第13章 いおワールドかごしま水族館

〜ウミウシ研究所、サツマハオリムシ、オドリカクレエビ、アカホシカニダマシ、ボウシュウボラ

●ウミウシ研究所

 世の中では男のひとり水族館がブームである。
 そんなブーム聞いたことがないという人もあるだろうが、これは本当にそうなのであって、休日に行き場のない男性、休日でなくても、いっしょに行動する相手がいない男にとっての魂の安息所、それが水族館なのである。
 そういう男はイルカショーだのアシカショーだのペンギン行列なんてものに興味を示すことは少ない。そこには社交的で外交的で友好的な雰囲気が満ち満ちており、なおかつ幼稚園児の団体などに遭遇すれば「大きなお友だち」扱いされる危険もあって、いたたまれないからである。
 そうではなくて男が水族館で見るもの、それは世界の神秘である。もしくは世界の真実と言い換えてもいい。事件はイルカショースタジアムで起きてるんじゃない、無脊椎動物水槽で起きてるんだ! という有名なドラマのセリフがあって、言い回しはちょっと違ったかもしれないが、意味はだいたい同じであって、名言である。
 男は水族館の奥で世界の真実を追っているのである。
 私も常日頃から水族館で世界の真実に迫っている。今回はるばる鹿児島にいく機会があったので、ついでにここでも真実に迫ることにする。
 鹿児島港には、いおワールドかごしま水族館があって、ウミウシの展示が充実していると聞く。これまで水族館でウミウシを見ることはあまりなかったが、近年ウミウシブームがきて以来、少しずつ展示する水族館も増えてきた。八景島シーパラダイスでもウミウシ展があったが、ここは常設だというのでぜひ見てみたい。

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 エントランスを入るとすぐに、多くの水族館にありがちな青いエスカレーターがあった。たいていの水族館は似たような構造で、まず青いエレベーターで上にあがるのである。しかしありがちだからダメということは全然なく、昇りながら世界の真実に向かって気持ちを入れ替えていく。
 最初に現れたのは黒潮の海と題された大きな水槽だった。飾り気のない水槽だが、葛西臨海水族園でも見たグルクマの群れがいて、口を大きく開けながら回遊していた。

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 世の中にはトライポフォビアといって、ブツブツした穴を見ると恐怖を感じる傾向のある人がいて、私はそうではないけれどもその感覚はなんとなく理解できる。このグルクマの群れにはその類の気持ち悪さを感じた。はっきり言って不気味である。
 これまでにもグルクマに限らずイワシが口を開けて泳ぐ姿を見たことがあったけれど、そのときは群れのなかの数個体がばらばらに口を開いては閉じしながら泳いでいただけだった。今回のように集団でいっせいに口を開くのは想定外だ。
 不気味過ぎるのでしばらく観察する。
 水槽にはサメやエイなどもいたが、グルクマのインパクトのほうがはるかに勝っていて、ほとんど目に入ってこなかった。
 大水槽の次は南西諸島の海で、通路に老人が詰まっていた。どこかの老人会の団体が来ているらしく、ある水槽におばあさんが3人集まって、何もいないわね、と不満を漏らしていたので、この目の前にある岩が生きているんですと教えてあげた。
「あれまあ、ほんとだ、眼がある」
 オニダルマオコゼなのであった。

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「あんた、ちょっとは動きなさいよ。病気になるよ」
 オニダルマオコゼに忠告し、おばあさんたちは次の水槽へじわじわ進んでいった。通路が混雑してしょうがないので、ここはまた後で来ることにして、その先のアクアラボと表示のあるコーナーへいってみると、そのコーナーこそがウミウシ研究所であった。いきなりの本題である。
 壁いっぱいに鹿児島で見られるウミウシの写真が並んでいて壮観。ウミウシの入った小さな六角形の水槽が20ほど並び、さらに大きな水槽がいくつか壁に埋め込まれている。

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 ああ、こんなにもウミウシ水槽が......。興奮を抑えきれず、水槽をひとつひとつ時間をかけて観察した。

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 色合いの美しいウミウシが多く、宝石のようである。どれも自ら発光しているかのような発色の良さ。警告色だといわれているが、なかには毒のないものもいるから、本当に警告になっているのかどうか疑問である。われわれ人間から見るとたしかに食べるには毒々しく、有害な化学物質が混じっていそうな感じがするが、魚から見てもそうなのだろうか。
 それにしても、これほどのウミウシを一度に見られるのは壮観としかいいようがない。かつてウミウシが水族館で見られないのは何を食べているかわからないからと言われていた。今はもう解明されたのだろうか。ちょうど飼育員の女性がいたので、
「ウミウシは何を食べているんですか」
 と訊いてみると、
「すみません。来たばかりなんで、わかりません」
 といわれて謎は解けなかった。
 気を取り直して、壁に掲示してある説明を読んでみると、餌は主にカイメン、そのほかにコケムシ、刺胞動物、海藻、ホヤ、ウミウシ、卵とあった。そうだったのか。カイメンなんてそこらじゅうにあるぞ。あと共食いもするらしい。
 六角形の水槽のほかに、壁に埋め込まれた水槽が4つあった。それぞれ生息環境を再現してある。藻場、砂泥底、沿岸域の転石帯、サンゴ礁の岩場とあって、たしかに自分も海で探すときはそのへんを探すなあと思いながら見物。とくに転石帯や岩場でよく見るけれども、水槽のなかで一番見応えがあったのは意外にも砂泥底水槽だった。
 ウミウシが踊り狂っていた。

