第225回:町田そのこさん

作家の読書道 第225回:町田そのこさん

2020年に刊行した『52ヘルツのクジラたち』が未来屋小説大賞、ブランチBOOK大賞を受賞するなど話題を集めている町田そのこさん。少女時代から小説家に憧れ、大人になってから新人賞の投稿をはじめた背景には、一人の作家への熱い思いが。その作家、氷室冴子さんや、読書遍歴についてお話をうかがっています。

その7「背中を押す本を書きたい」 (7/7)

  • 今日のハチミツ、あしたの私 (ハルキ文庫)
  • 『今日のハチミツ、あしたの私 (ハルキ文庫)』
    寺地はるな
    角川春樹事務所
    682円(税込)
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  • 52ヘルツのクジラたち (単行本)
  • 『52ヘルツのクジラたち (単行本)』
    町田 そのこ
    中央公論新社
    1,760円(税込)
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  • 手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ) (小学館文庫)
  • 『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ) (小学館文庫)』
    穂村 弘,綾, タカノ
    小学館
    838円(税込)
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  • 永遠の詩 (全8巻)2 茨木のり子
  • 『永遠の詩 (全8巻)2 茨木のり子』
    茨木 のり子
    小学館
    1,320円(税込)
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  • コンビニ兄弟―テンダネス門司港こがね村店― (新潮文庫)
  • 『コンビニ兄弟―テンダネス門司港こがね村店― (新潮文庫)』
    町田 そのこ
    新潮社
    737円(税込)
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――デビュー後、作家さん同士の交流ってありますか。

町田:私、作家仲間というひとが特にいないんですよ。地方ですし、なかなかお会いできる機会がないですし。「R-18」の作家さんで個人的に頻繁にメールをしているのは一木けいさんです。けいさんも福岡県出身で、同い年なので気が合うんです。でも、なかなかお会いできないですけれど。
 それと、お友達っていったらおこがましいんですけれど、仲良くさせていただいているのは寺地はるなさん。寺地さんの、KaBoSコレクション2020金賞を受賞された『今日のハチミツ、あしたの私』を読んだ時にすごく好きだなと思っていたら、寺地さんが『52ヘルツのクジラたち』を読んでくださっていて、「うわ、嬉しい」と思って私から距離を詰めていったんです(笑)。最近は『水を縫う』を読んで、もう大好きな作品です。私はそんなに器用じゃないんですけれど編み物をするので、刺繍の話にぐっときました。

――『水を縫う』は家族たちの話で、その家族の高校生の男の子が刺繍が好きなんですよね。

町田:本当に普通の家族の普通の姿を描いていて、でも、背中を押してくれている。ああいう小説っていいなって思うんです。私自身が本を読んで背中を押されてきたので、私も誰かの背中を押せるものを書きたいなっていうのがあります。

――『52ヘルツのクジラたち』はまさにそういう話じゃないですか。とある事情で一人で田舎の町に越してきた女性が、一人の少年に出会う。その子がどうも母親に虐待されているようで、なんとかしようとするけれど......という。強い者が弱い者を助けるだけではなくて、誰もが強さも弱さも持っていて、誰もが助け合えるということが伝わってくる内容です。

町田:そう言ってもらえると嬉しいです。私、読み終えた後に「明日も頑張ろう」って思えるものを書く、というのが原点なんですよ。私が氷室冴子さんの本でいただいたものを、自分の本で誰かにお返ししたい、とまで言うのはおこがましいかもしれないですけれど、私の本を読んだ後に「明日も、ちょっとだけでも頑張ろう」と思ってもらえたら。たとえば『52ヘルツのクジラたち』を読んで「明日、クラスの隅っこにいるあの子に"おはよう"って声かけてみよう」とか、そういうちょっとしたことでいいので前向きな変化があったらいいなという気持ちで書いています。
 世界を変えるというような大それたことは全く思っていないんです。ただ、「おはよう」とか「バイバイ、明日ね」ってみんなが一言声をかけたりするだけで世界は優しくなるというか。もっといえば、人と人が仲良くなれたり、「助けて」と言えたりする世の中になったらいいな、ぐらいの夢はあります。

――『52ヘルツのクジラたち』は主人公側の事情が少しずつ明かされていきますが、その情報の小出しのタイミングも絶妙で、途中で「ああ...!」となりました。それをプロットなしで書かれていたとはびっくりです。

町田:あんまり言うと無計画なのが露呈して恥ずかしいんですけれども、プロットを綿密に立てたと思われるとなんか嬉しい(笑)。ただ、1章を書いた時点である程度事情はもう決まっていたので、自分が書きやすい時に情報を出していったという感じです。

――さきほどエッセイは挙がっていましたが、他に小説以外のものは読まれるんですか。

町田:また北海道出身の方になるんですが、穂村弘さんの短歌は好きですね。短歌から入って、『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』を読んで「こんなかわいいおじさんいるの」と思ってエッセイを読んだら寝ぼけながら菓子パン食べるって書いていて、「ああ......かわいい......」って思って(笑)。
 詩でいうと、茨木のり子さんの『自分の感受性くらい』っていう詩は、頭を殴られたくらいの衝撃でした。あの「自分の感受性くらい自分で守れ」っていう一文、すごいですよね。そこから茨城のり子さんも好きです。氷室さんも推されていたんですよね。氷室さん起点のものが多くてお恥ずかしいんですけれど。
 短歌とか詩って、切り落とされた鋭さがあって、そういうところが好きです。小説は十数万文字とかかけて伝えたいことを書いているので、たった十数文字の組み合わせで無限の感情や景色を受け取り手に与える短歌や詩ってすごいなって思います。自分は書けないけれど、触れるのは好きです。

――本を選ぶ時に最初の一文で決めるとのことでしたが、書評などを参考にすることはありませんか。

町田:書評は、読み終わった時に読む方が好きなので参考にはしないです。読んだ本の書評を探して読んで、「私もそう思った。一緒」「これ、これよ!」とか言うのが好きです(笑)。私、本の感想ってうまく言えなくて、本当に面白く読んだのにうまく言えない。「すごく面白かった」「面白かった」「難しかった」の3つくらいしかない(笑)。だから書評を見ると、「うわー、そうそうそう。こういうこと」っていう。言いたいことがすべて詰め込まれている書評を見つけて読むのが好きです。

――それにしても、おうかがいしているとたしかに北海道の人が多いですね。

町田:「好きだ」と思うとだいたい北海道出身の方なんですよね。桜木さんの作品も、北海道を舞台にしているところが特にひときわぐっとくるんですよね。前世で北海道に住んでいたんじゃないかって思います(笑)。桜木さんは「土地を書く」というところもすごいと思っています。

――桜木さんは「自分が知っている場所でないと書けない」とおっしゃっていますよね。

町田:私も、『52ヘルツのクジラたち』とかで自分の住まいのある北九州市を出したんですけれど、そこではじめて桜木さんの気持ちが分かったというか。自分が住んでいると、土地の空気とか匂いとかが分かるんですよ。先日テレビ番組で桜木さんがいつ冬が来るか分かる、小説の舞台がどう動くのかが分かるというようなことをおっしゃっていて、ああ、私も北九州だったら分かるもんなって思いました。

――今後どんな舞台を書かれるのか楽しみです。最後に、今後の刊行予定を教えてください。

町田:新潮社の連作短篇『コンビニ兄弟』の2巻を「出していいよ」と言われているので、私の頑張り次第かなと。長篇は、次は中央公論新社から書き下ろしになるんじゃないかと思っています。頑張って書いているところです。

(了)