作家の読書道 第223回:中山七里さん
今年作家デビュー10周年を迎えた中山七里さん。話題作を次々と世に送り出すエンターテインナーの読書遍歴とは? 大変な読書量のその一部をご紹介するとともに、10代の頃に創作を始めたもののその後20年間書かなかった理由やデビューの経緯などのお話も。とにかく、その記憶力の良さと生活&執筆スタイルにも驚かされます。
その2「10代の頃に読んだミステリ作家たち」 (2/5)
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- 『写楽殺人事件 (講談社文庫)』
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――高校生になってからも、いろいろミステリーを読んでいったわけですか。
中山:一般小説......その頃は中間小説と言っていましたけれども、中間小説も読みましたが、やっぱりミステリーのほうが多かったです。そりゃレジェントがずらーっとそろっていましたからね。その頃はまだクイーンもクリスティーも生きていたんですよ。クリスマスが近づくと早川書房さんが「クリスマスにはクリスティーを」という標語を出していましたね。他には、チェスタトン、ジョン・ディクスン・カーとか。
――チェスタトンやカーで一番好きな作品は何ですか。
中山:チェスタトンは『ブラウン神父の不信』かな。チェスタトンは論理のハイジャンプが好みでしたね。あのレトリックが本当に好きで、いつか自分も使おう、使おうと思っているんですけれど。それと、フランボウというフランス人の泥棒が出てくるじゃないですか。あのフランボウにすごく惹かれます。
カーは『火刑法廷』ですね。カーっていうと不可能犯罪というのもあるんですけれど、「どっち側にも読める」っていうのもあるんですよね。特に『火刑法廷』は、純然たるミステリーとも読めるし、ホラーとしても読めるという。あれがいいんだと思います。
高校生になった頃に横溝正史ブームが来て、横溝さんを読みましたね。乱歩さんを読んでいた流れで乱歩賞というものがあると知り、乱歩賞受賞作品を読んでみる。ちょうどその頃、新社会派といって長井彬さんの『原子炉の蟹』とかがありましたね。懐かしいなあ。
――乱歩賞って歴史が長いんですね。
中山:たしか第1回は評論に与えられたんですよね。中島河太郎さんの『探偵小説辞典』。第3回の受賞作が仁木悦子さんの『猫は知っていた』ですよ。僕が最初に読んだ乱歩賞受賞作が『原子炉の蟹』で、その前の年の受賞作が井沢元彦さんの『猿丸幻視行』じゃなかったかな。で、自分でも小説を書いて応募した時に、高橋克彦さんが『写楽殺人事件』で受賞した。その時は僕、予選は通過したんですけれど、2次で落とされたんです。予選通過者の自分の名前の横にですね、『十角館殺人事件』というのがあったんですよ。綾辻さんが別のペンネームで書いてらっしゃって。
――そうなんですか!『写楽殺人事件』が受賞した時というと、中山さんはおいくつだったんですか。
中山:書いたのが高3で、結果が出たのが大学に入ってからでしたね。高校に入った時に運動部に入るのが嫌で文科系に入ろうとしたら、文芸部というのがあったんです。それで入ったら「せっかく入ったからには小説を書け」って言われたんですよ。しょうがないから50本くらい小説を書きました。書いて、これどんなものかなと思って。で、ずっと「オール讀物」とか「小説現代」を定期購読していたじゃないですか。「オール讀物」に出したら3次まで行っちゃったんですよ。ひょっとしたらデビューできるかなと思ってその後3年間、年に1回ずつ書いて出したんですけれど、もう1次とか2次とかばっかりで、全然受賞できなかった。3年生の時に書き始めたものを乱歩賞に出して、それも予選通過しただけだったので「ああ、俺には才能がないんだ」ということで、そこから25年間何もしなかったんです。
――その頃、将来なりたいものはありましたか。
中山:サラリーマンになりたかった。なぜかというと、サラリーマンって給料が決まっててボーナスももらえて休みもあるから、「休みの日には本も読めるし映画も観られる」って思っていました。
――ふふ。それでは、大学時代はどのように過ごされたのですか。読む本はどのようにして選んでいたのでしょうか。
中山:大学が京都だったので、だいたい土日は書店か映画館かどっちかでした。その頃にちょうど島田荘司さんの『占星術殺人事件』が出て、「こんなすごい人がいるのか」ということで。その頃はいわゆる本格ミステリーってそんなにいなかったんです。
読む本はもう、雑食でした。書店に行って題名を見た瞬間に「あ、これは読まなきゃいけない本だな」って分かる時があるじゃないですか。で、だいたい外れない。
――書店に行くとまず東京創元社と早川書房の文庫棚をチェックしていたのでは。あとは扶桑社ミステリーとか...。
中山:そうですよ。あ、刑事コロンボのシリーズが二見文庫から出ていましたね。ディーン・クーンツはアカデミー出版から超訳で出ていたから、わざわざ原書で辞書片手に読んでいましたが、他の版元から文庫で出るようになってよかったと思って。
――クーンツもお好きということはスティーブン・キングもお好きですか。
中山:好きですね。キングだと僕はやっぱり『IT』と『ザ・スタンド』が好きです。キングは書き込みの細かさ。神は細部に宿るっていうのはこういうことかなって思います。クーンツは『ウォッチャーズ』が良かったです。
――「この作家面白いな」と思ったら、その作家の他の作品を読んでいくタイプですか。
中山:そうです、そうです。文庫の後ろに既刊のタイトルがずらっと並んでいるから、それに読んだものはレ点をつけていました。なぜかというと、東京創元社とハヤカワミステリは、同じ内容の本でも出るタイミングが違っていたから。クイーンの『靴に棲む老婆』とかもそうだったでしょう。
今はちょうど、ディクスン・カーですね。東京創元社さんで新訳が次々出ているじゃないですか。あの新訳は読みやすくて、出るたびに読んでいます。同じように、昔のクイーンの東京創元社さんの訳は古かったんですが、平成になってから新しい訳が出るたびに読んでいましたね。この訳がもう、読みやすくていいんです。
ジェフリー・ディーヴァーもリンカーン・ライムの時からずーっと読んでいて筋を憶えているから、このあいだ文春から「解説を書かないか」と言われて、すぐに手を挙げました。今月出た『スティール・キス』の解説は僕が書いています。
――ところで、映画も相当お好きなんですか。
中山:そうですね。今も1日1本見ます。中学1年生の時に「ジョーズ」を観たんですね。「世の中にはこんないいものがある」ってことで、それからはもう、ずーっと土曜日、最後の授業をさぼって観に行っていました。上映している映画は全部観ました。もう18歳になっていましたから、日活ロマンポルノも。滝田洋二郎さんをはじめ、今の日本映画の重鎮みたいな人はみんなあそこで撮っていますよね。自分の小説が映像化になった時に、監督と「僕、監督のデビュー作を観てます」「あなた、日活ロマンポルノ観たんですか」という会話をよくします。
――好きな監督、作品は。
中山:ベタで申し訳ないんだけれど、リドリー・スコットとスティーヴン・スピルバーグですね。中学の頃からもれなく観ていますから。