第17回 喫茶去 一芯二葉・保坂さんに聞くお茶の楽しみ[後編]


◎一芯二葉のお客さんたち

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池澤 お店はどういうお客さんが多いですか?
保坂 幅広いですね。近所のご家族連れも多いです。本来うちは今風のカフェではなくて、のんびりした喫茶店をめざしてたんですけど、カフェの感覚なのか女性客も多いですね。あと遠くからお茶好きの方が来られたりもします。
池澤 私が前に来たときも、お茶にくわしそうな方が自分で淹れておられたり、一方で席について「え、ここ紅茶じゃなくて中国茶なの? どうしたらいいの?」という方もおられたりと、いろいろでした。くわしい人もはじめての人も、両方来られるのは素敵ですよね。
保坂 ありがとうございます。うちはメニュー表に50種類ぐらい載っているので、みなさん注文に迷われるみたいで。
池澤 人気があるのはどのお茶ですか?
保坂 紅茶の中だと、ネパールティのジュンチヤバリ茶園が一押し。まずこれをおすすめしますね。ほかの紅茶とはちょっと違います。あと台湾の花蓮紅茶は、だんだん知られてきましたけど、まだまだそれほどではない。花蓮蜜香紅茶とか。
池澤 私が前におじゃましたとき、これをいただこうと思ったら「もうありません」と言われました。
保坂 その後無事、届きました(笑)。年々値段が高くなってるんですけどね。
池澤 そこもたいへんですよね。お茶の値段も変わっていくし、去年買えたものが今年は手が出ない、ということもありそうですね。
保坂 一昨年3円だったものが、レートで4円になったとすると、だいぶ値段が違うんです。6000円だったのが8000円になっちゃう。そうなるとどうしても値段が上がってしまう。難しいところですね。
池澤 ご自身のお好みのお茶はどういったものですか?
保坂 香りと味がはっきりしてるのが好きなので、文山包種(*注8)なんて好きですね。
池澤 まろやかさもあるけれども、すっきり澄んだ味わいのお茶ですね。
保坂 疲れてるときには阿里山を飲んだり、気分によって変えますね。くわしい方だとどう違うかわかると思うんですけど、「いまは阿里山だな」とか。寒くなったら「木柵(*注9)を飲もうかな」とか。
池澤 そうやって選べるのが楽しいですよね。同じ烏龍茶でも、味わいや身体に沁みていく感じがそれぞれ違う。「今日は暑いからこそ、このお茶を」という日もあるし。
保坂 うちは、夏には台湾茶をアイスティーで出してます。「もったいないかな?」と思いながら、でもやっぱりおいしいんです。


◎おいしい飲み方

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池澤 お茶はピッチャーと茶壺とで飲まれる方、どのぐらいの割合ですか?
保坂 圧倒的にピッチャーですね。「飲んだことがないし淹れ方もわからないから、これで」って。聞かれたときは「茶壺(*注10)のほうがおいしいですよ」と言います。ピッチャーだと一煎目から四煎目まで混ざってしまうんです。がんばっておいしく淹れるんですけど、それでも一煎目二煎目の鮮烈な感じは茶壺じゃないと出ません。だから「お時間とご予算がよければ、茶壺でどうぞ」とお伝えします。なかには「せっかく来たし」といってそちらを選ばれるお客さまもいますから。
池澤 最初は失敗しつつ、自分の好きな味を探っていくのも楽しいですよね。新しい茶葉だと、最初からジャストで淹れるのはむつかしい。「ちょっと温度が違ったな」とか「もうすこし置こうかな」とか、何度かやりながら味を探っていくのも中国茶や台湾茶の楽しみだと思います。
保坂 一度でも淹れたことがある方なら、多少渋くなることはあっても失敗ってあまりないと思うんです。はじめてだと、「失敗したらダメだ」と思われるかもしれないけど、「お湯を淹れるだけなんだ」ってわかるから気軽なんです。
池澤 アレンジティーもいろいろありますね、ロイヤルミルクティーとか。中国茶のアレンジティーは?
保坂 中国茶はやってないですね。
池澤 中国茶のアレンジティーも試していただけるとうれしいです。私の知り合いの紅茶好きの人は、よくティーソーダを作ってますね。これは中国茶でやっても面白いんじゃないかと思います。
保坂 ティーソーダは昔やってみたんですけど、どうしても納得のいく味ができなくて。
池澤 あれはソーダによって全然味が違うらしいですよ。知り合いは、「セブン・イレブンブランドのソーダが、お茶に向く硬度だ」とよく使ってるみたいです。お湯と同じように、使うソーダによって出てくる味がまったく変わるんですって。それもいろいろ試してみると楽しいかもしれないですね。


◎お茶に合うお菓子は?

