『あきない世傳 金と銀 貫流篇』髙田郁

●今回の書評担当者●ときわ書房千城台店 片山恭子

  • あきない世傳 金と銀(四) 貫流篇 (時代小説文庫)
  • 『あきない世傳 金と銀(四) 貫流篇 (時代小説文庫)』
    高田郁
    角川春樹事務所
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  • あきない世傳 金と銀 源流篇 (時代小説文庫)
  • 『あきない世傳 金と銀 源流篇 (時代小説文庫)』
    髙田郁
    角川春樹事務所
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  • あきない世傳金と銀〈2〉早瀬篇 (ハルキ文庫)
  • 『あきない世傳金と銀〈2〉早瀬篇 (ハルキ文庫)』
    高田 郁
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  • あきない世傳 金と銀〈3〉奔流篇 (時代小説文庫)
  • 『あきない世傳 金と銀〈3〉奔流篇 (時代小説文庫)』
    髙田 郁
    角川春樹事務所
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 今回は『みをつくし料理帖』(全10巻 番外編を含めると11巻)から愛読している髙田郁さんの新シリーズ『あきない世傳 金と銀』を。4巻目となる先月発売された最新刊の『貫流篇』が凄い展開になっています!

*以降あらすじ・ネタバレを含みます。

 八代将軍・吉宗の治世。華やかなりし元禄文化は遠く、享保の大飢饉で農村部は打撃を受け、米価が高騰、倹約令が出されるなどモノが売れない商人にとっては試練の時代の大坂が舞台です。どこか今の時代を彷彿とさせます。

 摂津国武庫郡・津門村で私塾を開く学者の娘として生まれた主人公の幸(さち)。働き者だが女に学はいらないという母・房の目を盗んでは字を学び、七夕に知恵を授かりたいと願う、そんな妹を優しく見守り導いてくれる10歳上の兄・雅由と妹・結がいます。しかし兄と父が相次いで亡くなり、9歳のとき一人大坂天満の呉服商・五鈴屋へ奉公に出ることに。「商いとは、即ち詐り」との父の言葉が重くのしかかりますが、生きるための決意と、商いへの好奇心が幸を支えます。

 奉公先での雇い入れは1人のはずが、手違いで幸のほか3人が集い、急遽入社試験が行われることに。見事勝ち抜き晴れて五鈴屋に落ち着いた幸。五鈴屋にはお家さんの富久(二代目徳兵衛の妻)と三兄弟の孫たちがいます。四代目徳兵衛を継いだ阿呆ぼん(!)の長男・豊作、商才に長け仕事熱心だが情に欠ける次男の惣次、商売はからっきしだが心根の優しい、本の虫の三男坊・智蔵。実質お店は、「五鈴屋の要石」といわれ人格者の番頭・治兵衛と惣次、富久で切り盛りされており、幸の聡明さを早くに見抜いた治兵衛が彼女の学ぶ意欲の手助けをします。

 一巻の『源流篇』では、四代目に船場の中堅どころの小間物商・紅屋の末娘、菊栄の嫁入りと、幸との心の交流、智蔵が浮世草子の書き手になる決意をし家を出、四代目の放蕩による離縁までを、二巻『早瀬篇』では菊栄の去った五鈴屋・四代目の後添いに治兵衛の強い要望で若干14歳の幸が選ばれ、過労心労による卒中で治兵衛が倒れる中、幸への信頼を次第に深めるようになる富久、まだ幼い嫁に主が興味を持たないのを幸いと、商いの知識を貪欲に吸収し知恵を付けたいと精進を重ねる幸が美しく成長してゆく中、徳兵衛の不始末が原因で分家話が延期となっていた惣次に、大坂一の大店から婿養子の話が持ち込まれ、嫉妬から自暴自棄になった徳兵衛が乱暴を働き、新町廓からの帰りに酩酊状態で堤から石垣の下へ転落、帰らぬ人となります。

 そして養子話を断り五代目を継いだ惣次の出した条件で再び幸が嫁に迎えられるまで。三巻『奔流篇』で17歳の幸は名実ともに惣次の妻となり、新しい商いの方法に挑戦する惣次を支え、知恵を絞ります。

 菊栄との再会、宣伝のため今でいうノベルティの開発や社員教育、果ては女性でも商いに携われるような道筋を整えられたら、との思いから新しいビジネスモデルの模索など、幸の頭は商いのことでいっぱいです。

 そんな女房への愛しさ、恐れと戦き、嫉妬が交じる複雑な思いを抱く惣次が次第に功を焦りはじめ、「商いから情を一切抜いてしまったら先々行き詰まる」との富久の不安が的中、幸との会話からヒントを得て開拓した新規の商売相手に対する搾取と裏切りに対し、相手から「店主の器にあらず、店主がこの男で居る限り付き合いはお断り」と怒りの宣言をされてしまいます。

