北上次郎オリジナル文庫大賞

2025年度北上次郎オリジナル文庫大賞は関口尚『芭蕉はがまんできない おくのほそ道随行記』だ!

オリジナル文庫にもっとスポットを当てたい! 面白いオリジナル文庫を推していこう! という故北上次郎氏の熱い思いを受けて始まった「北上次郎オリジナル文庫大賞」。今年も氏の志を受け継いだ編集者8名、評論家3名が選考委員となって、大賞を決めていきます。2025年度の候補作は、以下の通り。
  • 芭蕉はがまんできない おくのほそ道随行記 (集英社文庫)
  • 『芭蕉はがまんできない おくのほそ道随行記 (集英社文庫)』
    関口 尚
    集英社
    1,056円(税込)
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  • 町内会死者蘇生事件 (新潮文庫nex こ 77-3)
  • 『町内会死者蘇生事件 (新潮文庫nex こ 77-3)』
    五条 紀夫
    新潮社
    737円(税込)
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  • きみはぼくの、一の輝き (角川文庫)
  • 『きみはぼくの、一の輝き (角川文庫)』
    樋口 美沙緒
    KADOKAWA
    902円(税込)
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  • 鬼しぶ (コスミック時代文庫)
  • 『鬼しぶ (コスミック時代文庫)』
    辻堂 魁
    コスミック出版
    858円(税込)
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  • 踊れ、かっぽれ (祥伝社文庫 し 26-1)
  • 『踊れ、かっぽれ (祥伝社文庫 し 26-1)』
    実石沙枝子
    祥伝社
    836円(税込)
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  • 悲鳴 (新潮文庫 く 53-2)
  • 『悲鳴 (新潮文庫 く 53-2)』
    櫛木 理宇
    新潮社
    825円(税込)
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  • 血腐れ (新潮文庫 や 83-2)
  • 『血腐れ (新潮文庫 や 83-2)』
    矢樹 純
    新潮社
    693円(税込)
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『鬼しぶ』辻堂魁(コスミック時代文庫)
『きみはぼくの、一の輝き』樋口美沙緒(角川文庫) 
『血腐れ』矢樹純(新潮文庫)
『踊れ、かっぽれ』実石沙枝子(祥伝社文庫) 
『芭蕉はがまんできない おくのほそ道随行記』関口尚(集英社文庫)
『町内会死者蘇生事件』五条紀夫(新潮文庫nex)
『悲鳴』櫛木理宇(新潮文庫)

*以上七作が候補作となりましたが、予選の段階では、柊サナカ『喫茶ガクブチ 思い出買い取ります』(文春文庫)、滝川さり『あかずめの匣』(角川ホラー文庫)、君野新汰『魔女裁判の弁護人』(宝島社文庫)、仁志耕一郎『闇抜け―密命船侍始末―』(新潮文庫)が上がり、選考委員の討議の結果、上記の七作が最終候補作となりました。


●さぁ、今年も勝手に大賞を決めていくぞ!

