『傷だらけのカミーユ』ピエール・ルメートル

●今回の書評担当者●啓文社西条店 三島政幸

  • 傷だらけのカミーユ (文春文庫) (文春文庫 ル 6-4)
  • 『傷だらけのカミーユ (文春文庫) (文春文庫 ル 6-4)』
    ピエール・ルメートル
    文藝春秋
    907円(税込)
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 ピエール・ルメートルに関して言えば、私は日本では実にラッキーな読者だった。

 ルメートルが日本で大ブレイクしたのはもちろん、『その女アレックス』の大ヒットがきっかけである。2014年のミステリランキングでは軒並み一位となり、その後、海外小説としては異例の販売部数となった。

 だがその年、私は『その女アレックス』を読まなかったのだ。なぜか、と問われると、よく憶えていない。評判がいいのは知っていたが、表紙のイメージから、なんとなくスリラーぽく感じて敬遠したのかも知れない。そして爆発的に売れてからも、どうせみんな読んでるしなあ、と天邪鬼になってしまったのだと思う。

 翌年、同じルメートルの『悲しみのイレーヌ』が発売された。そして私は、これをすぐに買って読んだのだった。なぜすぐに読んだのか、これも記憶がはっきりしていないが、ただなんとなく、こちらは私向きの小説だと直感的に思ったような気がする。

『悲しみのイレーヌ』は、まごうかたなき大傑作だった。殺人描写の陰惨さ、カミーユ・ヴェルーヴェン警部のキャラクターにものめり込んだが、殺人現場に関するある「共通点」や、クライマックスで明かされる趣向にはガチで興奮した。ミステリマニアであればあるほど、この趣向には大喜びしたはずだ。そして後半のサスペンスの末の悲劇的な結末。ああ、このような事件があっていいものなのか。

 そして、『悲しみのイレーヌ』に続く形で『その女アレックス』を読んだのだった。読み始めてすぐに私は、この順番でよかった、と心底思ったのである。そう、『その女アレックス』は『悲しみのイレーヌ』の後の事件であり、『悲しみのイレーヌ』の重要なプロットが『その女アレックス』では前提として描かれていた。カミーユは『悲しみのイレーヌ』事件のショックから立ち直れていない状態から始まっていたのだ。

 もちろん、『その女アレックス』も傑作だったことは言うまでもない。だが日本では多くの読者が『その女アレックス』の方を先に読んだことだろうと思う。翻訳の順番の問題ではあるが、『その女アレックス』があんなに反響を呼び起こすことは出版社にとっても予想外だったろうと思うので、これは致し方がないだろう。

 なので、もしまだルメートル作品をお読みでなければ、絶対に、『悲しみのイレーヌ』『その女アレックス』の順で読んでいただきたい。

 そのピエール・ルメートルの最新作が、『傷だらけのカミーユ』である。もちろん、カミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズだ。であれば、面白くないはずがないのだ。

 事件は、カミーユの新しい恋人アンヌが宝石強盗に遭遇し、強盗たちから暴行を受け、瀕死の重傷を負うところから始まる。いきなり強烈なバイオレンス描写が繰り広げられるのは、ルメートル作品の特色のひとつでもある。アンヌの状態を見て、犯人逮捕に燃えるカミーユは、アンヌとの関係性を周囲に打ち明けないまま捜査に加わるのだが......。

 過去2作に比べると、犯人を追っていくサスペンス小説の色合いが濃く、シリーズキャラクターの魅力が前面に出た小説かな、と思いながら読み進めていると、後半の「三日目」で雰囲気が変わってくる。ネタバレになるので書けないが、今までの話を根底から覆すような展開になり、予想外の真相が浮かび上がるのだ。そして『傷だらけのカミーユ』というタイトルがより重みを増していく。

 カミーユシリーズを読んできた読者はもちろん楽しめるが、未読の方には、ぜひ前作を読んだ上で味わっていただきたい。もちろん、『悲しみのイレーヌ』『その女アレックス』『傷だらけのカミーユ』の順で、だ。

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啓文社西条店 三島政幸
啓文社西条店 三島政幸
1967年広島県生まれ。小学生時代から図書館に入り浸っていたが、読むのはもっぱら科学読み物で、小説には全く目もくれず、国語も大の苦手。しかし、鉄道好きという理由だけで中学3年の時に何気なく観た十津川警部シリーズの2時間ドラマがきっかけとなって西村京太郎を読み始め、ミステリの魅力に気付く。やがて島田荘司に嵌ってから本格的にマニアへの道を突き進み、新本格ムーブメントもリアルタイムで経験。最近は他ジャンルの本も好きだが、やっぱり基本はミステリマニアだと思う今日このごろ。