WEB本の雑誌

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5月31日(月)


 書いて良いことなのか、良くないことなのかわからないまま、キーボードに向かっている。

 昨日、突然、妻が入院してしまったのだ。
 理由は妊娠初期の切迫流産を予防するため、だった。二人目を身ごもったことが判明してから約1ヶ月。その間いくらか出血があって、通院していたのだが、昨日、車で移動中、突然の大出血にみまわれた。もちろん、そのまま全ての予定を取りやめ、病院へ向かった。


★   ★   ★

 病院の入り口に斜めに車を止め、受付に飛び込んだ。事情を話すと当然のように車イスを差し出される。そのことで一段と事の重大性を認識させられる。

 肩を貸し、妻を車イスに乗せ、診察室へ走る。突然の飛び込みだったのだが、お医者さんがいてくれたことに感謝する。そしてもう少し幸運が続いてくれることを祈った。

 妻の診察が始まり、僕と娘はいったん外に出て、適当に停めて来てしまった車を駐車場へ入れにいく。外は猛烈な暑さなのだが、僕の額を流れ落ちてくる汗は、院内に戻っても引くことはなかった。

 妻の出血の状況をリアルに見ていたせいか、娘は3歳児とは思えない神妙な顔つきで待合室の堅いベンチに座っている。「ママ、大丈夫かな?」と呟きつつ、ときたま診察室の向こうからお医者さんと妻の声が聞こえてくると「うん、大丈夫。ママ、もう大丈夫」なんて飛び跳ねてしまい、思わずこちらはやりきれない気分になっていく。

 しばらくすると診察室へ呼ばれる。
 妻と娘と3人で並び、お医者さんから説明を受ける。

「とにかく赤ちゃんは今のところしっかりしています。でも切迫流産のおそれが非常に強いので、安静が必要です。お母さんには入院して頂きます。とりあえず2週間くらいと考えてください」

 入院という現実よりも、ここに来るまで、あれだけの血を見ておきながらも、妻が入院するなんてことをまったく考えていなかった自分に驚いてしまった。そうだよな、その通りだよなと納得したが、妻は「入院ですか…」と呟いたまま、娘を見つめていた。たぶん入院なんて無理という言葉が浮かんでいるのだろう。3歳の娘、僕の仕事、高齢の義母。きっといろんなことが一気に駆けめぐっているのだ。

 出来る限りふたつの命に助かって欲しい。僕はお医者さんに向かって妻の代わりに答えた。
「よろしくお願いします」
 そして妻に向かう。
「どうにかなるよ」

 
★   ★   ★

 長い一日が終わろうとしている。

 結局、妻はそのまま入院した。僕と娘は家と病院を何度か往復し、入院に必要なものを運んだ。途中生まれて初めて女性用の下着や生理用品なんてものを購入したが、恥ずかしさどころではなかった。

 娘は妙に物分かりがよく「ママ、早く元気になってね」と面会時間の終わりになってまったく愚図ることもなく病室を出た。思わずあっけなさを感じてしまい妻と苦笑いしてしまったほどだ。そして、よほど疲れたのか、いつもより早く寝入ってしまった。

 6畳間いっぱいにいつも通り3つの布団を敷いた。
 僕もすっかり疲れてしまったので、携帯電話を枕元に置き、横になった。

 そのとき不意に、不安が、襲ってきた。そして大きな欠落感に、深く深く沈んで行きそうになった。まるでこの6畳間の狭い部屋が、そのままエレベーターとなり、降下し続けていくような感じだった。

 これから2週間どうなるんだろうか?
 そして妻と赤ちゃんはどうなってしまうんだろうか? 