浜本 今年は、得点の低い作品から討議をしていきましょうか。五条紀夫さん『町内会死者蘇生事件』から。高い評価をしたAさんから、お願いします。
編A はい。五条さんは昨年『イデアの再臨』(新潮文庫nex)が選考過程で上がってきましたが、最終候補にはならなかった。今年の作品は、去年と比べて上手くなっていること、物語の進め方も好感が持てるようになっていて、そこを評価しました。
評A これ、いわゆる特殊設定ミステリなので、作者の裁量でどうにでもできてしまう。私はそれが苦手なんですが、馬鹿馬鹿しい楽しさはあるな、と。超傑作か、と問われたら、そこまでぶっ飛んではいないんですが。
編B 死者が蘇生する、という設定がチャーミングなので3点です。
編C 私は、馬鹿馬鹿しくて楽しかった、ということに尽きるかな。今年はしっかりとした作品が多いので、ちょっと割りを食っちゃった気はしますが、個人的には好きな作品です。
評B これ、カジュアルに書かれていますが、その実、内容はめちゃエグじゃないですか? 死んだ人間で遊んでんじゃねぇよ、と思ってしまったので3点しかつけられませんでした。あと、こんなエグい話を、最後、いい話ふうにして閉じていることには、逆に不安になりました(笑)
評C 五条さんの小説としては、一番普通で、普通になった分、仕掛けは動いているんだけど、誰が誰なのか、誰が死んだのか、キャラの書き分けができていなくてよくわからなくなっている。着想の面白さで3点にしましたが、それ以上加点するためにはプラスアルファが欲しい。
編D 私も3点。途中のドタバタが面白くて笑って読んでいたら、最後がしんみりとした真面目なオチだったので、その落差も楽しめました。
編E 私はこの作品を一番楽しく読んだので、その意味では5点を付けたいんですが、他の候補作と比較すると2点しかつけられませんでした(笑)
編F 私はこの座談会に備えて候補作を再読するようにしているんですが、この座談会がなければ、再読したい作品ではありませんでした。なんか、読者に対するサービス精神を履き違えている感じがするんですよね。
編C それ、わかります。
編G そうなんですよね。私も2点なんですが、もっと笑って読みたかったのに、意外と真面目に書かれていて。発想は面白いし、最後まで読まされてはしまうんですが、この本をどう楽しんだらいいのかわからないまま終わってしまった感じです。
編H すみません、これ、私は意味がわからなかった。
一同 爆笑
編H どう読んでいいかもわからなかったんですよ。作者がやりたいことはわかるんですが、もっと壮大なミステリになっているかと思ったら、そうでもないし。
評B 書いている作者が一番楽しんでいる感じがしませんか?
編C 確かに。
評B 自分が楽しむんじゃなくて、読者を楽しませるという視点が入るといいかも。
評C それでも、この作品の前に出た『殺人事件に巻き込まれて走っている場合ではないメロス』(角川文庫)よりはいいんですよ。あっちは楽屋オチなので。
評B タイトルだけでお腹いっぱいになりそう(笑)
編G さくさくとは読めるんですけどね。
編E そうなんだよね。
編F この作者はもっと真面目に書いたほうがいいのかどうか。どこまで編集者が介入するかということもありますが、この作品に関しては、中途半端に編集者のアドバイスを聞き入れたような印象を受けます。

浜本 次は樋口美沙緒さん『きみはぼくの、一の輝き』です。こちらはFさんが5点ですね。
編F 小説を読んで心が揺さぶられるかどうか、という点では、個人的にここ数年で読んだオリジナル文庫、いや単行本を含めてもベストでした。個々のキャラクターが個々の都合で生きているし、作者の都合で話が動いているところはあるんですが、他の候補作と比べて、この作品が最もカタルシスがありました。
評B これ、片方の男子が鈍感すぎるせいで、BLになりそうで最後までならない。そこがいいなと思いました。ご都合主義が目につくところもあるんですが、筆力はある書き手だと思いました。
