『口笛を吹きながら本を売る』石橋毅史

●今回の書評担当者●蔦屋書店ひたちなか店 坂井絵里

  • 口笛を吹きながら本を売る: 柴田信、最終授業
  • 『口笛を吹きながら本を売る: 柴田信、最終授業』
    石橋毅史
    晶文社
    1,728円(税込)
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 はじめまして。5月はネモフィラ、夏はROCK IN JAPANの開催でにぎやかな、茨城県ひたちなか市・国営ひたち海浜公園。そこからほど近い、蔦屋書店ひたちなか店で働いております、坂井と申します。一年間どうぞよろしくお願いいたします。
 
 書店で働ける毎日が嬉しく、本の注文で出版社さんに電話をさせていただくときなどは、よだれが滝のようになっております。そして出版社さんや書店など、本にまつわることが書かれた書籍も大好物です。石橋毅史さんの新刊『口笛を吹きながら本を売る』(晶文社)も、発売前からネットで書影を眺めつつ楽しみにしておりました。
 
 副題に"柴田信、最終授業"とありますように、現在神保町の岩波ブックセンター(岩波書店の書籍に加え歴史書、人文書が充実した専門書の専門店。)の代表取締役である柴田信さんへの、3年にわたる聞き書きをまとめた書籍になります。インタビュアーは『「本屋」は死なない』(新潮社)の著者、1970年生まれの石橋毅史さんです。
 
 石橋さんが<いつかこの人のはなしを一冊にまとめたい>と思い続けてきたという、1930年生まれ現在85歳の柴田信さん。35歳の年に池袋の芳林堂書店に入社して以来、書店人生50年。「神保町ブックフェスティバル」の開催時からの実行委員の中心メンバーでもあり、「本の街・神保町を元気にする会」の事務局長でもあり、「神保町の店の二世が集まる会」の会長もはじめたという、まさに神保町の"顔"の方です。
 
(岩波ブックセンターは正式には「有限会社信山社」という会社名で、<出版業界では会社名のほうで呼ぶ人も多い>と本文にありました。実際、集英社の季刊誌『kotoba』2013年春号、"特集・本屋に行こう"で川本三郎さんが<神保町でよく入るのは交差点近くの信山社/信山社の歴史書のコーナーに探しにいったら、ちゃんと網野善彦の本が何冊も置いてあった/それも同じものの単行本と文庫本が並べられていたのは有難かった>と書かれており、おお・・信山社だ!と思いました。)
 
  91年に出版された『ヨキミセサカエル 本の街神田神保町から』(日本エディタースクール出版部)という本が付箋だらけで自室の棚にあります。柴田さんが講演や新文化などへの原稿をまとめた60歳のときの本。<(お客様の)目に見えない作業の部分に、書店運営のより本質的なものが集約されている>と語る柴田さん。
 
 そのうえで<書店の仕事は分けられたジャンルをその担当者が深め、極めていくこと><商売人としての緊張感、書店の店頭における緊張感を持続させること>が大切だと、柴田さんが中学校の教員だった経歴が関係しているのか、読んでいて書店員に限らず"働く者"として大切なこころがまえを"先生に教わった"感覚でした。
 
 また、POSシステム(Point of sales=販売時点情報管理/店が販売する商品ごとの販売数や在庫数をコンピュータ管理できるシステム)がない時代に、当時の芳林堂書店のスタッフと本格的に単品管理に取り組み、システムを構築。論文という形にまとめ、仕組みを公開。と、常に本を売る土台を考え続けていた柴田さんは、『口笛を吹きながら本を売る』でも、やはり本を売るための仕入れや販売方法を現役で常に考え続けています。変化に対して自ら飛び込んでいくような強さ。そして考え方や思いは一貫して変わらず、ひたすら書店の店頭にこだわります。
 
 経営している側からの目線を教わり、雇われている側の書店員として、ゆるみない自己研鑽を、そして主体性を磨き続けなさい、と著者の石橋さんを通して改めて伝えていただいたような読後感でした。でもこれはいまのわたしが受けとったこと。5年先、10年先のわたしが読めば、また違う大切なことをこの本からきっと"教わる"のだな、と思いました。
 
<私だって、自分さえよければいい。それが本音です。商売というのはそういうもんだと思ってますから。ただ、あそこを残せとかつぶせとかってことじゃなく、書店の個別性をどう生かすかは、とても大事だと思ってるの。(略)大きな資本のところしか書店ができないようになったら、たぶん本の世界はまずいよ、ということだよね。(本文155ページより)>
 
 石橋さんのインタビューにより、雑談・脱線も含めて、ユーモアがあり、ひょうひょうとした柴田さんの不思議な人柄がその行間からにじみ、喋り言葉からは言葉として語られていないことさえ見えるかのようです。
 また、章ごとに間にはさみこまれる生い立ちがふっと息をつけて、その構成が絶妙でした。
 
 序文の題名は「いつだって会える名翁」。岩波ブックセンターから歩いて一分の"いつもの喫茶店ティシャーニ"で、座ってコーヒーを飲んでいたらいつか名翁に会えるでしょうか。
 
 装丁は、寄藤文平さん+鈴木千佳子さん(文平銀座)。赤色の本体にカバーは優しいクリーム色の少しざらついた紙。そこに木版で刷ったような愛らしいデザインのイラストと文字。ほのかに温かく感じられ、柴田さんの軽やかなイメージと重なる素敵な装丁でした。

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蔦屋書店ひたちなか店 坂井絵里
蔦屋書店ひたちなか店 坂井絵里
1971年東京生まれ。学生の頃は本屋さんは有隣堂と久美堂が。古本屋さんは町田の高原書店と今はなきりら書店がお気に入りでした。子どもも立派なマンガ好きに育ち、現在の枕元本は、有間しのぶさんに入江喜和さん、イムリにキングダムに耳かきお蝶・・とほくほく。夫のここ数年の口ぐせは、「リビングと階段には本を置かないって約束したよね?」「古本屋開くの?」「ゴリラって血液型、B型なんだって」 B型です。