『12人の優しい「書店人」』山本明文

●今回の書評担当者●有隣堂川崎BE店 佐伯敦子

 初めてこのタイトルを目にした時、「これは、書店業界のパロディ本なのか?」と思いました。12人の~とくれば、ヘンリー・フォンダが、熱演していたあの名作アメリカ映画ではないですか? あの映画を観た時は、まさか陪審員制度が日本に導入されるとは、夢にも思わなかったです。しかし現実には、その"まさか"が、目の前で起こっているわけで、そして書店業界がこんなふうに変っていくとは、きっと誰も思わなかったのではないでしょうか。
 
 バブルの頃に入社した私は、何の苦労もせずに、入ってくる本を並べ、そこそこの売り上げを稼ぎ、「広告は、みんな版元さんが、やってくれるから、俺達はただ情報を集めてきちんと真面目に棚詰めをすればいいんだ。こんな楽な商売は、他にないよ。」とつぶやいていた先輩社員の言葉を鵜呑みにして、気持ちのほほんとしながら、毎日の便の片付けに追われていたのだと思います。

 正直、この本を読んでみたら、眩暈と吐き気がしました。こんなにも書店業界が、変っていってしまっていたなんて。『誰が「本」を殺すのか』という書籍を佐野真一さんが、何年か前に書かれていますが、このタイトルの通りの現在の出版不況は、一体何がもたらしたものなのでしょうか?

 毎日、洪水のように入荷してくる新刊の波に、紙の書籍は、まだまだ大丈夫だなどと甘い幻想を抱きながら仕事をしていましたが、違うんだ、これは違う、もっとじっくりと見極めなくてはと、自分自身を戒めながら、読ませていただきました。

 昔、『ユウ・ガット・メール』というアメリカの映画がありました。主人公が店主である街角の小さな児童書専門店が、大きなチェーン店の出店により、閉店に追い込まれるというお話でした。そのチェーン店は、全品バーゲンをやったり、コーヒーが飲めたり、再販制度がない欧米型の書店というのは、こういうもので、日本もいつかこのようになるのでしょうか?

 この本で、特に度肝を抜いたのは、第四章に登場する書店人谷口雅男さんのすさまじい古本人生です。とてもあそこまでは、頑張れない。本を読むのは、大好きだけれども、ここまでやれと言われたら、もっとイージーな生き方をつい選んでしまいそうです。

 その他、登場する業界でも有名な書店員の方がたは、みなさんとても生真面目で真剣です。そして、いつも前へ前へと自分を鼓舞しています。挫折や苦労を乗り越え、本屋大賞立ち上げという偉業まで、成し得ます。

 書店の行方は、大きく言えば、この国の「知」の行方かもしれません。でも、書店員て、こんなにすごい職業だったのかな?とふと自分の居場所を再確認したくなりました。本好きの方にも、とても興味のある一冊だと思います。

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有隣堂川崎BE店 佐伯敦子
有隣堂川崎BE店 佐伯敦子
江戸川乱歩の少年探偵団シリーズが大好きで、登下校中に歩き読みをしながら、電信 柱にガンガンぶつかっていた小学生は、大人になり、いつのまにか書店で仕事を見つけました。あれから二十年、売った本も、返品した本も数知れず。東野圭吾、小路幸也、朱川湊人、宮下奈都、大崎梢作品を愛し、有隣BE姉、客注係として日夜奮闘しています。まだまだ、知らないことばかり、読みたい本もたくさんあって、お客様から、版元様から、教えていただくことがいっぱいです。