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12月24日(金) 北上次郎の2010年ベスト10

抱影 (100周年書き下ろし)
『抱影 (100周年書き下ろし)』
北方 謙三
講談社
1,680円(税込)
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小暮写眞館 (書き下ろし100冊)
『小暮写眞館 (書き下ろし100冊)』
宮部 みゆき
講談社
1,995円(税込)
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華竜の宮 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)
『華竜の宮 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)』
上田 早夕里
早川書房
2,100円(税込)
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引かれ者でござい―蓬莱屋帳外控
『引かれ者でござい―蓬莱屋帳外控』
志水 辰夫
新潮社
1,680円(税込)
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at Home
『at Home』
本多 孝好
角川書店(角川グループパブリッシング)
1,575円(税込)
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嫌な女
『嫌な女』
桂 望実
光文社
1,785円(税込)
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サキモノ!?
『サキモノ!?』
斎樹 真琴
講談社
1,785円(税込)
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スリーピング★ブッダ
『スリーピング★ブッダ』
早見 和真
角川書店(角川グループパブリッシング)
1,785円(税込)
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二人静
『二人静』
盛田 隆二
光文社
1,890円(税込)
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楊令伝 15 天穹の章
『楊令伝 15 天穹の章』
北方 謙三
集英社
1,680円(税込)
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1『抱影』北方謙三(講談社)
2『木暮写真館』宮部みゆき(講談社)
3『華竜の宮』上田早夕里(早川書房)
4『引かれ者でござい』志水辰夫(新潮社)
5『at Home』本多孝好(角川書店)
6『嫌な女』桂望実(光文社)
7『サキモノ!?』斎樹真琴(講談社)
8『スリーピング★ブッダ』早見和真(角川書店)
9『二人静』盛田隆二(光文社)
10『楊令伝』北方謙三(集英社)

 昨年まで「本の雑誌」の毎年1月号で発表していた「エンターテインメント・ベスト10」を今年から当WEBコラムの中でやることにした。タイトルを「2010年ベスト10」としたが、中身は昨年までの「エンターテインメント・ベスト10」と同じである。

「本の雑誌」の誌上でやっていたときは、締め切りの関係で対象とする本を11月中旬までに出た本、とせざるを得なかった。1月号が12月10日発売では止むを得ない。2009年の11月末に刊行された大島真寿美『戦友の恋』を、「本の雑誌」2010年1月号で発表した「2009年ベスト10」に入れられなかったのはそのためである。紙版のほうが締め切りが早いので、こういうことが起きてしまう。今年からは12月の中旬すぎに出た本でも、その年のベストの対象とする。たとえば今回、2010年の6位にした『嫌な女』の奥付記載発行日は12月25日である。例年なら絶対に入れることが出来なかった。これはネット発表の利点だろう。

 というわけで、2010年のベスト10である。まず最初に断言してしまう。2010年は北方謙三の年であった。『楊令伝』15巻が完結したことも特筆に値するが、なんといっても現代小説『抱影』が素晴らしい。本の雑誌の新刊ガイドでは一部批判をしたけれど、それがなければ永遠のベスト1だ。単年度のベスト1にとどめるのは、その疵が気になるからである。このことについては本の雑誌12月号に詳しく書いたので、そちらを参照してください。本来なら『楊令伝』と『抱影』を1〜2位に置くべきだろうが、それも何なので1位と10位にした。2010年の国産エンターテインメントはすべてこの二作の間にあるといっていい。

 2位は宮部みゆき『小暮写真館』。写真館に引っ越した家族を中心にして、家族小説であり、青春小説であり、恋愛小説であり、そして同時にミステリーでもあるという作品だが、文章がこれほどまでに滑らかに進んでいくことに驚嘆。いまとても幸せだ、と思いながら小説を読むことは少ないが、その希有な体験がここにある。宮部みゆきは2010年、『あんじゅう』という時代小説も上梓していて、こちらも傑作であることを付け加えておく。

