね。

河﨑:それも読みました。高校の図書室の司書さんの傾向だったのか、「新刊入りました」という平台のところにそういう本がいっぱい並べてあったんです。ロジカルな仕組みに興味があったんでしょうね。生活環境によって人間の性格が影響されるその影響とか、人間心理の仕組みに興味があったというか。ダニエル・キイスは『アルジャーノンに花束を』も読んで泣いて、いまだに持っていますね。
 文学ではサリンジャーなども読みましたが、、その時の自分はピンとこなかったですね。今読み返せば違うのかなと思いますが、当時は自分の中にその器ができていなかった感じでしょうか。

――夏目漱石とか太宰治といった日本の名作は読みましたか。

河﨑:読みましたがあまりはまらなかったです。でも高校の国語の授業で扱われた中島敦の『山月記』はすごく面白いなと、妙に印象に残っていました。漢文がベースだからちょっと特徴的な文章ですよね。それがわりと興味深かったのかなと思います。当時も別に国語の成績は良くないし、むしろ数学のほうが好きだったんですけれど、漢文って読み下しだから、なんというか、ルールがあるじゃないですが。それがわりと好きだったんです。平安文調のものもきちんとルールはあるんですけれど、数学的なルールで書かれているもののほうが私は読みやすかった。

――将来作家になりたいなという意識はまだなかったですか。

河﨑:「書いてみたいな」とは思っていましたけれど、具体的に物語が浮かんでいるわけではなく、また、時間があるわけでもなく。しっかり勉強をしていたわけではないんですけれど、受験もあるし、将来のことを考えないといけないと思っていたし。高校に文芸部もなかったので、日常的に何かを書くことを組み入れるほどの態勢が整えられていませんでした。高校時代に文芸部に入って「何日が締切だよ」とか言ってキャッキャ言いたかったです(笑)。

――大学は経済学部に進まれていますよね。

河﨑:私が志望していたところが数学で受験できたことと、ちょっと経済に興味があったというか。食いっぱぐれないためには、お金のことを知っているのが一番かなって(笑)。それで札幌の大学に行って、さらに大きな本屋がいっぱいある環境になって。しかも大学では、文芸サークルがあったんです。

――どんな大学生活を送られたのでしょう。

河﨑:朝バイトして、学校へ行って、サークルに行って、映画観て、本屋に寄って帰る。時たま家庭教師のバイトをして帰る。その繰り返しでしたね。本も買いました。先輩に薦められたことをきっかけに、ちくま文庫の中島敦の分厚い3冊を買ったり。中島敦の作品で自分の中で一番重いのは、短篇の「文字禍」です。文章とか衒学的な世界観の表現というのも好きですけれど、「文字に魂がある」というのは、ちょうど文芸サークルに入って自分が文章を書く側に回っていたので、思うところがありました。
 それと、古川日出男さん。いちばん最初は『アビシニアン』でした。それから『アラビアの夜の種族』を2晩くらい、ずーっと読んでいました。

――あの超大作を2晩で読んだとは、どれだけ没頭したのかという。

河﨑:そうですね。長い話が好きでしたね。あとは村上春樹をよく読んでいました。感銘を受けたものはいっぱいありますけれど、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』はやっぱり好きです。舞台設定が特殊なところも面白くて。村上作品を一通り読んでいたことが、のちにニュージーランドに行った時にすごく役立ちました。

――役に立ったというのは。

河﨑:卒業後、ニュージーランドの田舎町にいた時期に、ほとんど日本語に触れる機会がなかったんです。大きめの本屋に行っても日本語の本なんて置いていないんですが、村上春樹の英訳本だけはあるという。それを買って読みながら、自分の中でかつて読んだ日本語版を組み立てて、英語の翻訳本を介して日本語を読み直すということをやっていました。

――英語の勉強にもなりそうですね。

河﨑:すごくなりました。村上春樹の英訳というのは、私のレベルにちょうといいといいますか。極端に難しい表現がなくて。もちろん翻訳者さんによって波はあったんですけれど、自分の中でしっくりくる感じでした。

  • 沈黙/アビシニアン (角川文庫)
  • 『沈黙/アビシニアン (角川文庫)』
    古川 日出男,樋上 公美子
    角川書店
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  • アラビアの夜の種族 I (角川文庫)
  • 『アラビアの夜の種族 I (角川文庫)』
    古川 日出男
    角川書店
    616円(税込)
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  • 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド
  • 『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』
    村上 春樹
    新潮社
    2,640円(税込)
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