『夜の公園』川上弘美

●今回の書評担当者●有隣堂アトレ新浦安店 広沢友樹

5月22日(金) 井の頭公園→百年→古本屋さんかく→リブロ吉祥寺店→国立国会図書館

僕が初めて川上弘美さんの名前と出会ったのは、文学界新人賞の選評だったように思います。学生時代にチラ見していた文芸誌のなかでも、文学界新人賞選考委員の選評が抜群に面白かったのですが、各委員が寂しさを募らせて見送ったあの山田詠美委員の後任として登場したのが川上弘美さんでした。彼女の文章の紡ぎかたはとても女性的で、感覚的、まあるく、ぼんやりしていました。なんなんだこの人は...と思いました。その翌年、王様のブランチに出演された川上さんは、佇まいと喋りかたが素敵な人で、そのとき紹介されていたのが「夜の公園」です。この作品は、昨年出版された「風花」(ため息が出るほど素晴らしかったです。文学として傑作です)や、「真鶴」(幻想的で心がざわつく不思議な物語)の原石のように僕には感じられるのです。

一つ年上の幸夫との結婚生活が二年になる35歳のリリは、自分が幸夫をあまり好きではないと気づいてしまいます。自分に向って強く舌打ちしたい、そんな気持ち。幸夫を凪の海のような目で見ているリリの親友、春名。夜の公園でリリと出会う9歳年下の青年、暁。リリの言行に困惑する幸夫。

好きになるという心持ちは、誰でも熱く語れるし、共感を得やすいものだと思います。しかし、好きではなくなるというのは、なかなか言葉では説明しにくいと感じるのですが、いかがでしょうか? ひとりひとりポイントが違うでしょうし、心の調整のしかたには、周りの環境や時間という尺度が関わってきます。「決して嫌いではない」という言葉も思い浮かびます。そういう積み重ねが夫婦生活において、男性の眼に見えないかたちで静かに浸透していくかと思うと、背筋が少しだけ緊張します。

「夜の公園」は、4人がそれぞれ自分の気持ちに素直に生きていると感じられる、その姿が魅力的なのです。

好感をいだいたから。
一人でいるとなんだかぐらぐらしてしまうから。
自分のものにしたくて。
私という人間の中にある幾つかの種類の「私」のうちの、それぞれ違う「私」とつきあっているのだ。

規則的な章立てから、4人の人物像と生き方が鮮やかに対比され、心地よいリズムが読み進むにつれて感じられます。心の移り変わりを言葉で理論的に書き込むのではなく、文学として、物語として表現しようとする意志に溢れ、心に優しく染み込みます。

さて、今回は「夜の公園」のロケーションとなっている井の頭公園で最後の章を読みました。作家の読書道を見てみると川上さんはこの沿線を訪れることも多いようです。「本屋さんに行きたい」(アスペクト)片手に「百年」と「古本屋さんかく」を訪ねました。どちらも店内はすばらしく、入居しているその建物自体も味があります。ぜひ。

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有隣堂アトレ新浦安店 広沢友樹
有隣堂アトレ新浦安店 広沢友樹
1978年東京生まれ。物心ついた中学・高校時代を建築学と声優を目指して過ごす。高校では放送部に所属し、朗読を3年間経験しました。東海大学建築学科に入学後、最初の夏休みを前にして、本でも読むかノと購買で初めて能動的に手に取った本が二階堂黎人の「聖アウスラ修道院の惨劇」でした。以後、ミステリーと女性作家の純文学、及び専攻の建築書を読むようになります。趣味の書店・美術展めぐりが楽しかったので、これは仕事にしても大丈夫かなと思い、書店ばかりで就活を始め、縁あり入社を許される。入社5年目。人間をおろそかにしない。仕事も、会社も、小説も、建築も、生活も、そうでありたい。そうであってほしい。