『聖の青春』大崎善生

●今回の書評担当者●紀伊國屋書店仙台店 山口晋作

私は将棋のルールを知らずに生きてきました。もちろん、うちの店にもテレビや新聞にも将棋のコーナーはありますし、ストリートで打っている人を見たこともあるのですが、ルールを知らない以上はクリケットと同じく、まるでチンプンカンプンな世界なのでした。

それが数年前、親友の竹田君がなにを思ったか、「ハチミツとクローバー」というコミックを貸してくれ、これがまさに名作で実に面白く、その勢いで同じ作者の「三月のライオン」というコミックを手に取ったのでした。「ライオン」は17歳のプロ棋士、桐山零が様々な問題を抱えながら、棋士生活を送っていくというもので、「タッチ」の野球のように、将棋のルールを知らなくても楽しめる、これもまた素晴らしい作品なのですが、作中に桐山のライバルで、二階堂晴信という病弱な少年が登場します。病弱を押してライバル桐山に立ち向かう、おそらくストーリーを通じて重要な位置を占めることになるだろう、この体全体がむくんだ少年について、解説の先崎八段が、二階堂には明らかにモデルがいると書いています。その人とは村山聖八段である、村山は若くして亡くなった、そしてこの村山の存在は棋士たちの誇りとなっているのだ、と続け、私は急速にこの村山聖という人間に興味を持ったのでした。

調べてみるとこの村山聖を描いた作品があるという、それがこの「聖の青春」です。作者の大崎善生は「パイロットフィッシュ」などで有名な方ですね。

なんて凄絶な人生なんだろう。

5歳でネフローゼを患い、入院病棟で同部屋の少年たちが日に日に姿を消していくという、常に死を意識せざるをえない中で将棋と出会う。奨励会入会では大人の思惑に翻弄され一年を無駄にしてしまうが、それでも奨励会は2年11ヶ月で走り抜け(異例の早さだそうです)、プロ棋士となる。

自分の一生は短い、だからこそ一日もはやく名人になるのだと、ひたむきに盤上の闘いに臨む。その純粋さは、ときには他人を許せず、思うようにならない自分の体や宿命と衝突し、醜い姿を晒し喚き散らす。必死に生きて将棋を指し、そして最期のときまで棋譜を口にしていたという。

死を傍らにした、このあまりに激しい生き方、圧倒されました。
こんな生き方をした棋士がいたことが、棋士たちの誇りになるのならば、こんな生き方をした人間がいたことが、人間の誇りになるのではないか。なんてうまいことを軽々しくいえないくらい、凄絶な生き方、嘆息するよりありません。

将棋に興味がないとなかなか手に取る機会がない本かもしれませんが、なにかきっかけがあって読んでみれば、自分の知らないところで、こんな生き方をした人がいたんだと衝撃をうけるでしょう。

まずは、全国百万のハチクロ読者の皆さま、まず「三月のライオン」そしてこの「聖の青春」を手に取ってみませんか。

« 前のページ | 次のページ »

紀伊國屋書店仙台店 山口晋作
紀伊國屋書店仙台店 山口晋作
1981年長野県諏訪市生まれ。アマノジャクな自分が、なんとかやってこれたのは本のおかげかなと思いこんで、本を売る人になりました。はじめの3年間は新宿で雑誌を売り、次の1年は仙台でビジネス書をやり、今は仕入れを担当しています。この仕事のいいところは、まったく興味のない本を手に取らざるをえないこと、そしてその面白さに気づいてしまうことだと思っています。