 1位と2位にベテラン作家の作品を並べることに抵抗もあるが、素晴らしいのだからこれは仕方がない。3位は地球の大半が水没した25世紀を描く『華竜の宮』。SFの文脈で読まれる作品かもしれないが、壮大な海洋冒険小説の傑作として読まれたい。次々に異形の生物は登場するし、海上強盗団と武装警察の戦いはあるし、読み始めたら止まらない超面白小説だ。

 以上がベスト3だが、4位以下の紹介に移る前に、ベスト10に入れられなかった作品にも触れておけば、上半期のベストに選んだ花形みつる『遠まわりして、遊びに行こう』、佐川光晴『おれのおばさん』、朝比奈あすか『彼女のしあわせ』、明野照葉『家族トランプ』、香坂直『ストロベリー・ブルー』の5冊、さらに、久保寺健彦『オープン・セサミ』、三浦しをん『天国旅行』、石井睦美『兄妹パズル』、三羽省吾『路地裏ビルヂング』荻原浩『砂の王国』、乃南アサ『地のはてから』、窪美澄『ふがいない僕は空を見た』、不知火京介『鳴くかウグイス』。そして時代小説は、宮本昌孝『家康、死す』と、梶よう子『いろあわせ 摺師安次郎人情暦』。ミステリーは、里見蘭『さよなら、ベイビー』と伊岡瞬『明日の雨は。』と気になる作品は目白押しだが、10作の枠があるので止むを得ない。

 最後まで迷ったのは、大崎善生『ユーラシアの双子』と、島本理生『アンダスタンド・メイビー』。本来ならベスト10の上位に入れるべき傑作だろう。この2作をいれたほうがベスト10も落ち着くというものだ。実は今でも迷っている。

 ということで話を4位以下に戻せば、4位は志水辰夫『引かれ者でござい』。前作『つばくろ越え』に対する懺悔については「本の雑誌」に書いたのでここでは繰り返さない。志水辰夫の新境地がここにある。

 第5位『at Home』、第6位『嫌な女』、第7位『サキモノ』、第8位『スリーピング★ブッダ』、第9位『二人静』の5冊についてはすべて本の雑誌の新刊ガイドで紹介した本なので、これも繰り返さないでおく。いや、桂望実『嫌な女』を新刊ガイドで絶賛した「本の雑誌」2月号は1月発売なので、この時点では原稿を書いただけでまだ発売されていない。

 したがって、ここに書いておく。これは素晴らしい。天性の詐欺師夏子の半生を、鮮やかな人物造形と挿話で描く長編だが、いちばんはラストだ。夏子にふりまわされる徹子の人生が一気に噴出するラストを見られたい。この秀逸な構造に◎だ。

12月14日(火) 師走に思うこと

「シミタツ節は誤りだった」という趣旨のエッセイを志水辰夫が書いたことがあるのだが、それが見つからない──とただいま発売中の本の雑誌1月号に書いたけれど、それがようやく見つかったのである。その1月号で私は次のように書いた。

 各社の担当編集者に尋ねても記憶にないというから、なんだか自信がなくなってくる。しかし「過剰な修飾」とか「誤り」とか「ごまかし」とか、正確な文章は覚えていないものの、強い語調に驚いた記憶がまだ鮮やかに残っている。あの記憶は何なのだろうか。

 それを編集部が探してくれた。「本の話」(文藝春秋)の「自著を語る」というページに載っていた。志水辰夫『男坂』(2003年11月刊)が刊行されたときのインタビューである。そうか、エッセイだとばかり思っていたが、インタビューだったのか。その一部を引く。