編E 同じくです。このままBLに傾いてしまうのかな、と思って読んでいたんですが、そうならないところが良かったし、小説を書くというのはどういうことなのかということを、小説に携わる身として考えさせられたことも良かった。読み手が感情移入しやすい物語だと思いました。
編A 私も、最後は絶対BLとして完結すると思っていたので、良い意味で裏切られたところが良かった。ただ、ちょっとステレオタイプのキャラになってしまっているかな、とも。綺麗に終わったので、続編もありそう。
編B めちゃめちゃ読みやすかったんです。ストレスなく読める文章で、その読みやすさに3点です。
評A 私はこのジャンルのものは読み慣れていないので、書けなくなった作家に対して、じゃぁ、作家が売れていた頃の編集者は何をしているんだ? とか突っ込みながら読みました。全体的に現実味の薄いファンタジーのような感じなのかな、と。2点にするほどではない3点、という感じです。
編H 読みやすかったし、面白くは読んだんですが、BLとかラノベの設定は自分には全く合わないんだな、と思ってしまいました。ただ、物語を面白く転がしていく筆力はあると思う。
編D 私は、先輩の小説が好きだ、と言いながら、どこがどう好きなのか具体的に書かれていない点が気になりました。そもそも書けなくなった理由も、ちょっと納得できない。作家が母親のことでトラウマがあるという設定も、あんまり説得力を感じられませんでした。
評C 私は1点にするか悩んで、2点にしました。この物語の書き方って、ゲームやシナリオの書き方なんです。あと、内心の声がカッコで括られて地の文に挟まれてくるというスタイルが、読んでいて心地よくない。実際に登場人物が目で見たことがこうで、心の中で思ったことはこうで、という書き方は、なんか手軽に書いている感じがしてしまう。あと、展開も、これだけ引っ張っておいて、最後、作家の再生に落とすわけですが、少女をダシに使ってしまっている。それは物語として都合が良すぎる気がしました。全体的に予定調和というか、結び目が一つしかない単純な作りになっていて、私は評価できませんでした。ただ、読みやすさはあるし、こういう読みやすさがYAやライトノベルに求められていることはわかるので、この本はnot for meというか、おじさん向けではないんだな、と思います(笑)。でも、おじさんじゃない読者なら感銘を受けるかもしれないと思ったので、1点ではなく2点に。
編C 私は、序盤は面白く読んだのですが、途中から主人公が鈍感であることによってプロットを引き延ばしている気がしてしまって。ただ、それが螺旋状にゆっくり上昇するのでなく、ループ状にぐるぐる足踏みしてしまっていて、物語は進んでも主人公の内部はずっと同じことばかり言っているので、退屈してしまったことが2点をつけた理由です。自己評価が低いという人に向けられた小説があってもいいと思うし、そういう人には響くものがあるかもしれないんですが、私には向いていなかった。あと、確かに文章は読みやすいんですが、作者が自分の文章に酔ってしまっている気配がするというか、こういった内的独白なるものを書いているという、その行為に陶酔している感じも、ちょっと苦手に感じました。
編G 私は最初から脳内でアニメ化して読んだので、リアリティはそんなに気にならなかったんですが、主人公が天才作家だったという設定の割に、言語運用能力が低すぎるんじゃないかな、と。Cさんが言ったことにも通じるんですが、最初はネガティブな印象を与えても、物語が進むにつれだんだんその印象が変化していって、実はいいやつだった、みたいな流れはエンタメに限らずどのジャンルにもあると思うんですが、この主人公は最後までメソメソしてるんですよね。そこがちょっとイラッとしました。主人公のキャラ造形に失敗していると思いました。