 まったく眠れずに明け方を迎えようとしていた。娘が突然寝返りを打ち、その拍子にパチリと目を開けた。母親を捜しているようなそぶりで視線を動かし、ハッとした顔をして呟いた。

「ママ、いないんだよね」

5月26日(水)


 朝、今日中に書店向けDMが投函できるか浜田に確認すると「とんでもない」と一蹴されてしまった。下版日前日で、助っ人3名は既に編集部に抑えられているという。そういわれても、本日中にDMを投函しないと今号の目玉企画である『藤代三郎のダービー予想』がまるで無駄になってしまうのだ。

 そこで母性本能くすぐり作戦発令!
 「どうにかできないかなぁ…。これが出来ないと困っちゃうんだよな、ああ、どうしよう」と涙目で呟いてみたが「無理です、無駄です。だってどうせ当たらないし」と浜田はきっぱり。そりゃそうなんだけど、うーん、困った。

 結局、この日、営業予定を変更し、販促誌『本の雑誌通信』と注文書とチラシを折り続け、その後は封筒にツメツメし、セロテープで封をした。集中力を切らさずよう、真剣に取り組んだところ、夕方には郵便局へ約800通のDMを投函することが出来た。

 我ながら良く出来たと関心していると、奥から発行人の浜本が近寄ってきて、僕を見つめるではないか。これはよくやったと誉められるのだろうと見つめ返したところ、いきなり「クビ!」と一言漏らし、そのまま外へ出て行かれてしまったのだ。

 えっ?! ちょっと待ってくれよと慌てて追いかけようとしたところ、事務の浜田に止められる。

「違いますよ、杉江さん。クビって、毎日夕方に行っている牽引のことですよ。」
 ったく、紛らわしいこと言うんじゃないよ!

5月25日(火)

 とある飲み会に参加したところ「この場にいる誰かの仕事と変われるとしたら、あなたは誰の仕事を希望するか?」という話題があがった。

 その場には書店員、取次マン、編集者、営業マンといたのだが、僕を除いた全員が某社の文芸編集者を希望したのにはビックリ。みんな、やっぱり本を作りたいのね…。

 ちなみに僕は某スポーツ雑誌の編集者を希望し、誰ひとりとして、本の雑誌社のひとり営業マンを希望した人は、いなかった。

 そういえば、先日社内でも「どこでも好きな出版社に入れるとしたらどこへ行くか?」という話題があがり、そのときはこんな結果だった。

新人・アラーキー=作品社
事務の浜田=本の雑誌社(?)
本誌編集部の松村=出版社にはもう入らないと涙目で呟く。
発行人浜本=ダイヤモンド社

 そしてなんと僕と金子の意見が、入社以来初めてかみ合いビックリしたのだが、僕たちふたりはどうぶつ社を希望したのだ。

 まあ、どっちにしてもかなわぬ夢というか、飲み話なんだけど。でもでも意外と希望する出版社で性格が出るんじゃないか?

5月24日(月)

 小田急線を営業。

 本厚木を訪問後、海老名で下車し、S書店さんを訪問する。それにしてもこの海老名の開発ぶりのすごさ。かつて何にもなかった駅前に大きなショッピング・モールが建ち、ドカドカとマンションが建設されているではないか。そのなかにはなぜか七重の塔もあって、思わず但し書きを読み耽ってしまったが、とても由緒のあるものらしい。

 いやはや、これから数年で海老名駅周辺の人口は、一気に増えること間違いなし。いや既に何棟かのマンションは入居が始まっているそうで、S書店さんの売上がぐぐっと上がっているという。当然ながら人のいる場所でモノは売れるということで、こういう変化を出版社や取次店は素早く察知し、配本等に活かさなければならないだろう。

 その後は相模大野、町田と営業し、会社に戻る時間も気力がなくなってしまう。
 かなり無理矢理直帰コース、名付けて「貨物列車の旅路」で、登戸経由で南武線、武蔵野線と乗り継ぎ、直帰。ああ、遠いなぁ。

5月21日(金)

 朝イチで越谷のA書店を訪問し、Sさんにお別れの挨拶。

 何となくこのお店が2、3年前にオープンした気でいたのだが、Sさんに確認すると、私の社歴と一緒で6年目ですとの答え。いやはや、ということはSさんとも5年以上の付き合いというわけで、それは悲しいわけだよな。でもこれからは母親業をしっかりやっていくというのだから仕方ない。でもでもやっぱり今度ここに来てもSさんはいないと思うと悲しい。

