11月9日(日)美容院

雨。母親を美容院に連れていく。

2年前には母親を美容院に連れていくなんて考えられなかったことだ。

考えられなかったことはほかにもたくさんある。

母親のご飯を作る。母親の着替えをする。母親の爪を切る。母親の入れ歯を洗う。母親の手を取る。

まだしていないのは、母親を風呂に入れる、母親の下の世話をすることか。

いつか必ずするのは、母親を看取る。そして母親を荼毘にふす。

髪を切った母親はうれしそうに美容師さんに手を振った。

美容師さんは「また元気でいらっしゃってください」と頭を下げた。

11月8日(土)笑い声

晴れ。イベントが続き、3週間ぶりの週末実家介護。施設の居心地がよいのか、預けられっぱなしだったことにまったく気づいてないのか、介護施設の人に手を振って笑顔で車に乗った。

庭の植木の枝が伸び放題になっていたので、適当にバザバサ切る。

窓の向こうから久しぶりについてきた娘の笑い声が聞こえてくる。娘はどんな想いでついてきて、そして祖母と何を話、何を笑っているのかはわからない。ただ、ケラケラと笑い声だけが聞こえてくる。

母親の帰宅を待っていたのか、親友である伊藤さんと前川さんが続いてやってくる。

11月7日(金)睡魔

溜まっていたメールの返信を終えた夕方5時過ぎ、突如睡魔が襲ってくる。目黒さんならこのままソファーでダウンだろうが、ソファーは神保町に越してくる際に捨ててしまったし、机に突っ伏して眠るわけにもいかない。

こんなに眠くなるのも珍しい。いやほとんどない。しかし眠くなるのも当然かもしれない。

今朝は4時に起きて真っ暗な中、8キロほどランニングをした。その後はスッキリ隊の出動で、約1000冊の本を運び古書会館に下ろし、会社に戻れば「本の雑誌」12月号が出来上がってきたので、集中して封入作業(ツメツメ)に勤しんだ。

まるで30キロ以上走ったときの、体内のエネルギーが空っぽになったときのような疲労感に襲われる。慌てていただきものの亀澤堂のどら焼きを食す。

終業時間の6時を待って帰宅。上野まで歩くはずが、その体力が残っておらず御茶ノ水駅から電車に乗る。

週末は実家介護でのんびり過ごせるだろう。そして来週は深呼吸しながら仕事ができるはず。

朝、ランニングしながら聴いていた内沼晋太郎氏のPodcast「本の惑星」でもここ数年秋から冬にかけて本のイベントが続きあっという間に師走がやってくるというような話をされていたが、まさしく私の師走も9月から始まっている印象だ。

そして「ブックイベントは第三の本屋である」という指摘はさすがだと思った。そう、ネット通販の対極にブックイベントがあり、それが求められているのだ。

11月6日(木)出川イングリッシュ

朝、秋葉原から歩いて会社に向かっていたところ、淡路町のあたりで女性から声をかけられる。

一瞬なにかの勧誘かと身構えた自分を恥じたい。顔を見ればアジア系の外国人で、スマホを差し出し、画面を指差している。

そこには「Shinochanomizu ST」の文字が記されていた。

あっ、道がわからないのか。

目の前の階段を降りて淡路町の駅から新御茶ノ水駅にも歩いていけるけれど、地下通路もわかりにくかろう。そういえば先日パブリシャーズウィークリーの外国人記者から取材を受けた際、私はまるで出川哲郎の英会話のように「ドゥー ユー ノウ リュウムラカミ?」と質問をして通じたのだった。

OKの意味を込めて大きく頷き、「カモン!」と声をかけ、私は彼女と並んで歩き出した。彼女も安心した表情を浮かべついてくる。

しかしである。よくよく考えてみると、新御茶ノ水駅という行き先は間違っていないが、そこから電車に乗りたいのかは聞いていなかった。

そこで出川イングリッシュを発してみる。

「ドゥー ユー ウォント ライド トレイン?」

しかし彼女は?の表情を浮かべる。どうやら私の「トレイン」という発音が伝わらないらしい。

そこで言い方を変えて「チヨダライン?」と尋ね直すと、彼女は大きく頷き、「なんとかかんとか荒川」という返事がきた。

荒川なら千代田線で間違いない。

地下への入り口で別れてもよかったのだけど、私も急いでいるわけではないので千代田線の改札まで案内した。

改札で別れる時、また私は出川イングリッシュを発してみた。

「ディス イズ チヨダライン。ホームナンバー トゥー」

すると彼女は、満面の笑みを浮かべてこう答えた。

「アリガトウゴザイマシタ」

もしかして日本語ができる人だったのだろうか。

11月5日(水)往復書簡

京都の鴨葱書店の大森さんとひょんなことから書簡のやりとりが始まった。テーマは「これからの本屋、これからの出版」といった内容で、お互い毎度原稿用紙にして10枚から20枚程度書き送っている。

二回りも年下(24歳差)の大森さんとは経験でいえば私の方が圧倒的なのだが、知識や教養ではまったく歯が立たず、さらに現状認識の聡明さには毎度教わることが多い。ほとんど私が疑問に感じていることを問いかけ、大森さんがそれに答えるといった問答になっている。

書簡だから私と大森さんしか読んでおらず、何も気にせず本屋さんや出版のことを語れるのがとても楽しい。私はこういう話をずっとしたかったのだとワクワクしながら手紙を書き、読んでいる。

今日は第五便めの書簡をしたためた。

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