
作家の読書道 第217回:乗代雄介さん
2015年に「十七八より」で群像新人文学賞を受賞して作家デビュー、2018年に『本物の読書家』で野間文芸新人賞を受賞、今年は「最高の任務」で芥川賞にノミネートされ注目度が高まる乗代雄介さん。たくさんの実在の書物の題名や引用、エピソードが読み込まれる作風から、相当な読書家であるとうかがえる乗代さん、はたしてその読書遍歴は?
その4「休学&復学、塾教師時代の読書」 (4/6)
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- 『トリプル個人教授 兄嫁、姉、そして新任女教師と… (フランス書院文庫)』
- 上原 稜
- フランス書院
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- 『地雷を踏んだらサヨウナラ (講談社文庫)』
- 一ノ瀬泰造
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――そしてまた、カフカの『失踪者』が出てきますね。
乗代:基本、外に出る時は本を2、3冊持っていくんですが、そのなかの1冊はこれを入れていたという感じだったと思います。
最初は、法政大学の多摩キャンパスの近くで一人暮らしをしていたんですが、読み書きにもっと集中したくて休学したんです。さすがに一人暮らしは続けられずに千葉の松戸の実家に戻ることになって。その後、復学してからは松戸からキャンパスまで週3、4日、片道3時間かけて通いました。ちょっと戻って武蔵野線に乗ってぐるっと埼玉の方から回って西国分寺で降りて、八王子まで行って横浜線に乗り換えて、さらにバスに乗るという。そのルートだとほぼずっと座れるんで、その時間を全部、読書に費やしてたんですね。それで、家に帰ってから書き写す。
――休学をしてまで名言集を作りたかったわけですか。
乗代:書き写しはもう習慣になっていて、作るという意識ではなかったです。ブログもやっていたし、単純に読み書きしたり考えたりするのが楽しかったんでしょう。
――その頃ブログには、小説も書いていたのですか。
乗代:いや、四千字に満たないくらいの、ちょっと冗談っぽいやつがほとんどでした。その中で、時々は長いものもありましたね。アニメの「おジャ魔女どれみ」の感じに憧れて小学生の話を書いたり。今、ブログはほとんど更新してないんですが、国書刊行会で本にしてもらえる話が進んでいます。
――わあ、それは楽しみ。その頃から、将来、作家になりたいと思っていましたか。
乗代:なれるんじゃないかとは思っていた気がします。そんなに意識はしてなかったし、むしろ、目指すとかそういうことじゃないなと薄れていく感じでしたね。
――卒業後はどうされましたか。
乗代:このあいだ辞めたんですけれど、小さな塾に勤めました。そこから中学受験のための教材を作るのが面白くなったんです。なので、読書記録もちょっと毛色の違う感じになっているなと、さっきリストを見返してみて思いました。
――たしかに、新書が増えていきますよね。国語関連とか、社会学入門的なものとか。
乗代:小説は、問題を作る時に使うので、試験によく出る人の本はたくさん読んでいましたね。と言っても、官能小説とかも読んでますね(笑)。
――はい。今、リストにある『トリプル個人教授』というタイトルに目が釘付けになったところです。
乗代:フランス書院も結構入っていると思います。逆に、ブログでの創作のためにとにかくいろんなものを読もうかな、みたいな気持ちになっていた時期ですね。訳の分からない本とかが増えてくる。
――『日本の論点』みたいな本もあるし、『クマのプーさんの哲学』とか、『「本当の国語力」が驚くほど伸びる本』とか。
乗代:前に読んだものもかなり読み返してますが、拾い読みになっているので載せていないんだと思います。
――宇多丸さんの『ザ・シネマハスラー』とか、せきしろさんの『去年ルノアールで』もありますね。爆笑問題もあるし。
乗代:ラジオとかサブカルみたいなものをチェックはしてて。全然覚えてないですが。