浜本 3冊目は辻堂魁さん『鬼しぶ』ですね。こちらに4点をつけている評Aさん、お願いします。
評A 私の地元が舞台ということもあって、隅田川をいく船のシーンとか 、江戸の様子が印象的でした。私は面白く読みました。
編F この作品は『風の市兵衛』シリーズ(祥伝社文庫)のスピンオフ作品で、同シリーズに登場する渋井鬼三次を主人公としたものなんですが、『風の市兵衛』シリーズとは全くテイストが異なる作品になっていることを評価しました。これまでの辻堂さんは、新シリーズ立ち上がりの時、ちょっと肩に力が入ることが多かったのですが、この作品は違っていたことも好印象です。個人的にオリジナル文庫に必要と考える要素ーー恋、アクション、愚かさ、悪役を含む脇キャラ、そして主人公の魅力ーーがこの作品には揃っているな、と。
編H 私は、まず文章が素晴らしいな、と。辻堂さん自身に江戸時代が染み付いているというか、もはや達者の芸に達しているのではないかと。オリジナル文庫では勿体無いくらいの作品だと思います。ミステリ的な部分とか、話が前半と後半とで分かれてしまっていること、もう少し躍動感があったほうが、とか思うところはありますが。あと、辻堂さんはコンスタントに年に3〜4冊書かれていて、そのあたりもオリジナル文庫として評価したいな、と。
編E 私もHさん同様、オリジナル文庫で出すには勿体無いくらい、しっかりした作品だと思いました。出だしから引き込まれました。オリジナル文庫市場を支えている作家の一人だと思いますし、評価されるべき作家だとも思います。ただ、4点をつけられれば良かったんですが、最後がちょっと私の好みではなくて。鬼三次には武州に行って欲しかった。
評B あ、私もそれ、思いました!
編E せっかくそれまでの脇役をメインに持ってきた山場なのに、鬼三次がそこにいない。決着を間接的に知らされるだけ、というのはちょっとなぁ、と。そこが引っかかってしまって。
編B 自分が好きなエリアの話なので、楽しく読みました。で、3点。
編G 私も面白く読みました。江戸の風俗が好きなので、武家出身なのに大道芸人になっている男子が物真似で見物客を楽しませるところとか、良かった。マイナス点はEさんと同じで、え?最後は伝聞なの? と。ちょっと尻すぼみ感がありました。あそこが違っていれば、4点をつけたんですが。
評C 私は、敢えて『風の市兵衛』シリーズからスピンオフさせた割には、という印象が拭えませんでした。鬼三次が主役になるほどのキャラに見えないな、と。これ、すごく好意的に見れば「鬼平」なんですよね。司法がわの視点と盗賊がわの視点が書かれていて、それが交錯して、盗賊がわにもちゃんと物語がある。犯罪物語としてちゃんと書けているし、物語としての厚みもある。失礼ながら、中身がぺらぺらのオリジナル時代文庫が多いなかで、これだけ厚みのあるものはなかなか珍しい。鬼三次が武州に行かなかったのは、確かに惜しいんですが。
編H そう、そう、物語に厚みがあるんですよね。
編D 私は恥ずかしながら、初辻堂作品だったので、楽しみにしていたんですが、読み始めは、どこに向かっている小説なのか見えてこなくて、100ページ過ぎたあたりで事件が起きて、ようやく、あ、こういう話なんだ、と見えてきて。それまではちょっとモヤっとしながら読んでいたんですが、あれ?なんか情景描写が心地いいな、と。クセになる読み味でした。登場人物たちにそれぞれ物語があるのも良かった。3点をつけましたが、4点でも良かったかな、という感じです。
編E 3点つけた全員が4点に変更したら......。それでも一位には届かないか。
編C 確かに巧いんですが、私が気になったのは長台詞が多すぎること。特にこの67ページは甚だしい。1ページ丸々改行もない。しゃべり言葉や会話の巧さが傑出しているというタイプの著者ではないので、ここがひっかかってしまった。そういう意味では池波正太郎とは別物だな、と。比べるのは酷なんですけど。物語自体は決して悪くないと思うんですが、このセリフのもっさりした感じが、物語全体をももっさりさせちゃったように思います。そのあたりが2点をつけた要因です。ただ、書き下ろし時代小説というのは、出来の良し悪しは置いておいて、風通しのいいすかすかした文章になりがちですが、それとは一線を画して、みっちり書かれているところを1点加点した2点です。
評B 私も1に近い2です。というのも、『風の市兵衛』シリーズありきが前提の鬼しぶなのかな、と。シリーズを読んでいない私には、鬼しぶの魅力が伝わってきませんでした。あと、全てがご都合主義に思える展開に感じました。私にはこの作品がnot for meでした。
編A 同じくです。私も、私がこの本の良い読者じゃなかったんだな、と。書き出しから引き込まれるところもあって、巧いな、と思うんですが、鬼しぶに魅力を感じられませんでした。江戸情緒はよく出ていると思いましたし、これだけ巧ければ1点はつけられないので2点にしました。
評C 町人の話し言葉がみな「〜でやす」になっているんですが、江戸時代って、住んでいる場所ごとに、深川なら深川の、浅草なら浅草の、それぞれの町の言葉がある。その辺がちょっと画一的なんですよね。Cさんがさっき言った「もっさり感」は、そこに繋がってくるんだと思います。
編F オリジナル時代小説文庫という枠組みの中で、アクションをきちんとやろうとしていることは、私の中ではプラス評価なんですが。