 いろんな想いを錯綜しつつ、最後のお別れの言葉を交わす。

「ありがとうございました。またどこかでお会いしましょうね」

 その言葉、たとえなかなか実現しなくても、嘘ではない。祈りであり、願いである。

 昼過ぎ会社へ出社。
 本日突然沖縄の出版社、ボーダインクの方が遊びにくることになったのだ。いやはやどんな方がいらっしゃるんだろうと楽しみにしていたら、なんとなんと会社を休みにして全員で上京しているとのことで、その数なんと7名。

 うっ、総社員数が一緒じゃないですか!と驚いていると、事務の浜田は「でも、ボーダーインクさんはこんな立派な書籍目録まで作られてますよ」と戴いたばかりの目録を垂涎のまなざしで見つめており、この勝負あっけなく本の雑誌社の負けのようである。(ちなみに単行本の出版点数もボーダーインクさんの方が50点くらい多い)

 いやいや別に競ってもしょうがないわけで、営業方法や製作方法について意見交換。そんななかで編集のSさんが、これ売れたんですよと紹介してくれたのが『DUMP CARNIVAL』松吉益瑠著である。

 この本、その名のとおりダンブの写真集で、著者の松吉さんは幼い頃から大きくなったら絶対にダンプの運転手になることを夢見つつ、国道58号線を走るダンプの写真を撮り続けてきたそうだ。編集のSさんの話によると、ダンプの装飾にも琉球文化が流れているそうで、読者にもその辺が大変好評だったとのこと。

 えーっと。読者って誰?と思われた方。ダンプやトラックの雑誌も出ているほど、ファンというかマニアがおりまして、それらの雑誌で、この本が紹介されたときには、2週間くらい『DUMP CARNIVAL』の注文が殺到し続けたらしいです。いやはや出版はこれだから面白い。

 約1時間ほど、沖縄の話を伺ったところで、ボーダーインクの皆さんは次なる訪問先、ジュンク堂書店池袋店に向かった。今度はこちらが社員旅行ででも沖縄に行って、ボーダーインクさんを覗いてみたい。そのときはよろしくお願いします。

5月20日(木)

 雨降るなか会社にたどり着くと、事務の浜田のご機嫌は、既に台風が上陸している様子だった。
「杉江さん! いい加減DMを作ってください!!」
 今にも噛みついてきそうな般若顔。ここは素直に従うしかないと、本日は営業をあきらめ、パソコンに向かった。

 午後、新元良一さんが来社。
 そういえば金子と二人で取材に行くとか言っていたな。「どこに行っていたんですか?」と聞くと二人で顔を見合わせ、ぐふふふ。何だこのオヤジたちは…。

 ところがその後、新元さんの口から飛び出した単語を聞いて、ビックリ仰天、腰を抜かすどころか、毛が5本ほど抜け落ちてしまった。

 なんとこの二人、むむむむ、らららら、かかかか、みぃ~、は~~るきぃ~さんにインタビューして来たそうなのだ。どうもオーラが出ていると思ったら、村上さんのオーラが乗り移っていたってわけか…。それにしてもどうして先に教えてくれなかったんでしょうか?

 ちなみにそのインタビューの模様は、本の雑誌8月特大号と8月発行予定の『翻訳文学ブックカフェ』(仮題)にて収録の予定だそうです、ってこれもオレに先に教えてくれよ。

 いやはや、その興奮でまったくDMの製作が進まず、浜田の顔は般若からドクロへ。明日あたりが僕の命日になるのではないか。

5月19日(水)

 禁煙21日目。いったいいつまで禁煙と言わなければならないのだろうか? そろそろ「ノン・スモーカー」といって良いのだろうか。

 昨日、お会いできなかったL書店のYさんから電話があり「今日は暇よ」とのことなので、早速訪問することに。Yさん、なかなか捕まらないので、会えるときに会っておかないと、いつまでも顔会わせられなくなってしまうのだ。

 お茶を飲みつつ、販売の話やら本の話やら。そのなかで新書の話題が出た時に思わず深く頷いてしまったのは「新書はね、平台に積んでおくと動きが良いんだけど、棚に入れると売れないのよ。出版社も頭を痛めているらしくて、どうしたら良いでしょうかって聞きに来ることがあるんだけど、やっぱりあの発行順の番号で並べていたんじゃ、お客さんもなかなか棚から本を買わないよね」ということ。

 確かに新書の既刊棚は、何気なく選ぼうとすると見づらいし、探しづらい。変えるとしたらテーマ別なんだろうけれど、それは書店さん側のメンテナンスが大変だろうし、文庫のように著者のアイウエオ順というのもあまり意味がなさそう。

 この問題は、実は文芸書のノンフィクション棚の作り方とも共通するのではなかろうか? 慣れてない書店さんで、ノンフィクションの本を探そうとすると、どこのジャンルに紛れ込んでいるかわからないんだよなぁ。

 うーん、こういうことで結構売上は変わる気がするんだけど、果たしてどうしたら良いんでしょうか?