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池澤 お食事やお茶請けは、和風のものと洋風のものの二種類ですか?
保坂 そうですね。紅茶と台湾茶、日本茶を出してるので、それぞれに合うものを。基本的にどれも手作りです。
池澤 「和菓子はご注文いただいてからお作りします」とありますね。
保坂 作り置きしちゃうとどんどんかたくなるんですよ。お待たせして申し訳ないと思うんですけど。
池澤 中国茶系のお茶菓子は増やさないんですか?
保坂 いまのところは。思いつかないんです(笑)。
池澤 ドライフルーツや月餅になっちゃう。あとマーラーカオとか。向こうはお茶菓子に意外と油っぽいものが多いですね。ごま油を使ったお菓子とか。
保坂 大陸のお菓子は味が濃いですね。
池澤 油っぽいし甘いし、モワッとくる感じのお菓子が多い。それをお茶でどんどん流し込む、みたいな(笑)。
保坂 台湾でも試飲してるときに出てくるお菓子はけっこう濃かったですね。「ちょっといまお茶飲んでるんで」と言いたかった(笑)。
池澤 「お茶の味がわからなくなるんで」(笑)。私は東方美人系とチーズを合わせるのが好きです。あとは黒茶みたいな発酵度の高いお茶と洋風のお菓子も合うと思います。烏龍茶系の優しいお茶だと和菓子が合うし。和菓子と洋菓子と両方あれば、どのお茶もおいしくいただけますね。
保坂 お茶が引き立つよう、じゃまにならない甘さにしています。ダージリンを飲みながらおだんごを食べても美味しいですよ。
池澤 おすすめの組み合わせはありますか?
保坂 定番ですけど、文山包種や杉林渓(*注11)みたいなお茶とうぐいすもちは、よくおすすめしますね。


◎人を元気にしてくれるお茶

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池澤 一芯二葉さんのある西荻窪という街もいいですよね。
保坂 のんびりした街ですね。
池澤 吉祥寺とも荻窪とも違う。以前吉祥寺に10年ぐらい住んでたんですけど、その頃は来ることがなくて。でも最近、遊びに来るようになったら、「全然違うんだな」と気がつきました。
保坂 時間の流れがゆっくりしている感じですね。
池澤 古くから住んでらっしゃる方が多い。吉祥寺は新しいものがどんどん入れ替わっていくところがありますけど、西荻窪はそうじゃない。この街とお店とお茶と、それぞれがいいバランスでぎゅっとまとまっている気がします。常連さんも増えましたか?
保坂 増えました。お店をはじめた頃からずっと来てくださっている方もいるし、新しい人も増えてきました。暇な日は暇ですけど(笑)、いそがしいときは全然まわらないぐらいですね。
池澤 だからといって「はやく飲んで出て行ってください」とは言えませんよね。みなさん、のんびりするために来られてるわけですし。
保坂 お茶を出すお店なのにせわしなくするのが嫌なので、どんなに混んでいても時間制にしたりはしません。並んで待ってくださっている方には申し訳ないんですけど......。そういうお客さまには、「すみません」とお詫びしながらお茶を出します。
池澤 私も待たせていただいたときに、紅茶をいただきました。そのあと、自分がお店にいるときに来た方が、いっぱいだからと帰られるのを見て「申し訳ない」と思いつつ、でもちょっとのんびりしてしまう、という......(笑)。
保坂 せっかくだから、お店ではのんびりしてほしいと思います。
池澤 今後はどういうお店にしていきたいですか?
保坂 僕は気持ちが安らぐのがお茶だと思っています。だからお客さまが、来たときより帰るときちょっとだけ笑顔になっているようなお店でありたい。泣いていた子どもが最後は楽しそうに帰ってくれればいいな、と。
池澤 素敵ですね。
保坂 あと、紅茶の販売もしているので、「こんなお茶があるんだ」と知ってもらえたらうれしい。「紅茶ってそんなにおいしくなかったと思うんだけど」と言われる方もいるんですよ。そういう方に、特別高いお茶ではないセイロンやアッサムを飲んでのんびりしてほしい。そうして、その方が「次はダージリンに挑戦!」と思ってくれたらいいなって。はじめて中国茶や台湾茶を飲む方には、凍頂(*注12)あたりから入っていただいて、そこから「じゃあ次は阿里山というお茶を」と思ってもらえるとうれしいです(笑)。
池澤 ご自身にとってお茶とは何ですか?
保坂 おおげさに「これだ」というほどのものはないですが、「いつも身近にあって人を元気にしてくれる飲み物」でしょうか。元気なときに飲めば、さらにやる気が出る。逆に疲れている人がいたら「お茶でも淹れててあげたい」と思います。いろんな人に気持ちを伝えられる飲み物ですね。
池澤 これからもなるべく混んでなさそうな時間帯を見計らって、お茶を飲みに来させていただきます。たぶんはしっこの席で書き物をしていると思います(笑)。
(2015年5月)


喫茶去 一芯二葉
東京都杉並区西荻北3-31-13-103
営業時間 12:00~20:00
定休日 火(臨時休業あり)

*注
8/文山包種
 台湾の烏龍茶。第15回で書いてましたね。
9/木柵
 台北のすぐ近くにあるお茶の産地。木柵鉄観音で有名。MRTでも行けるので、お時間があればぜひ。
10/茶壺
 中国茶をいれるための急須。だいたい手のひらくらいの大きさ。中国の紫砂で作られたものが高級。この茶壺で繰り返し烏龍茶などをいれ、だんだんツヤや味が出てくる様子を、養壺といって愛でる......帝の遊びか。
11/杉林渓
 台湾真ん中よりやや下のあたり、お茶の産地。良いお茶を数多く生み出しています。
12/凍頂
 なぜか日本では花粉症に効く、としてわっと広まった烏龍茶。最初は地名だったのですが、今となってはあちこちで作られているため、品種としての名前に。