5月31日(月)真っ黒なコイン

 今回は、書くのがちょっと気が重い。
 新刊書店で本を買ったのである。で、お釣りがきた。先に数枚の1000円札。それを財布に仕舞っていたら、「あとは22円です」と言われて顔を上げると、レシートの上にコインが4枚。10円玉が2枚と、1円玉が2枚だ。それを見て、思わず、その書店員の顔を見てしまった。たしか、年配の方だったはずだ。一応の確認である。若いアルバイト店員なら仕方がないが、そうではないのだ。

 その4枚のコインのうち、1枚の10円玉がこれ以上汚れないだろうというくらい変色していたのである。ほぼ真っ黒に近い。かすかに10という字が見えるだけ。平成という文字はまったく読めない。

 ずいぶん前のことになるが、書店で本を買ったら、破れかけた1000円札をお釣りとして渡されたことがある。ふーんと思ってそのまま帰社したが、なんだか釈然としないので親しい書店員数人に電話をかけた。君なら破れかけた1000円札をお釣りに出すか、と。そんことするわけがないと全員が断言。客を不快な気持ちにさせないのはサービス業の基本だよとある人は言った。銀行に行けば替えてくれるんだもの、どうして客に渡す必要があるの? とある人は言った。綺麗なやつだけレジに貯めるアルバイトが時々いるんだよ、見かけると注意するんだけど、とある人は笑いながら言った。

 横暴な客というものも時にはいて、必ずしも客は王様ではないが、しかしこの場合は汚れすぎたコイン、破れかけたお札を釣りに出す側のほうがおかしいだろう。とは思うのだが、私はそのまま黙ってコイン4枚を受け取り、レジの前を離れてしまった。それは面倒くさいのが半分で、あとの半分は、注意したあとにイヤな気持ちになるからだ。

 これは10年ほど前のことだが、書店で本を5〜6冊買ったら、それをコンビニ袋のようなものの中に無造作に入れ(きちんと重ねてもいないのだ)、そのまま持ち上げて、はいと渡されたことがある。おいおい、そんなことをしたら、とはらはらしながら見ていたが、案の定、袋の中で本はぐちゃぐちゃ。帯が破けはしてなかったが、皺くちゃだ。カバーまで折れた本すらある。そのときは思わず言ってしまった。

「そういうふうに無造作に袋に入れて持ち上げたら、ほら、こんなふうになっちゃう」

 出来るだけ優しい口調で言った。たぶん学生アルバイトだろうし、誰からもそういうことを教えて貰っていないのだろう。だから悪気はないのだ。誰かに教えて貰えば、次からは注意するだろう。

 ところがあとで、イヤな気持ちになったのは、その学生が、なんの注意を受けたのか、まったく理解してない表情だったことだ。おまけに、横にいた先輩バイトのほうにちょっと顔を向け、ヘンなクレームをつけるおやじがいるんですけど、と言いたげだった。おいおい。おれはクレーマーか。

 どんなときでも、間違っていることはきちんと指摘するのが筋なんだろうが、正直に言うと私、そこまで正義派ではない。基本的にはだらしがないので、あとでイヤな気持ちになるのはなあ、とつい思ってしまう。だから先日も、汚れたコインを黙って受け取って帰ってきてしまった。

 私が、おやおやと思ってしまったのは、アルバイト店員ならともかく、真っ黒コインを釣りにくれた人は年配の方だったことだ。おそらく社員なのではないか。もう一つは、そこが業界では有名な書店チェーン店の支店だったこと。そういう老舗の書店の社員が、そういうことをするとは信じがたいので、年を食ってるだけで社員ではないのかも。そうだよな、ヘンな言い方になるが、そうであってほしい。それとも、ただいまの書店業界はもうそんなことを考えている余裕すらなくなっているのだろうか。