5月18日(火)

 池袋のL書店さんを訪したところ、前文芸担当のAさんが「すごい会いたかった、かも」と意味深の発言をされる。返品かな?と身構えていたら、そんなことではなく、なんと今週いっぱいで退職されるというではないか! 思わず膝から力が抜け、バックヤードに置かれていた段ボール箱に座り込みそうになってしまった。うーん…。

 Aさんとは本の雑誌社、入社以来の付き合いだった。しかも同い年ということで、一方的ながら親近感を抱いていた。何だかいつも以上にツライし、考えさせられる。しかも今週はAさん以外にも、長い付き合いの書店員さんが2名辞めるとの連絡が入っており、いやはやかなり悲しい別れの週なのだ。

 営業マンは多くの人と出会える仕事である。
 でも「出会いの数だけ別れがある」との言葉通り、本当にしょっちゅう「別れ」を経験することになる。いつもいつも失恋しているようなもんだ。

5月17日(月)

 渋谷を営業。

 パルコブックセンターは今年の2月に名称がリブロに統一されたので、店内表示やカバー、あるいは袋などから、あの「PーBC」の文字が消えてしまった。

 パルコ独特の雰囲気を愛していた僕としては、とても残念な気持ちを抱えつつ、渋谷や吉祥寺、あるいは調布のお店を訪問していたのだが、本日渋谷店を話を伺っていて、思わず胸が震えてしまった。

「そもそもパルコっぽいお店を作っていたのは、そういう本を買って行かれたお客さんなんですよね。書店員がいくら勝手に置いても売れない物は売れないし。だから今もたとえ看板が変わっていても、そういうお客さんが来てくれている限り、中身は変わらないと思うんです」

5月15日(土) 炎のサッカー日誌 2004.06


 朝7時起床。8時出発。既に並んでいるAさんに合流する。よく考えてみたらこのAさん、取次店の仕入れ窓口担当で、それってもしかして営業マンにとってかなり大事な営業先になるんじゃないか?

 いや待てよ。実は現在サッカーを一緒に見ている仲間の大部分が出版関係者で、その内訳は出版営業4名、取次店3名、書店員1名なのだ。ということは営業同士はともかく、取次店さんや書店員さんには当然気を遣うべきものなんじゃなかろうか?

 ところがところがレッズバカ営業マン4名は、まったく誰もそんなことを考えたことがない様子で、既に2年以上一緒に見ているのだが、気も金も遣った姿を見たことがない。いやはやこんなんでいいんでしょうか? 

 そんなことをほんの一瞬考えたのだが、レジャーシートに寝転がっているAさんを見てすぐに忘れた。ここ(スタジアム)では、そんなことは関係ない。僕らはただただレッズが好きで集まっているわけで、だからこそみんな楽しいんだ。もちろんAさんだって、そんなことを望んでいない。望んでいるのはたぶんコレ。そっとビールを差し出すと、嬉しそうに受け取った。

 ビールをぐびぐび飲みながら開門を待つ。気軽に待つというけれど、本日試合開始は午後4時で開門はその3時間前だから午後1時。すなわち5時間くらいはこの状態が続くのである。そりゃ酔っぱらうわな。

 ところが試合が開始されて、その酔いがすっかり覚める。なんと絶好調のはずの我らがレッズが、前半であっけなくジェフ市原に2点取られてしまったのだ。どちらの失点もつまらぬミスが原因で、おいおいここ数試合の無失点はいったい何だったのだ!と怒りメラメラ。

 しかししかし。2点先制されようとあきらめてはいけない。神様エメル尊が怪我で交代しようとあきらめてはいけない。そうなのだ、どんなときでもあきらめてはいけないのだ。それを教えてくれたのは「漢」闘莉王である。

