『新版 軍艦武藏』手塚正己

●今回の書評担当者●今野書店 松川智枝

 まずは吉村昭の『戦艦武蔵』という小説のことから始めなければなりません。吉村昭という作家は緻密な取材と淡々とした文体から、読んでいる間はノンフィクションのように感じるのですが、読み終えた後、小説だったのだな、という作品が多いのではないかと思います。

『戦艦武蔵』もやはり、静かに時は進み、凝縮された武蔵の最期を読み終えた時、作品の大部分を占める、世界最大の軍艦を建造するという民間企業と人間の狂熱が、戦時下という時代において、いったいあれは何だったのか、という小説的結末へ昇華する純文学だと思うのです。

 この吉村昭の『戦艦武蔵』という小説がまずあって、手塚正巳氏の『軍艦武蔵』を読み終えた時、やっと武蔵の生涯がわたしの中で終わった、と思いました。

 この手塚正巳氏は、映像を手掛けられていたこともあるのでしょうか、目に見えるようなリアリティで武蔵の短い歴史、それに関わる兵士たちの人生を描いています。こちらはむしろ小説ではないか、と思うような生き生きとした描写であるにも関わらず、最後まで作者の感情をどこにも差し挟まないことで、これがノンフィクション文学なのだ!と実感しました。

 シブヤン海で武蔵沈没直前、猪口艦長が手帳を託す場面やその手帳の内容、小説であれば最も印象的シーンとして特にフューチャリングしてしまう出来事であろうところを、ただあったこととして描き、沈没後の生き残った兵士達それぞれの、想像を絶する戦い、作戦行動を共にした駆逐艦のその後、と丁寧に追うことで、軍艦武蔵という艦に乗り、共に戦った全ての兵士達に思いを馳せることが出来ました。

 大和と武蔵は当時の日本にとって最後の希望だったのだろう、それが軍部や高級将校の机上の空論に過ぎなくても、やはり不沈艦という響きは、一般の兵士たちにも、国民にも、根拠の無い安心感を与えただろうことが、読んでいてよく分かります。それでも、日本が敗戦に向かうことをわたしたちは歴史として知っています。そして武蔵が沈んで70年が経つというのに、まだ世界は戦争をしているという現在がある、ということを改めて考えると、まだ武蔵の生涯は、その役目は終わっていないのではないか、と思い直しています。

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今野書店 松川智枝
今野書店 松川智枝
最近本を読んでいると重量に手が震え、文字に焦点を合わすのに手を離してしまうようになってしまった1973年生まれ。それでも高くなる積ん読の山。