2月22日(木)

目黒考二の何もない日々

 町田に引っ込んで(というよりは戻って)、ようやく3週間が過ぎた。慣れない地で大丈夫かなあと心配だったが、まあ何とかなるものだ。まだ慣れないけど。

 ところでこの「何もない日々」を始めるにあたって、杉江からアドバイスをもらった。私の移転通知が届いていない人に最初にきちんと説明したほうがいいと言うのだ。笹塚の仕事場をたたんで町田の仕事場に引っ込む移転通知を1月末に発送したのだが、それをもらってないという人に会ったらしい。そういう局面に接すると、杉江はひどく気にするのである。優秀な営業マンは気配りの人なのである。そんなこと、全然考えてもいなかった。いいんじゃないどうでも、という気がしないでもないが、しかし杉江の忠告にここはおとなしく従うことにする。

 たいしたことではないのだ。私が年賀状を出さなくなってから5~6年がたつ。その代わりに、年賀状をいただいた方に年明けに寒中見舞いを出すことにしている。ようするに、暮れの忙しいときに年賀状を出すのは無理なのである。私の場合は。まあ面倒くさいというのは否定しないけど。それでも発行人のときは年賀状を書いていたが、その座を降りてからは、寒中見舞いシステムに変更した。で、今度の移転通知も寒中見舞いを兼ねているので、年賀状をいただいた人に出したのである。それだけ。これでいいかな杉江君。

 いま突然不安になったのだが、年賀状をいただいたのに、その返事を、つまりは移転通知を兼ねた寒中見舞いを出してない方もいるような気がしてきた。こういう場合はどうしたらいいんでしょうか杉江君。フォローのしようがないぞ。ま、済んでしまったことは仕方がない。どうせ不義理を重ねてきた人生だ。いいんだもう。

 ということで本日のご報告。隔週木曜にTBSラジオに出演しているのだが、本日がその出演日。笹塚にいたときは会社の前に、送迎の車が朝7時半にきた。それが町田になったので出発が6時50分に変更。前回はそれで十分だったので今朝もその時間に車に乗ったのである。首都高の根もと(つまり用賀の少し先、手前とも言うが)で事故が起こり、運転手氏は一般道を選択。

 木曜のブックナビというコーナーは私と岡崎武志さんが交代で出演しているのだが、岡崎さんは2回渋滞に巻き込まれて出演時間に間に合わず、仕方なく電話で出演したという話を前回Hディレクターから聞いたばかりなので、いやあそういうことがあったらしいんですよと運転手氏に話した。その段階では自分が間に合わないとは思ってもいない。大丈夫ですよと運転手氏も言うから、他人事である。裏道をすいすいと走って、やっぱりプロはすごいなあと感心していたら、あっという間に三軒茶屋の少し手前から246に入り、へーっ、ここに出るんだ。で、一区間だけですけど上に乗りましょうと池尻からまた首都高に乗ると、あれれ、大渋滞。事故は用賀の近くで起きたんだから、池尻はもう関係ないのだ。どうしてこんなところが混んでいるの? あとで知ったのだが、事故はもう一つあり、そちらが大事故。赤坂付近で首都高から車が落ちたらしい。

 そのために車の列はぴくりとも動かない。時間は刻々と過ぎていく。私の出演は8時21分である。だから8時15分にはTBSの1階に車が着いていなければならない。それでぎりぎりセーフ。ところが8時をすぎてもまだ渋谷のインターを降りられないのだ。降りれば赤坂はすぐなのに、仕方なくスタジオのHディレクターに電話をかけた。いくらなんでももう間に合わないので、電話出演がその場で決定したが、携帯だと音声が乱れるので、出来れば固定電話でかけてほしいと言う。しかしその時点ではまだ首都高の上なのである。固定電話なんてないぞ。ならば車を停めて携帯でやりましょうと先方は言う。いやもうずっと停まっているんだけど。

 8時15分にようやく渋谷のインターを降りることが出来、急いで裏道に入り、車を停めた。その段階で8時18分。ディレクターから電話出演の際の注意事項と指示があり、ようやく出演するとあっという間に出番が終わり、そのままUターンして首都高に乗り、町田にとんぼ帰り。だったら町田の自宅から電話をかければよかったなあ。思わず呟くと、「そうすると出演料が安くなるんじゃないですか」と運転手氏。なるほどなあ。帰りは下り車線だから、さっきの渋滞が嘘のようにがらがら。ふと隣を見ると、昇り車線は渋谷から用賀までずっと車の列が続いていた。自宅に戻ったのが9時20分。2時間半、ずっと車に乗りっぱなしの朝のドライブだった。