 この「漢」。守る、攻める、ほえる。とにかくどんなときでも全力だ。その全力のプレーがセットプレイからのアシストを生み、そして同点のPKと繋がったのである。そしてそしてそんな全力なプレーが、浦和の全力プレーの第一人者、出戻り岡野に乗り移り、逆転ゴールを決めさせたのではないか。

 スタジアムは狂乱怒濤の大興奮。0対2からの逆転勝利なんて一番興奮するパターンじゃないか。いやはや血眼になって大声援を送っていたのだが、最後の最後でそれが大撃沈。なんと今度は逆にPKを取られ、ロスタイムに追いつかれてしまったのだ。こうなると何だか引き分けても負けた気分。

 うー。ジュビロが負けた今日こそ、絶対勝たなきゃいけない試合だったんじゃないか。そしてこういうところで勝ちきれないところが、レッズもジェフも、あるいはグランパスあたりがリーグで優勝できない原因じゃなかろうか? そしてこういう試合をキッチリ勝つことが、常勝チームへの険しい壁なのであろう。果たしてレッズはその壁を打ち破れるのだろうか? いやはやそんなことより悔しい過ぎるぜ。
 

5月14日(金)

『ノルウェーの森(上)』村上春樹著(講談社)の発行部数記録を越えてもまったく止まるところを知らない『世界の中心で、愛をさけぶ』片山恭一著(小学館)。いまだ多くの書店さんでベスト1に君臨し、しかも映画化で一段と売れ行きが良くなっているようだ。いやはや251万部も発行されているにも関わらず、品切れのお店が続出しているのだから信じられない。

 本日その化け物『セカチュー』を書店店頭で奥付表記を確認し、ビックリ仰天。
 なんと『セカチュー』、一番最近の重版分で27刷と書かれているではないですか! えっ!? たった27刷で251万部越えてるの? と、と、ということは1回の重版で9万~10万部も刷ってるってことか? いやはや何だか、この売れ行きもスゴイが、このロットで重版できる小学館もスゴイんじゃないでしょうか?

5月13日(木)

 こうもうまいタイミングでドンピシャの本に出会えると、つい本の神様というのがいるんじゃないかという気がしてくる。

 それは大宮のJ書店さんを訪問したときのことだ。担当のTさんと話しているとひょんなことから1冊の本を薦められた。

『「北島亭」のフランス料理』大本幸子著(NHK出版)

 Tさん曰く「仕事について考えさせられる1冊」とのことで、ちょうど昨日の会議でウンザリしていた僕にはちょうど良さそうな本ではないかと早速買い込む。そしてすぐ電車のなかで読み出した。

 この本、フレンチレストランの厨房の一日を追ったノンフィクションである。僕自身、料理を作るのは好きだけど、フレンチなんて結婚式以外食べたことがないし、そもそも食べたいとも思ったことがなかった。

 ところがページをめくっているうちに、北島シェフと弟子たちが創るフレンチをどうしても食べたくなってしまう。美味そうだという根本的な理由はもちろん、それとは別にこの北島シェフの料理に対する情熱と誇りに痺れてしまったのだ。いやはや、一言一言痺れまくりだ。

 またこのシェフと弟子たちの関係性の素晴らしさ。料理に関してはとても厳しいのは当然のことだろうが、それ以外の部分では互いにしっかり人間として付き合っていて、ある弟子の母親が受けた癌検査の結果をみんなで聞くシーンでは思わず感涙してしまった。

 ああ、やっぱり仕事ってこれくらい本気で、そして愛してやらなきゃいけないんだよな。グジグジ悩んでいる暇があったら、1軒でも多くの書店さんを廻って、大好きな本の話をして、そしてもちろん営業をして、ひとりでも多くの読者に本が届くようにする。それが営業の勤めだろう。毎日毎日そのことを真剣に考え、続けていくことが大切ってことか…。

 ああ、良い本と出会えたな。Tさん、ありがとうございます。

5月12日(水)

 
 先週、編集部が企画会議をしたいと言いだした。珍しいこともあるもんだと思いつつ、日頃言おうと思っていて忘れていたことや、どうせ通らないだろう企画を週末にまとめておいた。

 ところがその会議が当夜行われたのだが、その初っぱなに「〆切が○日あたりになりますんで時間がありません。それで出来る企画を…」との言いぐさに、メラメラと怒りが湧いてくる。

 金がないのは仕方ない。ならば知恵を出しましょう。しかし時間がないというのは単なる言い訳でしかなく、しかも月刊誌作りなんて、急に今年は13回出すなんてことがあるわけでなく、毎年毎月同じことのくり返しなんじゃないのか?

