5月11日(火)ようやく思い出した書名

 ようやく思い出した。もう何ヵ月も、ええと何だっけなあと出てこない書名があったのである。内容は分かっている。翻訳ミステリーだ。警察小説だ。田舎町が舞台だ。主人公は朴訥な新米刑事。都会から切れ者の女性上司がやってくる。他の刑事たちは、あんな女の下で働けるかと悪態をついたりしているが、主人公は自分が半人前と知っているので、もっと謙虚。とりあえず自分の目の前の仕事に懸命だ。細かなところは少々違っているかもしれないが、そういう警察小説のシリーズで、すでに第二作まで翻訳が出ている。たぶんシリーズを追うごとに、その主人公が成長していくものと思われる。つまりこれは、警察小説であると同時に、成長小説でもある。いや、そういう予感がある。今後はそういうふうに展開していくのではないか。主人公と女性上司の間に恋が芽生えるかどうかは今後のお楽しみ。

 というシリーズものがあったのである。で、酒場でその小説の話をしようとしたのだが、書名が出てこない。そのとき私の前に座っていたのは、東京創元社の営業の方で、そうだ君の会社から出た本なんだよ、と言ったのだが、タイトルも作者名もわからないのだから、それで書名を求められても困るだろう。

 版元がはっきりしているのだから(これが勘違いということもあるけれど)、新刊書店の創元推理文庫の棚を端から見ていけば、すぐに遭遇して書名も明らかになる。そんなに昔の本ではないのでまだ絶版にはなってないはずなのだ。本を見れば、これだこれ、と私だってすぐに思い出すに違いない。
 それをしなかったのは、ようするにそこまで必要に迫られてはいなかった、ということだ。その書名を思い出さなくても、私の生活に何の支障もないし、シリーズものであるから、第三作が翻訳されて書店に並べば、そのときにこれだと思い出すだろう。それでかまわない。そのときまでの宿題だ、と思っていた。

 それから事あるたびに思い出してはいたものの、あの酒場の夜からそろそろ1年。シリーズの新作も翻訳されないところをみると、第一作と第二作の売れ行きがイマイチだったのだろうか。そういえば、書評もあまり見なかったような気がするし、評判も聞かなかった。面白いシリーズなのに残念だ。
 あのとき、酒場でこの小説の話をしようと思ったのは、たまたま私の目の前に座ったのが東京創元社の方だったので、どうしてあのシリーズの続刊は翻訳されないんですかと聞きたかったからだ。そういう細部を少しずつ思い出していく。

 で、先日、自分の書棚を整理していて、ようやく遭遇したのである。創元推理文庫のスティーヴン・ブース『死と踊る乙女』(宮脇裕子訳)上下本を、わが書棚で見た途端、宿題が一気に解けた。英国警察小説シリーズ第2弾と帯にある。翻訳が出たのは2006年だ。つまりあれから4年たつのに、シリーズの続刊は翻訳されてないことになる。デビュー長編は『黒い犬』。こちらはまだ書棚で見つからないのだが、『死と踊る乙女』帯4の紹介を読むと、その『黒い犬』は次のように書かれてある。

「地元出身の刑事、ベン・クーパーは新しく異動してきた女刑事ダイアン・フライとコンビを組むことになる。まるでタイプが異なるうえに、昇進を巡るライヴァルでもあり、彼の心中は穏やかでない。だが二人は反目し合いながらも協力して捜査に当たるのだった」
 おやおや、上司ではなく同僚だ。私の記憶とはかなり異なっている。そうだったんですか。ところで、この『死と踊る乙女』の解説は関口苑生が書いていた。そうか、彼に聞けばもっと前に一発で判明していたのか。