浜本 では、次、実石沙枝子さん『踊れ、かっぽれ』です。
評B Gさんの5点が意外でした。
編G チームで踊るとか、大嫌いなんですが(笑)
一同 爆笑
編G なので、あんまり読みたくないなぁと思って読み始めたんですが、他の候補作がわりと酷い話が多めなので(笑)、この爽やかな感じが逆に良かったというか、こういう普通の小説が面白いというのは、素晴らしいな、と。書き手の方も若い方だし。これを読んだ時、ちょっと疲れていたこともあるのかもしれませんが、こういう小説もいいな、と。人が死んだり生き返ったりしないことも良かった(笑)
編C 私も、みんなで踊るとか嫌いなうえに、美少女が登場したので、瞬間、うえっとなったんですが(笑)、章が変わるごとに、ライト文芸のテンプレみたいな登場人物たちの内面を描いていくじゃないですか。そこでテンプレに乗っかって書こうとしているのではなく、ちゃんと自分の物語を書こうとしているんです。それでこの作品に対する見方が変わりました。5点をつけてもいいかな、と思ったんですが、5をつけなかった理由が一つだけあって、足の悪い登場人物をBL好きにしたことです。ライト文芸やラノベのような設定を用いつつ、ライト文芸やラノベではない物語を描く、ということをやっているのに、彼女をBL好きにしたことで、リアリティラインが崩れてしまった。それがなければ5点をつけました。あそこだけ、書きっぷりが軽くなるんですよ。勿体無いと思いました。
編E 私は青春小説が好きなので、最初から期待して読んだので、きゅんきゅんしました。清水の町を持ち上げているのかdisっているのかわからないところもいいし、主人公だけを描くのではなく、群像小説になっているのもいい。5点をつけなかったのは、若干暑苦しかったから。良さも含めての暑苦しさではあるんですが。
編H 私はこれを読む前に、同じ作者の『扇谷家の不思議な家じまい』(双葉社)を読んでいて、その後でこちらを読んだんです。まだまだ足りない部分もあるんですが、色々な人物を書き分けて、それぞれの人物が抱えている問題をそれぞれが考えて、それを一つに繋げていく話を書きたい書き手なんだな、と。この作品は新人賞の応募作でもあり、これからの人だな、と思いました。ただ、突き抜けたものを持たないと、器用貧乏になってしまうかも、という危惧も少し抱きました。
編D 私はよさこいとか大嫌いなので、かっぽれも見たことがないんです。それでも、登場人物のストーリーがちゃんとあって、それが祭り当日の熱狂の中で、それぞれが抱えていたもやもやしたものが昇華されていく感じがとてもよく描かれていたので、読んでいる途中から感情移入できました。高校生たち、みんながんばれ! という気持ちになった。
編A 私も、よさこい苦手な民なんですが、面白く読みました。途中から、児童文学、YAっぽさがあるな、と思いましたが、女子友情ものの側面もあり、候補作のなかでの相対評価で3点をつけました。
評C 敢えて厳しいことを言いますが、新人賞の応募作を加筆・修正して出すというのはダメでしょう、現時点では特に、そんなことやってるのはダメだよ、と個人的に思いました。この後に刊行された『マッドのイカれた青春』(祥伝社)を読むと、この作品が「マッド」のプロトタイプだということがわかります。ただ、やはり「マッド」のほうがダイナミックだし、この作品に登場した美少女というのは、マッドの原型みたいなキャラクター。もともと実石さんのなかにあったキャラクターで、「マッド」でそれを昇華させた。そんなこんなで、私はこちらはそんなに推せなかったです。
評B 私も『マッドのイカれた青春』がすごく良かったので、この作品が最終候補に残ったことで、実石さんの名前を読者に知らしめることになるといいな、と思いました。ただ、私の中で基準点である3点以上を付けられなかったのは、他の候補作との相対評価ということもありますが、やっぱり「マッド」と比べると弱いから。とはいえ、この物語って、実はかっぽれを踊ってるだけで、派手なドラマとか起こらないわりに、きっちりと青春小説としてまとめている。清水の町も、ごく普通の地方の町で、人が死んだり生き返ったりする町ではないのがいい(笑)。地方だからなんでもありみたいな設定って、いかがなものか、と私は思っているので、そこもいいなと思いました。そういう意味では、私にとって、この作品の対極が『悲鳴』なんです。
編B 私もよさこいは嫌いなんですが、私の嫌いなよさこいをやっている人は、逆に好きなんですよ。
一同 爆笑
編B だから、かっぽれを一所懸命やっている高校生たちを描いた本書は面白かったです。ただ、面白くはありましたが、3点以上はつけられなかった。
評A 私もよさこいは嫌いなのと、地方ヤンキーを賛美してるようなところがちょっと......。あと、かっぽれの魅力とか、具体的な踊り方、上達の方法とかが私にはあまり伝わってこなくて、その辺りをもっと描いて欲しかった。これだと、かっぽれじゃなくてもいいような印象なので。ただ、青春小説の定石はちゃんと押さえているし、悪くはないので、3点です。
編F この作品が、誰に向けて書かれたものなのかがわからなかったです。新人賞の応募作なので、仕方がないのかなとも思いますが、青春小説という拡散しやすいジャンルの中ではどうなんだろうな、と。むしろ思いきり前のめりだったりする方が良かったのでは、と。個人的に、青春小説に必要なのは、時代を問わない普遍性、それと真逆ではあるんですが、この時代にこの人だからこそ書けた、という両方が必要だと思っていて、そのどちらもがこの作品からは感じられなかったです。