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 ヒカリウミウシというらしい。体を右にひねり左にひねり、それを繰り返してひたすら海中でダンスしている。なぜダンスしているのかはわからない。泳いでいるように見えなくもないが、何かを目指して進んでいる感じはなく、ただ荒らくれているだけとも見える。さらにいうなら、のたうちまわっているといったほうが近い。
 それだけでも見応えがあったが、他にも地味な色合いのウミウシが多くいて、他の水槽のウミウシがあまりに美しいために、ここだけ掃き溜めか何かのようであった。

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 奥の左のほうにいるやつなどボロ雑巾にしか見えない。
 面白いのは、水面に逆さになって浮かんでいるクロシタナシウミウシで、海でこんなことしてるのは見たことがない。静水なので表面張力によってこんな芸当ができるのだ。ずっと逆さでも頭に血が上ることなどないのであろう。

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 本人が面白いならそれでいいが、何のために浮かんでいるのか謎だ。
 ちなみに水槽手前左に岩が見えるが、あれも岩ではなくタツナミガイというウミウシの仲間であって、隅から隅まで全部ウミウシであり、かつ地味なのであった。仮にウミウシブームのときにこの水槽だけ展示していたら、即座にブームは終わっていたにちがいない。

●サツマハオリムシ

 ウミウシ研究所にどのぐらいいただろうか。老人集団の波もいつしか先にいってしまい、空いてきた館内をさらにひとりで堪能する。
 次いで面白かったのはアオリイカの水槽で、これまでにも何度も見てきたけれども、いつ見えても素晴らしいのがイカである。マダコやノコギリザメも見て、外の景色が眺められる展望所を過ぎると、サツマハオリムシの展示があった。
 錦江湾の海底火山付近で発見された新種のハオリムシである。
 ハオリムシというのはゴカイの仲間で、特徴は、光合成を必要としない化学合成生物という点だ。化学合成生物は海底で噴出する硫化物などを栄養にして生きる生物で、光の届かない深海に多く棲息している。昨今の深海ブームでだいぶ知られるようになったが、太陽光のないところに生物は存在しないと長い間考えられていたため、発見当初は驚きをもって迎えられた。
 そんな珍しい生きものが錦江湾で発見されたのだから、展示しない手はない。展示しない手はないんだけども、そうはいってもゴカイの仲間だから、相当に地味である。

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 一部屋使って大々的に紹介してみても地味なものは地味だ。なんとか地味さを払拭したかったのだろう、中央にぬいぐるみみたいなものが置いてあった。これを使って親しむようにという配慮にちがいない。部屋には他に誰もいなかったので、私が代表して親しんでおいた。
 ハオリムシを過ぎ、アマモ場の水槽でナマコを見つめたりしつつ、階を移して深海のコーナーとクラゲ回廊を見ていく。
 深海コーナーでは以前名古屋港水族館で見たヒトツトサカを発見。名古屋港では触手がこれほど出ておらず、ふんわりした和菓子のような穏やかな生きものに見えたが、ここではその恐ろしさがバッチリ露わになっていた。イソギンチャクに似ているが、触手からさらに小枝のような触手が伸びて、悪魔な感じがよく出ている。

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 こんなのにからまれて死ぬのは嫌だ。それでも胴体の部分はやっぱり和菓子のようなのであった。

●オドリカクレエビ、アカホシカニダマシ

 期間限定と思われる特別展示「ぼくらのおうち〜ふかふかイソギンチャクをさがして」にも寄ってみる。
 名前から考えて、これはイソギンチャクと共生するクマノミの展示だろうと思ったら、はたしてその通りだった。クマノミはもう見慣れているので素通りかなと思ったら、他にも展示がある。
 透明な美しいエビがいた。思わず見とれる。

