『平成大家族』

●今回の書評担当者●堀江良文堂書店松戸店 高坂浩一

タイトルに"大家族"なんて付いているから『東京バンドワゴン』のような昭和の薫りのするアットホームなホームドラマかと思ったら、引きこもりや離婚など現代家族の問題を家族の人数が多い分だけ抱え込んでしまった一家の物語になっていました。

緋田龍太郎は72歳。妻の春子と長男で三十路を過ぎても引きこもり中の克郎、認知症の義理の母タケと東京の閑静な住宅街に居を構えている。知人と開業した歯科医を2年前に引退し悠々自適に暮らしていこうとしていた矢先、長女逸子が夫聡介の事業失敗により息子さとるを連れて戻って来る。さらに、次女友恵は離婚。しかもそのお腹には父親のわからない子供を妊娠して戻ってくる事になる。
出ていった娘たちがおまけを連れて戻ってくる事で四世帯同居の大家族の生活が始まるのだった。

この作品は連作短編になっていて、キャラクターの濃い緋田家の女性陣がメインの話が多いものの、脇の地味な男性陣の話が魅力的に描かれている。
引きこもりの克郎を主人公にした『ネガティブ・インジケーター』では、引きこもりになった理由すら家族から気にされない彼がこうなってしまった経緯、そして、父親の事業失敗で私立の有名進学校から都立中学へ転向、さらに生活環境の大幅な変化で自分と同じように引きこもりになってしまいそうなさとるを救う話など、家族のなかでは存在感の薄い克郎が自分なりに考え行動している様を魅力的に描いている。
そんな克郎が『冬眠明け』では、認知症の祖母タケの介護士カヤノと知り合い、非常にゆっくりと良い関係になっていく。そんな二人の心温まるいい話に思わずジ~ンとなってしまいます。

さらに、事業を失敗した逸子の夫聡介が次に進む道を見つける『葡萄を狩に』もいい話になっている。
バブルの時期に証券会社に就職し、ITバブル直前にネット業界で事業を始めた聡介。彼が自信を持っていた嗅覚は間違いなく儲かる方向へ導いてくれた。しかし、それは自分に向いていないものだと事業に失敗して初めて気付く。そんな聡介が全てを失い、妻の実家にお世話になりながら見付けた葡萄農園の手伝い。彼はこの仕事に悦びを感じ夢中で仕事をする。その熱意に高齢の農場主から「この農園を居抜きで使わないか?」とまで言われる様になる。
自分のやりたい仕事が見つかった時の悦びは遠回りをした分だけ多く味わえるんでしょうね。
そんな聡介が自分の働いている農場に妻を誘う時の手口もチョット気障で良いです。

さて、当主の首龍太郎の魅力的な話ですが、本書最後に収録されている『我輩は猫ではない』になるでしょう。
コレだけ個性的で、自己主張の強い娘たちが出戻ってきて、突然の四世帯同居になっても大きな揉め事無く暮らせた要因の一つは龍太郎の力もあったと思う。
その功績(?)を見事に最後のオチにしている本書は、読後、クスリとした笑いと妙な温かさが残る作品になっています。

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堀江良文堂書店松戸店 高坂浩一
堀江良文堂書店松戸店 高坂浩一
1970年神奈川県横浜市生まれ。仕事が楽そうで女性が多くて楽しそうな職場だと勝手に思い込み学生時代東京の某書店でアルバイトを始める。実際に始めてみると仕事がキツイ、女性は多いがバイトには厳しいという事はあったものの自分が陳列した本が売れていく悦びを覚えてしまい異業種に一度就職するも書店に戻ってくる。いぁ~この仕事の愉しさを知ってしまうとやめられない危険な仕事ですよ書店員は!