浜本 5冊め、櫛木理宇さん『悲鳴』に移りましょう。
評A まずは、この作家をオリジナル文庫で出すのはどうかという問題はありますよね。本の内容からいっても、単行本で出していいレベルだと思いますし。誘拐され監禁されていた少女が戻ってきてから新たな事件が始まるという斬新さ、30年前の時代の風俗や、閉鎖的な田舎社会の嫌らしさを徹底的に描いていることなど、全てが濃い密度で描かれていると思いました。ただ、文句なしの5点をつけるには、今一つ足りないと思っての4点です。
編B 個人的に応援している作家であること、こんなにやりたい放題書いていてすごいので、4点をつけました。
編C 私も、ハードカバーで向き合った時のような充実度がありました。ミステリとしての伏線も好きでしたし、世の中にたくさんいる割には、キモい非モテ男子の鬱屈ってあんまり描かれることが少ないなと個人的に思っていたので、その辺りをちゃんと書いていることは評価しました。5をつけても良かったんですが、もう少し犯人の側のことを書いても良かったのでは、と思ったのと、なんかこの手の話は、北上さんは嫌いだろうな、というのがあって。
一同 あぁ......(納得)
編C 北上さんの名前を冠した賞で、この作品に5点はつけられないな、と。最後は割とポジティブなんですが。
編A 私はこの作家の作品をずっと読み継いできているんですが、過去作とのなかで考えたら、これは単行本で出すべき作品だと思いました。それを、文庫オリジナルで、となるところに、この作家さんがもっと評価される余地がある。櫛木さん、デビュー後は大藪賞に一度ノミネートされたことはあるんですが、それ以外は賞には縁が薄いんですよね。文庫が強い作家なので、本当は、うちも含めて各社オリジナル文庫で出したい。でも、単行本で勝負してもらいたい、という葛藤もある。今回、この物語を文庫で出すために、原稿をかなり削ったんじゃないかと思いました。単行本だったら、もっと分厚く書いていたのでは。あと、櫛木さんは近年女性の問題をテーマに据えていて、この作品でもその辺りを意識的に書かれているんですが、テーマが立ちすぎていて、物語が追いついていないところがあるな、と。
編B これ、実際に新潟で起きた事件がベースになっているんですよね。
編A そうです。その事件に女性の問題を絡めています。
編D 櫛木さん、文章が巧いですよね。物語を作る力もある。私はちょっとゲスな好奇心なんですが、新潟の事件の少女はこんな感じだったのかも、と思って読みました。田舎の閉鎖性を煮詰めたような町が描かれていて、ある種のファンタジーではあるんですが、地方出身の自分にとって、すごくリアルでした。あぁ、わかるなぁ、という部分がいくつもあって。お盆なんか本当にあんな感じなんですよ。男どもはみんな飲み食いするばかりで、女の人たちはずっと台所にいる。なので、私は結婚して以来、お盆に妻を連れて帰省したことがない。
一同 偉いっ!!
編D そのリアルさも含めて5点でも良かったんですが、最後のオチの部分に1959年に起こった「おっとい嫁じょ事件」というのを出してきたところに違和感を感じてしまって。リアリティを出すためなんでしょうが、いくら物語が30年前の話だとしても、さらに過去に遡る1959年に起きた事件を物語の補強に使うのは、無理があるんじゃないかと思って、4点にしました。
編E 私も面白く読んだんですが、読んでいて疲れました。私にはちょっと重すぎた感じです。実際にあった事件を、多分こうだったのでは、と読者に思わせてしまう作者の想像力・創造力が凄い。
編G 面白く読みました。虐げられている女性たちの、その虐げられている部分をちゃんと描写するという勇気が凄いな、と。嫌なシーンを逃げずに書くというのは、なかなかできることではないので。ただ、悪いキャラは強烈だし、印象も強いんですが、隆行しかり、善人キャラが弱い。
評B 私が3をつけたのはまさにそこです。田舎の男たちが癖ツヨというか、クズばっかりで、まともなキャラが一人もいないんです。一人くらいまともな男性キャラが欲しかった。しがらみがあるから表面上は周りの男たちに合わせているけれど、本心では女たちに申し訳なく思っている、みたいなまともキャラがいて欲しかった。すごく巧いと思うのだけど、すごく嫌な話だな、と思いました。この作品もまた、私にとってnot for meだったのだと思います。
評C 私は書きすぎなんじゃないかと思いました。風俗に関しても性暴力に関しても、因習的な人間関係にしても、書きすぎてしまって整理が取れていない。この作者の他の作品にも言えることなんですが、常にトゥーマッチなんですよ。そういう制御ができていないところが減点ポイントでした。この作品の前に出た『逃亡犯とゆびきり』(小学館)は、バディものという櫛木さんにとって新しい試みをされていて、むしろ『逃亡犯とゆびきり』をオリジナル文庫で出して、こちらの『悲鳴』をハードカバーで出していれば良かったように思いました。
編H 全編これ、嫌〜〜〜な感じなんですが、面白くは読みました。スナック「來羅」のママのキャラが素晴らしくて、彼女の、事情を全て分かった上であんなふうに振る舞っている、というのが物語の全てを象徴している。ただ、全体としてはまとめきれていない、という印象が残ってしまって。誰に感情移入して読めばいいのか、となった時、結局誰にも感情移入できない、ということも大きかったです。
編F 私は大矢博子さんの解説があったので1点加点しましたが、あれがなければ1点です。この作品が、大矢さんが書かれているような目的のためのものだとしたら、それは純文学でやればいいと思うんです。エンターテインメントとして描くのなら、救いを描くのか、それとも一切の救いをなくすのか、どうなのか。そういう意味で、作者からのメッセージを私は読み取ることができませんでした。