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 オドリカクレエビという名で、その名前のとおり、常にピョンピョン跳ねている。こんなに透明な体で内臓なんかはどうなっているのだろうか。内臓すらも透明だから胴体の中に何も見えないのだろうか。
 私はたまにこうした透明なエビを見るたびに思うのであるが、エビは甲殻類で、それはつまり節足動物であるから、昆虫に近い。ということは昆虫にも透明なものがいておかしくないのではあるまいか。もともと羽根は透明なものもあるから、ありえない話ではない気がする。もし全身透明なら見えないわけで、ひょっとするとわれわれが知らないだけで、そのへんを透明昆虫が飛び回ってたりすることはないか。
 オドリカクレエビのほかは、串本で見たイソギンチャクモエビや、アカホシカクレエビ、キンチャクガニなどを見る。エビ、カニは美しい。
 何より眼福だったのは、アカホシカニダマシを間近に見られたことである。アカホシカニダマシは、アラビアハタゴイソンギンチャクという世界最大のイソギンチャクに住みついていた。その水槽はクマノミの水槽なのだが、裏に回ると、偶然紛れ込んでいたのかイソギンチャクに張りつく小さなカニっぽいものが見えたのである。それがアカホシカニダマシであった。
 カニダマシというぐらいだから、正確にはカニではなく、ヤドカリの仲間にあたる異尾類ということになる。だがそんな学術的なことは私にはどうでもよくて、海でも水族館でも、ふつうならコソコソと裏に回り込んで隠れてしまってよく見えない生きものが、目の前に堂々と見えていることに興奮した。
 アカホシカニダマシ自身は隠れたかっただろうが、イソギンチャクの裏側が水槽のガラス面にひっついているので、どっちに回り込んでも丸見えなのだ。

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 決して水族館で珍しい生きものではないものの、こんなによく見えるのは貴重としかいいようがない。
 滅多にないことなので、細かいところまでよく見た。
 どのへんがカニじゃないかというと、脚が6本しかないところだろう。顎の部分に見えている屈強な脚もかっこいい。
 イソギンチャクやサンゴに隠れてよく見えない生きものはたくさんいるので、こんなふうにどっちに逃げても見えるように工夫すれば、素敵な展示になるにちがいない。そういう無脊椎水族館ができてほしいと思った。
 ここではそのほかオヨギイソギンチャク、イシサンゴ、スナイソギンチャクなど、どこかモンスターめいたイソギンチャクをいろいろ見ることができ、これほどイソギンチャクを重点的に見たのも初めてだと思ったのである。

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●ボウシュウボラ

 階下に下りると展示も終盤で、ピラルクーやマングローブの水槽とワクワクはっけんひろばなどがあった。
 いくら人気のピラルクーであっても、魚にはかわりないし、淡水の水槽は色味も地味でなんとなく気分が乗らない。それでワクワクはっけんひろばにある浅い水槽を見にいくと、珍しいカニや貝が飼育されていた。

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 メンコヒシガニの生きものっぽくなさは、相変わらずだ。

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 だが、何といっても驚いたのは、「貝のふしぎ」と題された水槽にいたボウシュウボラである。ボラとは法螺貝を表わす。
 法螺貝は誰でも知っている。山伏がぶおおおっと吹くあれである。しかし知っているのは法螺貝というより、法螺貝の貝殻であって、貝は貝殻ではなく、そのなかにいる本体含めての貝であるから、法螺貝の本体を見ずして法螺貝を知っているというべきではない。
 私はボウシュウボラの生きた姿を見て、腰を抜かしそうになった。これである。

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 なんじゃこりゃ。
 貝? 貝なのか?
 まるで霜降り肉が立ち上がったかのように見える。貝ってこういうものなの?
 聞いてないぞ。こんな生きもの知らん。いったいどこの図鑑に載っていたというのか。貝といえば地面を這うのが通例であり、なかにはクリオネのように泳ぐ貝もいるけれども、こいつは立ってるのである。右にある排気口のようなものもなんだかわからないし、よく見ると、伸ばした触角の途中に目玉がある。

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 もうだめだ。そう思った。こんな生きものには勝てない。頭の中に「最強」という文字が浮かぶ。たぶん合ってる。これは最強の生物にちがいない。何かわれわれの知らない技を使ってホオジロザメさえ倒すだろう。ここまでさんざん変な生きものを見てきたが、これは圧倒的すぎる。 
 こういう貝が、一匹だけでなく水槽内をうじゃうじゃ歩き回っていた。

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 奥のほうでデローンってなってるのもいる。

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 まるで体全体が舌のようだ。巨大な舌で世界を舐め倒そうとしている。
 なんなんだこの水槽は。「貝のふしぎ」って、まあたしかに、ふしぎだ。ふしぎだけども、そんな簡単に一言でまとめてほしくない。
 他にもタカラガイといって、かつてはその貝殻が貴重な宝として流通していたことでも知られる貝がいて、一見美しい殻の下に、ビラビラと触手のようなものが蠢いている様子が見られ、信用ならんと思ったのだった。なんか信用ならん。 

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 ワクワクはっけんひろばというぐらいだから水槽は子供向けで周囲に大人は私しかおらず、なおかつ子どもは地味目なこの水槽にほとんど注目していなかったから、私はたったひとり水槽の前にしゃがみこんで、興奮に打ち震えていた。
 わからないではない。貝なんてふつうは地味だし、タコとかクラゲのほうが面白そうだし、熱帯魚のほうがきれいだし、イルカのほうが元気で楽しい。貝の水槽なんて子どもは興味ないだろう。しかし、この水族館で見るべきはウミウシ研究所とこの「貝のふしぎ」水槽だ。
 まさに、事件はイルカショースタジアムで起きてるんじゃない、無脊椎動物水槽で起きてるんだ! そう言いたい気分だった。