 そこで放った幸の提案が相手に信頼と希望を甦らせ、才気と知恵、礼儀に情の備わった幸を「まこと店主の器」と言わしめます。

 21歳になった幸。四巻『貫流篇』では、五代目が出奔し行方を捜し続ける五鈴屋へ、家を出てから九年が経ち28歳となった三男の智蔵が惣次の隠居願いを携え訪れます。五鈴屋を智蔵に託すというのです。

 その後、呉服仲間にも惣次の隠居願いが届けられ、惣次の決意の固さを知り、五鈴屋の暖簾を守るために番頭の鉄助と幸は、度重なる心労で老いを加速させ、心臓が弱くなった富久の代わりに、智蔵に六代目を継いで貰えるよう尽力します。

 しかし煮え切らない智蔵の態度に怒りの感情を募らせる幸の姿は、ついに智蔵から「翌日の四代目徳兵衛の月命日に決断する」との宣言を引き出します。

 その晩、幸は富久から幸を養女にするとの決意を告げられます。翌日、店を継ぐ覚悟のいでたちで現れた智蔵を見て、喜びに包まれる一同。富久から幸を養女にしたいと聞いた智蔵は苦悩の末、驚きの決断をします。なんと幸を智蔵の嫁にと望んだのです。

 三兄弟に嫁ぐという前代未聞の成り行きに、さすがの呉服仲間も唖然とするも、九年の間に成長した智蔵の頼もしさに加え、桔梗屋という援軍を得て見事承認を勝ち取り、新しい門出を迎えます。

 智蔵に亡き兄の面影を見ていた幸と、幸に淡い好意を抱いていた智蔵。二人の祝言を見届けたのち、富久は亡くなります。この巻で長い物語の第一章が終わったのかな、という印象です。富久なき後、若い二人が周囲の人々と手を携えながら、どんな風に商ってゆくのか楽しみです。

 この物語の楽しみの一つに、治兵衛の言葉があります。二代目徳兵衛・萬作の口癖が「買うての幸い、売っての幸せ」と教えられ、「商いは川の流れに似ている」「天から与えられた美しい色を欲得づくで汚さんよう、精進してこその商い」「どないな時にかて、笑いなはれ。笑うて勝ちに行きなはれ」「笑う門には福来る」これらの言葉がどれだけ幸を救い、奮い立たせてきたことでしょう。ぜひ治兵衛語録を番外編で出版して欲しいです。

 また富久の、奉公人への気遣いを忘れない細やかさ、優しさ。離縁の後、実家の紅屋を商う菊栄との働く女同志の友情。奥向きを仕切る女衆、お竹とお梅の温かさ。そして幸を支えるものは、幼いころに郷里で兄と一緒に見た金と銀の美しい色をした光景でした。夕陽の輝きが金、川面の煌びやかな色が銀。川向うに見える無数に浮かび上がる綿の花。生活の糧を得る綿作は、いうなれば天からの恩恵で、ひとびとの暮らしが金銀の情景に溶け込むのを胸に刻んだ幸。何百年も前に読まれた詩が、海を越え、時を超えて読み継がれる。

 ひとの思いを伝え残せる文字とは、何と素晴らしいものだろう、との幼いころの感動を胸に、学びへの尽きぬ興味とたゆまぬ努力を続ける幸に、郷里でも奉公先でも寄り添うような川の存在。川の流れのように進む幸の一生。強引な展開でなく自然に感情移入できるテンポが、長編シリーズの味わいです。

 商うものは違えど、多くの人の手を経て創り出されるという点で共通する呉服と本。本を売る商いに携わる者としての立場からこの物語を捉えたときに見えてくるのは、壮大な「商売往来」のようで身の引き締まる心持になります。私はこの作品から「温故知新」と弊社の社訓「創造の中に利益あり」という言葉を思い浮かべました。

 モノが売れない時代、知恵を武器に商い戦国時代を渡ってゆく武将の如き幸の、痛快なる見せ場が随所にあり、女名前禁止の大坂にあって、この先どんな勇姿を見せてくれるのだろうと思うと、楽しみでならないのです。

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ときわ書房千城台店 片山恭子
ときわ書房千城台店 片山恭子
1971年小倉生まれの岸和田育ち。初めて覚えた小倉百人一首は紫式部だが、学生時代に枕草子の講義にハマり清少納言贔屓に。転職・放浪で落ち着かない20代の終わり頃、同社に拾われる。瑞江店、本八幡店を経て3店舗め。特技は絶対音感(役に立ちません)。中山可穂、吉野朔実を偏愛。馬が好き。