浜本 残りはあと2冊。まずは矢樹純さん『血腐れ』から。
評C ホラーとミステリを融合させている短編集なんですが、一作、一作、違った試みがなされていて、しかもそれぞれのレベルが高いことを評価して5点をつけました。
編H 私も、個々の作品の読み口が違っていて、巧いと思いました。超常現象っぽいものが人間の怖さに繋がっていたりとか、人間の描き方も巧い。オリジナル文庫でこその読み応えがありました。
編E 私は各編のタイトルの付け方が巧いと思いました。キレがある。本当はこちらを5点にしようかと思ったのですが、『芭蕉〜』に5点をつけたので、こちらは4点としました。
編B 読後感が気持ち悪かったです。それだけ巧いんだな、と。
編E あぁ、気持ち悪さはありますね。『悲鳴』は胸くそ悪いんだけど、これは気持ち悪い。
編B あと、短編だからだと思うんですが、切れ味も鋭いな、と。
編A 私は、めっちゃ巧いな、と思って読んだんですが、各編とも、この最後のオチに向かって整いすぎている感がありました。9割9分凄いと思って読んでいたのに、最後の1分でスンとなる、というか。それで、巧いとは思いつつ5点はつけられませんでした。
評A 人物の描き方が濃厚で巧いんですが、この作者のミステリの短編でいつも思うのは、ラスト、実は⚪︎⚪︎でした、と明かされるだけなんですよね。もう少し伏線が欲しい。この短編集はホラー色が強いので、その辺りのことは要求されていないのかもしれませんが、それで驚きが目減りしてしまっているようで残念。
編F 私には各編の読み口の違いがそんなに感じられず、逆に、一定のリズムだな、と感じてしまったので、そこは加点になりませんでした。作者が努力して書いていることは伝わってくるので3点はつけましたが、読み返してみて、傍点の多用が気になりました。綾辻(行人)さんのようなリズムがあるわけではなく、結論に持って行きたいがための多用になっている。自分の恣意的なところに誘導するためのもの。傍点を多用しないと、そこに読者を持って来られないのだとしたら、それは書き手の力不足なのではないか。そう思っての3点です。
編C 私も、各編の手口は違えど、味はみんな一緒だよね、と。それこそnot for me的なことなんですが、なんか全部の作品が〝おばあちゃんのうち〟みたいな匂いがするんですよ。私はその匂いがダメなんですが、特に前半にその匂いが濃厚でした。後半の作品にはスマートさが立ち上がっていて良かったんですが、前半の二編、とりわけ表題作の最後は、あまりにも既視感がある。三話めの「骨煤」は良かったんですが、この作者は得体の知れない怖いイメージを出すことが得意ではないんだろうな、と。それは別に悪いことではなく、ミステリ的にきちんと書いていくタイプなんだろう、と。とはいえ、もうちょっと各編の味を変えて欲しかったです。
編G 私も同意見です。物語の構造自体が似ているし、最後は小さくまとまって終わる、という繰り返しなので、読んでいてずっとペースが同じというか。唯一、おっと思ったのは最後の「影祓え」ですかね。あれは面白かったです。それ以外は、飛び抜けたものはないな、と。
評B 私も「影祓え」は面白かった。ただ、どれもある程度レベルが高い作品のなので、読み進めていくうちに、胸焼けがしてくる。全く毛色が違う作品が途中に入っていれば、口直しになったんじゃないかと思うんですが。巧いとは思うけれど、もう少し構成に工夫を凝らして欲しかった。
編D 私は個々の短編に既視感がありました。町中華的に言えば、仕込みはすごく丁寧にきっちりやっているんだけど、味付けは全部オイスターソース、みたいな。なので、3点です。