──デビュー直後からシミタツ節と言われたじゃないですか。あの技術というのはどこで身につけられたのですか?
志水 俺はシミタツ節と言われるのは嫌だったんだけどね。あれははっきり言うと、ごまかしですよ。体言止めをしょっちゅう使ってね。ライターをやっていたから、そういう悪知恵はついたんだよな。感情を煽っていくね。
──『いまひとたびの』はかなり評価がわかれましたよね。すごく良い、という人と、シミタツ節じゃない、という人と。これは書いていくうちに徐々に変わったのでしょうか?
志水 文章としてはやはり紛い物だ、というのがあるから、後ろめたいのよ。今の文章は昔とは比べ物にならないくらい修飾がきわめて少なくなっている。ここまで来ちゃうと戻れない。自分は前へ前へと進んでいるつもりだから。自分の性格として、常に未知の所に行って−−そのかわり、いつも中途半端だけど(笑)。

「過剰な修飾」とか「誤り」という言葉は出てこないが、「ごまかし」「悪知恵」「紛い物」という強い語調が目を引く。この強い語調がずっと印象に残っていたのだろう。

「本の雑誌」1月号にも引用したけれど、『男坂』の2年前に刊行された『きのうの空』(2001年)の新刊評で、
「志水辰夫のここ数年の悪戦苦闘は、自らが生み出して、多くの読者の心を掴んだ『シミタツ節』から脱却するために必要な期間だったことも見えてくる。この希代の頑固作家は、シミタツ節という完成された文体を、おそらくは呪縛と感じていたに違いない。そうでなければ、この間の悪戦苦闘の意味が解けない」
 と私は書いているのだから、確認するまでもなかったのだが、やはり記録としてこのインタビューはここに書き記しておきたい。

 ところで「本の雑誌」12月号で、椎名誠が2010年12月いっぱいで編集長隆板の弁を書いている。実は同時に私も、顧問の職を辞する。もっとも顧問といっても、10年前に発行人を辞めてから、私は本の雑誌に対して何もしていない。名ばかりの顧問であった。

 顧問という肩書が残っているのは、隔週木曜日の朝、TBSラジオの「森本毅郎スタンバイ」という番組の「ブックナビ」というコーナーに出演するときだけである。「今朝は本の雑誌顧問、目黒考二さんにお薦めの本を紹介していただきます」と森本毅郎さんが私を紹介してくれるときだけ、「本の雑誌顧問」となっていた。12月23日の早朝(私の出演は8時21分から27分までだ)が、その「顧問」の最終回になり、年明けからは、フリーとしての出演になる。

「本の雑誌」は椎名と始めた雑誌なので、その椎名が編集長を降りるなら私も顧問を辞めてフリーになるということだが、発行人を辞めたときのような感慨はない。あのときは、オレがいなくても雑誌が出るのか、と軽くショックだったが、それから10年、本の雑誌に対して何もしていない状態がずっと続いていたので、さしたる変化はない。

 変化があるとするなら、本の雑誌の肩書がまったくなくなって、なんだか裸になるような気がすることだけだ。本の雑誌の発行人になって25年、顧問になって10年、合計で35年間も「本の雑誌○○」という肩書があったのに、それがなくなるのだから、裸になるような気分にちょっぴり近い。

 顧問を辞めても新刊ガイドの原稿は書き続けていきたいが、こればかりは編集部の意向もあるだろうから、私の希望通りにいくかどうか。出来ればいつまでも、腰が曲がるようになっても、百歳になっても、ずっと書いていきたい。

 ところで、ただいま発売中の「本の雑誌」1月号でいちばん驚いたこと。高橋良平「日本SF戦後出版史」を何気なく読んでいたら、その頭に「昭和38年」とあることに気がついた。おいおい、まだ昭和38年なのかよ。この連載が始まったのはいつなのか、正確には覚えていないけれど、高橋良平さんにこの連載をお願いしに高田の馬場の喫茶店までで行ったのは、一万年くらい昔のことである。それがまだ「昭和38年」とは。これでは、オレが生きているうちに完結しないぜ。

 鏡明『アメリカの夢の機械』と、この高橋良平「日本SF戦後出版史」の単行本を手にするまでは死ねない、と思う師走なのである。

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