『ビア・ボーイ』吉村喜彦

●今回の書評担当者●丸善書店津田沼店 沢田史郎

 あんなに飲むんじゃなかったボタンなるものをポチッと押したら、二日酔いがキレイサッパリ消えて無くなる。但し一年に一回しか使えない。とかいうのがもし在ったら、そのボタンを押すのは今しかない!

 なんてことを考えたことがありますか? 自慢じゃないけど、私はあります。それもつい先日。朝目覚めたら、生命を維持しているのが奇跡に思えるほどのそれはそれはGreatな頭痛でカラスの鳴き声までガンガン響くという、そりゃあもう痛恨の一撃すぎるバツゲーム......。昨日の自分を呪いつつ文字通り七転八倒したあの日、私の人生の何かが確実に変わった気がする。
 
 そしてスターライト・ビールの営業マン・上杉青年の人生も、呑み過ぎて大暴れして二日酔いで大遅刻したその日から、物凄い勢いで変わり始める。ん? 何の話だって? PHP文芸文庫の『ビア・ボーイ』の話だって、言ってなかったっけ、俺。

 物語の幕開けは、ビールメーカー・スターライトに入社以来5年間、花の宣伝部でブイブイ言わせてイイ気になっていた世間知らずのお坊ちゃんが、売り上げ最低の広島支店に飛ばされて腐りきってる場面から。ところがバカにしていた営業の仕事に嫌々ながらも一歩踏み込んでみると、それは思っていたよりも遥かに複雑で奥が深くて難しく、しかも悔しいことにやり甲斐も結構あるんじゃないかと気付き始めて、主人公・上杉青年の営業ライフがスタートする。

 即ち、汗を流してビールケースを運び、取引先で売れ残りのビールを酌み交わし、いけすかないお得意先を接待し、保身しか頭に無い役員と戦い、まさしく七転び八起きの体当たりで営業を続ける内に、一人、また一人と味方が増えていく。それは問屋さんの社長だったり酒屋の旦那だったり居酒屋の主人だったり、或いは上司や同僚の誰彼だったりする訳だけれど、要するに損得勘定抜きの無私の姿勢ってのは人を動かすものなのなのだ!

 という訳で、そろそろお解り頂けただろうか。『ビア・ボーイ』は、人と人とが信頼でつながることで、一人では出来ない大きなことを成し遂げてしまう様子を、時に熱く時に切なく、そして時にはユーモラスに描き切った青春小説の傑作なのだ! 仕事に打ち込んでる人も迷ってる人も或いは就活中の若者も、スカッとしたけりゃ是非読んでくれい!!

 因みに著者の吉村さんはサントリー宣伝部のご出身。だからビール販売のディティールはそりゃもうリアルで、読後は誰しも呟かずにはいられない筈。うまいんだな、これが!



« 前のページ | 次のページ »

丸善書店津田沼店 沢田史郎
丸善書店津田沼店 沢田史郎
1969年生まれ。いつの間にか「おじさん書店員」であることを素直に受け入れられるまでに達観致しました。流川楓君と身長・体重が一緒なことが自慢ですが、それが仕事で活かされた試しは今のところ皆無。言うまでも無く、あんなに高くは跳べません。悩みは、読書のスピードが遅いこと。本屋大賞直前は毎年本気で泣きそうです。読書傾向は極めてオーソドックスで、所謂エンターテインメント系をのほほ~んと読んでいます。本屋の新刊台を覗いてもいまいちピンとくるものが無い、そんな時に思い出して参考にして頂けたら嬉しいです。