浜本 最後の一冊は、関口尚さん『芭蕉はがまんできない おくのほそ道随行記』です。
評C これ、関口さんの今までの作品の中で、一番いいと思いました。曾良が屈託を抱えている人物で、芭蕉のせいで人生の岐路で迷っているという話と、才能があってわがままだけど憎めないところがある芭蕉のキャラで引っ張る話、二つが絡んでいて、それだけで十分面白いんですが、芭蕉の名句ができるまでの過程を曾良の視点から書く、という趣向が面白かった。芭蕉が好きになるし、芭蕉の俳句を読みたくなるという、理想的な俳句小説だなと刊行当時から推していました。
評B 私も5点を付けました。あの名句の裏にはこんな過程があったんだ、という驚きがありました。何度も推敲を重ね、練られたからこそのあの一句なのだ、と。そのことを、読み物として読ませる巧さ。凄い量の資料を読み込んでいると思うんですが、その資料の取捨選択を吟味しているところも評価しました。これ、大人はもちろんなんですが、中高生に読んで欲しくないですか? 初めて芭蕉の句に接する若い読者に読んで欲しいと思いました。芭蕉や曾良はもちろん、俳句を身近に感じられる物語なので。
編E 私はこれを読んで、芭蕉の『おくのほそ道』の全貌が理解できた気がします。こういうことだったのか、と。初めて『おくのほそ道』がリアルに立ち上がってきました。作者にとって、初の時代小説なんですが、これだけの作品を書けたことも評価したいと思っての5点です。
編H 私も非常に面白く読みました。『おくのほそ道』の行程もいいし、句が出来上がるまでの過程、芭蕉や曾良の人物造形とか、資料が物語に溶け込むように使われていて、読み応えがありました。5点ではなく4点にしたのは、文章的には『鬼しぶ』のほうに一日の長があると思ったからです。(文章が)ちょっと現代的なところが気になったからで、これは今後時代小説を書いていけばもっとこなれてくるかな、と。こういう作品のような、知っているようで知らない世界をどんどん書いていって欲しい。
編C 私もとても楽しく読みました。私はHさんとは逆で、時代小説の文体ではなく、ライトな感じで描ききったところに、むしろ好感を持ちました。スムーズに読めるいい文章だな、と。5点にしなかったのは、物語がやや単調というか、ちょっと退屈してしまったところがあったから。決められた道を歩くわけなのでしょうがないんですが、旅→イベント→旅→イベントの繰り返しが、若干退屈に感じました。あと、俳句に対する解釈に、新書っぽさを感じてしまったこともあります。その2箇所がひっかかったので、4点です。
編D 私はこれを読んで、俳句って面白いなぁ、と素直に感じました。有名な俳句が登場すると、待ってました! みたいな気持ちになったし、一句を作り上げるまでに、こんなに推敲を重ねるんだということにも感動しました。
評A 私も、今回の候補作のなかでは一番面白く読みました。芭蕉の名句がどうやって誕生したのか、元々の句はこうだったのに、推敲後にこんなふうに変わった、というところが面白かった。ただ、それを小説としての評価、オリジナル文庫としての評価に繋げていいのかと考えて、評価に悩みました。あと、面白かったのは間違いないんですが、史実を無視できないのはわかるんだけど、小説としてのフィクション性が、最後のほうでやや萎んでしまったかな、とは感じました。
編A 私は芭蕉の『おくのほそ道』を曾良視点で書くというアイディアが、画期的だと思いました。ただ、芭蕉と曾良のキャラは、そこまで魅力を感じなくて、面倒くさい人だったんだなぁ、とだけ(笑)。私は、旅路の途中で何か冒険するとか、そういうことを勝手に思っていたのですが、史実に忠実に描かれているのでそんなことは起こらず。本のコンセプトはわかるんですが、エンタメとしてはもうひと盛り上がりあっても良かったのでは、と思っての3点でした。
編F 難しいトリプルアクセルを跳んでいるな、みたいな印象を持ちつつ読みました。テイストは時代小説なんですが、史実を扱っているので歴史に沿わなければいけないところで、かなり窮屈になってしまっている。芭蕉の俳句に関しても、説明しなければいけないという立ち位置になっているので、いや、俳句の説明はそんなに読みたくないんだけど、という読者もいる可能性がある。その辺りが難しいのかな、と。
編G 夏に山寺に行ったので面白く読んだんですが、私も単調なところがマイナスになりました。あと、Fさんが言ったことにも通じるんですが、俳句って、解説されると一気につまらなくなるな、と。個人的には、俳句は説明されるのではなくて、(句を)感じたい。解説されると、評価がそこに収斂されてしまうので。あと、タイトルと表紙カバーは、要一考かと。

オリジナル文庫大賞表2026.jpg

●7冊の評価が出揃った時点で、『芭蕉はがまんできない』が満遍なく高評価を得ての一位だったこともあり、『芭蕉はがまんできない』を大賞にする流れになったところで、次点の『血腐れ』とのダブル受賞では、の声が上がり、ダブル受賞するかどうかの多数決をとることに。
結果は、ダブル受賞賛成4票、単独受賞賛成7票だった。

浜本 それでは、第3回北上次郎オリジナル文庫大賞は、関口尚さん『芭蕉はがまんできない おくのほそ道随行記』とします。単独受賞となるのは、2022年以来、北上次郎オリジナル文庫大賞と名称を変えてからは初となりました。みなさん、お疲れさまでした。
一同 お疲れさまでした。

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