 ならば、今、悩んでいることは数ヶ月前も同じ状況でそこにあり、下手したら1年前だって同じ状況だったのだ。だったら時間が足りない今でなく、もう少し時間のあった先月、あるいはいっぱい時間のあった半年前に会議しておけば良かったのではないか。うーん、よくわからん。

 イライラしつつ、ビールを飲み、やたら沈黙の多い会議が終わったのが9時30分。どうして「本屋大賞」の会議はあんなにいろんなことが一気に決まっていったのに、社内はそうはいかないんだろうか? こちらもよくわからない。

 頭を冷ますつもりで、帰りの電車で『夜空のむこう』香納諒一著(集英社)を読む。ところが、こちら出版業界(編集)を舞台にした小説で、なんだか頭を冷ますどころか熱くなってしまった。しかも途中登場人物が編集部から営業部へ異動になるシーンがあり、そこが左遷的な意味合いで使われていて、いやはや、こうなってはとてもページはめくれない。うーん、今日はダメだ。

5月11日(火)


 大手町、銀座と営業に向かうが、なかなか担当者の方にお会いできない。ノーアポで仕事をする効率の悪さはわかっているのだ、大手出版社のように月間の新刊が何十点もあって、それらの部数を一気に決めるということがあるわけでなく、わざわざアポイントを取るのも書店さんに申し訳ない気もする。というかアポを取る電話で仕事が終わってしまう可能性もある。うーん、難しい。

 『本屋大賞2004』の売れ行きを確認していると、昨日の横浜同様、大賞受賞作である『博士の愛した数式』小川洋子著(新潮社)が、品切れになっている書店さんが多い。嬉しいやら悲しいやら。書店員さん達も「せっかく売りたくても物がないんじゃねぇ」とあきらめ顔だ。うーん…。最近は唸ってばかり。

 それにしてもとある書店さんで「本屋大賞ありがとうだよね。もしこれがなかったら4月、5月の文芸書の売り上げ、恐ろしかったよ。受賞作だけでなく、廻りの本も売れ出したし、ほんとありがとう」と言われた時は、涙がこぼれ落ちそうになってしまった。

 ああ、早く来年にならないかなぁなんて、のど元過ぎればなんとやらなことを考えてしまっている。

5月10日(月)

 禁煙12日目。

 今思い起こせば禁煙開始3日目が壁だった。ニコチン切れから来るイライラ、妄想がキツく、また食後の一服、散歩の一服など、禁煙して初めて気付く判で押したような習慣性から脱却に苦しんだ。

 そのストレスから、ついつい子供にあたってしまい、それでまた自己嫌悪に陥る。ならば吸った方が良いんじゃないかという考えが浮かび、ついつい小銭を握りしめてしまうことが何度かあった。

 しかし、そこをぐっと堪え、堪えきれなそうなときは水やお茶を飲み、それでも我慢できないときは『禁煙セラピー』アレン・カー著(ロングセラーズ)を読み、どうにか3日を過ごしたらタバコを吸いたいという想いはすっかり治まってしまった。

 それは、もう吸うことから来るだろう喜びよりも、禁煙出来ている自分に対しての喜びの方が大きく、また僕の場合、よく眠れるようになったのが何よりも嬉しいことだった。もう大丈夫、な気がするがどうだろうか?