――『わらしべ偉人伝―めざせ、マイケル・ジョーダン!』とか。かと思えばケストナーの『飛ぶ教室』もある。あと、森達也さんの本が多いですね。
乗代:森さんの文章ではかなり問題を作りましたね。実際によく試験に出るし、面白かったし。このあたりから、内田樹さんの本も増えますね。模試や入試で頻出でした。
――姜尚中さんや養老孟司もそうした傾向から読まれていたのでしょうか。かと思えば、もちろん保坂さんの本もあるし、佐野洋子さんも。
乗代:どう選んでいるのか分からないですね。仕事を始めると、大学生の頃のようにまとまっては読めないので、さっと読めるものが増えていったとは思います。あ、でもこれはよく憶えていますね。
――ロバート・キャパの『ちょっとピンぼけ』のことですか。
乗代:はい。写真家のノンフィクションをよく読んでいたんです。『地雷を踏んだらサヨウナラ』とか。キャパのこの本が一番共感しました。仕事に対する向き合い方に、こういうふうにやらなきゃ駄目だよね、みたいな感じに励まされる本で。
――さきほどの『ナニワ金融道』の時もすごく細かい描き方のことに言及されていましたが、傍から見てストイックなくらい打ち込む姿勢に共感を覚えるんでしょうか。
乗代:とにかくマジじゃないと駄目だ、と思ってブログを書いてました。
――あ、こんなところに『点子ちゃんとアントン』が。重松清さんの『小学五年生』も、きっと、教材用ですね。
乗代:ケストナーは中学年向けの問題で使ったと思います。岩波少年文庫は結構読みました。もともとケストナーは好きで全集持ってましたし。
――古典文法の本、憲法関連の本もあるし、『まんが パレスチナ問題』があって、実に幅広く押さえている印象です。一方で『戦後ギャグマンガ史』もありますね。あと、伊集院光さんの本も多いですね。
乗代:むしろ、そういうバラエティー関係の本のほうが勉強のために読む感覚でした。ブログで書くものに活かすんだという使命感で(笑)。あ、『死んでも何も残さない 中原昌也自伝』は印象深いです。文句ばっかり書いているなかで、時々本当に好きなものの話が弱音みたいにふっと出てきて。自分も作品に対して、こういう態度を取り続けようと思いました。「死んでも何も残さない」という言葉もそうですけれど、自分がやることに対して、後世に残るとか、その後のことを意識してどうするというのはサリンジャーを読んで思うところがあったので、別の仕方でその肯定を見たというか、勇気づけられたような気がしました。
――中原昌也さんの本は他にもたくさん出てきますね。『ソドムの映画市 あるいは、グレートハンティング的(反)批評闘争』とか『映画の頭脳破壊』とか『ボクのブンブン分泌業』とか。
乗代:この頃はもう働いてお金が入ってくるので、「この人読むぞ」となったらまとめて手に入れられるんです。こういう記録をつけていると、そういう背景も思い出せますね。
――『カフカの生涯』、池内紀さん。
乗代:全集とかも読んでいる中で、一回おさらいみたいな感じでこういうのを読むと、流れが分かって楽しいです。気楽な読み方ですね。
――町山智浩さんの『ブレードランナーの未来世紀』とか、ウディ・アレンの短篇集とか、映画関連の本も多いですね。あ、ジョン・ウォーターズの『悪趣味映画作法』もある。
乗代:映画はその頃はそこそこ観ていたんですが、もう全然観なくなってしまいました。ジョン・ウォーターズは好きでしたね。
――「ピンク・フラミンゴ」とか?
乗代:そうです、一番見たのは「セシル・B/ザ・シネマ・ウォーズ」ですけど。このへんまではチェックしておこうみたいな邪な気持ちで観たら本当に面白いからすごいなと思って。ジョン・ウォーターズはその前のエッセイ集も買いましたが、まだ読んでいないです。
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- 『死んでも何も残さない―中原昌也 自伝―』
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