6月30日(水) 予想外の事態にびっくり

 自宅で本を読んでいると、次から次にピンポンと鳴る。宅配便である。そのたびに階下に降り、サインして受け取らなければならないから読書に集中できない。本日おやっと思ったのはその宅配便に混じって速達が一通あったことだ。なんだろうと思って封を切ると、編集者からの手紙だった。仕事場に電話してもつかまらないので速達にしました。原稿の進み具合はどうでしょうか。そんな内容の手紙である。

 この間、毎日仕事場には行っていたのだが、早い夕方には出てしまっていたので、たまたま捕まらなかったらしい。どうしてメールをくれないんだろと思ったが、その編集者と仕事をするのは今度が初めてなので、私のアドレスをまだ伝えてないのだった。

 しかし、どうしてそんなに焦っているのか、私には理解できない。頼まれていたのは、椎名の文庫本の解説だが、椎名からは8月25日締め切りと聞いていたのだ。まだ6月だ。そんなに焦ることはあるまい。ヘンだなあと思ったが、待てよとひらめいた。

 もうずいぶん前のことになるが、札幌で講演があるので北海道にいく。その講演が終わったら小樽にいくのでお前も来ないかと椎名に誘われたのだ。小樽の旅館で徹夜麻雀をやろう、角川のS戸と池林房のトクちゃんにはもう話が付いているからお前が来ればメンツが揃うんだよ、と言うのである。ところが、暫くしてから新宿の池林房にいき、オーナーのトクちゃんとその話になると、どうも話が食い違う。その日時が椎名から聞いていた日程とは1カ月も異なるのだ。正しくはダービー当日なのである。それはダメだ、ダービーの日に東京を離れることは出来ない。と言うと、もうチケットの手配を全部しちゃったからいまから変更はダメとトクちゃんが言う。仕方ねえなあと結局は小樽に行くことになったが、ダービーだけは見たいと主張して、昼飯を市内の寿司屋で食べるときにテレビがある部屋にすることという条件をつけたら、それが高いのなんの。高級寿司屋に入ったことがないので、通常でもそのくらいの料金なのか、その店が特別なのかどうか知らないが、まだ覚えているんだから衝撃の値段だった。ジャングルポケットという馬がダービーを勝った年のことだ。つまり、椎名の言うことはアテにならない、ということである。

 いまにいたるも、本当の締め切りがいつだったのか確認していないのだが、椎名が8月25日と私に告げて、速達が届いたのが6月29日だったことから類推すると、本当の締め切りは6月25日だったのではないか。それで連絡が取れないのでは編集者が焦っても不思議ではない。たぶんそういうことだろうと思って本日、仕事場に向かったのである。

 実は私、8月25日締め切り(と思っていた)解説原稿をすでに書き上げていた。私、その内容はともかく、原稿の速さだけは自慢できるのである。で,先方に送る直前に読み返し、直してから送るというシステムでやっているのだ。だから編集者は焦るかもしれないが、全然大丈夫なのである。早く安心していただきたいから、それではすぐに送ろうと仕事場にやってくると、浜本からメールが入っていた。事態はどんどん思わぬ方向に進んでいく。

 椎名が連絡をとりたがっている。私の携帯に電話しても出ないと言っている。そういうメールだが、大丈夫だって。あんたは締め切りを間違って伝えたけど、オレはもう書いているから。おそらく編集者から椎名に連絡がいき、私と連絡が取れないと聞いたのだろう。自分が締め切りを間違って伝えたのかもしれないと不安になったのかもしれない。

 全然違うんですね。椎名を呼び出すと、彼は電話口でこう言ったのである。
「お前、まだ解説書いてないだろ。悪いダブルブッキングした」

 長い付き合いなので、こういうことでは驚かない。いかにも椎名ならありそうだ。
「いやあ、お前でよかったよ」
 おいおい。