 本日は週の始まり月曜日。気合い入れ直しで、営業再開だ。横浜を訪問。

 横浜駅周辺は良い意味で各店が競い合っており、しかもその各店の客層が微妙に違うから面白い。どのお店の担当者さんも真剣で、本気で本と格闘しているのが伝わってくる。こちらも負けじと頑張るが、しっかりした情報を持っていないととても太刀打ちできない。
 
 本日はGW明けの週で、約1週間分のデータが抜けており、斬られまくり。いやはや勉強して出直して参ります。

5月9日(日) 炎のサッカー日誌 2004.05


「サッカーを見に新潟に行きます」と会社で話すと、十中八九「バカじゃないですか」と返事が戻ってくる。十中八九なのは、ただひとり、必ず「遠征は楽しいよなぁ」と同意してくれる人がいるからだ。その人、全国に馬を追いかけている。あるいは金を追いかけている。こういうわかってくれる人が好きだ。

★   ★   ★

「サッカーを見に新潟に行くから」と家庭で話すと、すかさず「泊まり? 日帰り?」という返事が戻ってくる。ダメだといっても行ってしまうのは長年の付き合いでわかっており、出来るだけ金のかからない方で行かせようとしているのだ。こういうあきらめられる人が好きだ。


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 生まれて初めて新潟へ。しかしこんな時間割で新潟に行ったと言えるのかはわからない。

 新幹線の中=4時間(往復)
 スタジアムと駅間の移動(徒歩)=2時間(往復)
 スタジアムで列並び=2時間
 スタジアムで試合待ち及び観戦=5時間
 新潟駅前のファミレスで食事=1時間
 おみやげ購入=0.5時間

 ちなみに新潟の人との接触は、道端で子供を助けた(レッズサポの印象向上のため)のとボールを挟んで、敵対していただけである。

 まあ、とにかく愛する浦和レッズを勝利に導くため、約2万5千円かけて新潟に向かったのである。

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 アウェーの何が良いか?
 勝った時の喜びが、ホームと比較してとてつもなくデカイのだ。

 本日も我が神様、エメル尊が早い時間帯に2ゴールを決め、その後は上司にしたい男NO.1の闘莉王を中心にキッチリ守る、ここ数試合のレッズの典型的な勝ちパターン。そして最終的には神様のハットトリックが決まり3対0。

 敵地を制圧することから来る本能的な喜びを味わったら、もうアウェー遠征はやめられない。ああ、もしあと年収が100万円多かったら、家庭に50万円入れて妻と娘を喜ばせ、僕は残りの50万円を握りしめ、全国のアウェーの戦いに出動するというのに…。

 試合終了後、本来そのスタジアムの持ち主であるホームチームのサポが静まりかえるなかで、張り上げるレッズコール。背筋に電気がビンビン走り、全能感が我が身を包む。

5月7日(金)

 本日も半分リハビリ。

 気持ちで働くタイプの人間は、張りつめていたものが途切れるとキツイ。書店店頭で、突然俺はいったい何をしているんだ? なぜ生きているんだ? なんて青年のようなことを考えてしまう。

 まずいまずい。こんなことを考え出すと、どんどんブルーになって、抜け出すのに数ヶ月かかってしまうのだ。あわてて喫茶店に飛び込み、こういうときの対処法のひとつである目標&計画を立てる。おかげで、どうにかドツボにはまる前に抜け出せた。

 会社に戻ると、3年前に助っ人を卒業していったナイトーが、なぜか助っ人机に座ってツメツメ作業をしているではないか。「どうしたんだ?」と問いただすと「出戻りです」と答える。

 26歳。まだ立ち止まっても、いい歳だな…。

5月6日(木)

 GW7連休ゲットなんて騒いでいたが、よく考えてみたら5月2日はシーナ書店のオープン日であり、立ち会わなければならなかったのだ。結局3連休と3連休の連続という妙に中途半端なGWだったのだ。まあ、それでも休めただけ良しとしよう。

 そんな中途半端な連休でも、本日はすっかりボケボケモード。頭も動かなければ、字も書けないし、キーボードも打てない。まったく使い物にならないダメな一日を送ってしまう。

 しかししかし。ダメな一日に、唯一誇れることがあって、それは昨年失敗した禁煙に成功しているということだ。

 GW初日から始め、本日で8日目。しかも社内のヘビースモーカー達がもくもくやっているなかでも、まったく吸いたいとは思わない。今度こそ成功させよう。そして社内禁煙運動をするのだ!!! 首を洗って待ってやがれ、スモーカーよ。

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