『AX』伊坂幸太郎

●今回の書評担当者●ときわ書房千城台店 片山恭子

 伊坂さんの新作『AX』が出た。『グラスホッパー』『マリアビートル』に次ぐ「殺し屋」シリーズの三作目の位置づけとなるが、本作は前二作とは趣の異なる独立した作品として読める内容だ。『重力ピエロ』が好きな人には特におすすめしたい。

 主人公の殺し屋<兜>が物音をたてぬよう慎重に歩を進める家中での、緊張感漲るシーンの物語冒頭。深夜帰宅した兜は、朝が早い会社員の妻を起こさぬよう、物音に異常な程気を遣う。その意外な理由に心を掴まれた。恐妻家だという。殺し屋のくせに。そんな彼が妻の眠りを妨げぬため熟慮の末に辿り着いた究極の食べ物が魚肉ソーセージという。やけにリアルだ。その妻との間に高校生の一人息子・克巳がいる。妻とのやり取りや、克巳との会話での兜の、もはや闇と言っていい程のぎこちなさがたまらず可笑しい。

 普段は文房具メーカーの営業社員だが、息子が生まれた頃から殺し屋稼業を辞めたくなり、仲介屋である内科医(!)に引退を申し入れるも、辞めるには一戸建ての建売住宅が買えるほどの金が必要と言われて五年経ち、辞めるための金を稼ぐ状況が続いている。

 殺害を依頼されたターゲットの爆弾職人が持つ携帯電話のストラップがダイナマイト型だったり(「AX」)、スズメバチの巣を駆除するために着込んだ防護服代わりの格好が宇宙服っぽくなるくだりの描写など(「BEE」)、ユーモアあふれるエピソードがたまらない。その一方、「Crayon」の章で兜の妻が克巳の小学生時代のPTAで一緒だった母親たちとの集まりで起きたある出来事には、ほろりとさせられる。懐かしいキャラクター達、<檸檬>と<蜜柑>の果物コンビに、おなじみ<桃>と<槿(あさがお)>、<スズメバチ>のオスと思しき人物との再会もあり。

 伊坂作品に共通するのは家族や仲間の愛だ。シリーズに限って言うならば『グラスホッパー』で鈴木が復讐を企てるきっかけは、愛する妻を殺されたからだったし、『マリアビートル』の木村は、悪魔のような中学生・王子に息子が瀕死の重傷を負わされた復讐心から行動に出る。だがその王子によって窮地に陥った木村の異変を動物的な勘で察知し救出するのも、木村の両親だった。

 殺し屋だが父の与えてくれる安心感、この矛盾が生み出す味わい。父と子の関係がかなり羨ましいと思ってしまった。この数年で、自分の周りでも父となり、母となった友人たちが思い浮かぶ。忙しいだろうが、ぜひこの『AX』をこそ読んで欲しいと思う。

 しかし、こんなに殺し屋がいるなんて、世の中は思った以上に物騒なのかもしれないし、案外近くにいたりして、なんて想像すると、平凡な日常も違って見えてくる。

「EXIT」の章で不意打ちを食らい、呆然としながら更なる衝撃の展開を見せる最終話の「FINE」。

 長く心に余韻を残す、そして誰かと語り合いたい作品だと思う。

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ときわ書房千城台店 片山恭子
ときわ書房千城台店 片山恭子
1971年小倉生まれの岸和田育ち。初めて覚えた小倉百人一首は紫式部だが、学生時代に枕草子の講義にハマり清少納言贔屓に。転職・放浪で落ち着かない20代の終わり頃、同社に拾われる。瑞江店、本八幡店を経て3店舗め。特技は絶対音感(役に立ちません)。中山可穂、吉野朔実を偏愛。馬が好き。