第2回「いま読むべき! 時代の空気を感じるマンガ2009」

Page 5 『GANTZ』と『バガボンド』の絵に共通する"現在"

『GANTZ』と『バガボンド』の絵に共通する"現在"

GANTZ 1 (ヤングジャンプコミックス)
『GANTZ 1 (ヤングジャンプコミックス)』
奥 浩哉
集英社
637円(税込)
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マンガの作画技法は、この10年で劇的に変化しました。作画にコンピュータCGを使った作品や作家が激増したのです。例えば『GANTZ』(奥浩哉)などはその象徴的な存在。リアルに描き込まれた背景や武器などは、Macなしには成立しえないのではと思えるほどの説得力を持って読者に迫ってきます。

実はモノ作りの世界ではデジタルツールに抵抗感を持つ人は少なくありません。音楽業界でも、最近ではPCなしのレコーディングなど考えられなくなりましたが、10年、15年前には抵抗感を持つ人も多かったし、実際僕らも「音楽にデジタル? あり得ない」と敵視すらしていた。ところが技術が進化すれば、それに応じて使い方の幅も広がってくる。デジタルから必要な部分だけを取り込み、アナログの得体の知れないパワーと融合させることで作品を進化させることもできるのです。

『GANTZ』の絵からは、そうしたアナログとデジタルの見事な融合が見てとれます。緻密に描かれた背景と綿密な計算のもとに配置された人物――。例えば、6~9巻の「古都編」の緻密に描き込まれた寺社仏閣はそれ自体圧巻ですし、その世界のなかで縦横無尽に人物が躍動する様は実にダイナミック。歴史的建造物が破壊されるシーンなどは息を飲むほどの圧倒的な迫力がある。そこには「静と動」の対比があり、「静から動」に場面転換するときの激しいダイナミズムがある。その表現のためにデジタルツールを使う必然性がひしひしと感じられるんです。

実は奥浩哉は意欲的な手法に取り組む作家としても知られています。『変(HEN)』というマンガでは、ベッドシーンの動感を表現するのに乳首の残像を描き込むという、斬新な手法も開発した作家です。無闇に「最先端」にこだわることなく、表現に必要であればデジタルだろうがアナログだろうがどん欲に使っていく。現代の作画技法を象徴する作家の1人に違いありません。

2009年の日本に生きているからこそ、
世界最高峰のマンガカルチャーに触れられる

バガボンド(1)(モーニングKC)
『バガボンド(1)(モーニングKC)』
井上 雄彦
講談社
616円(税込)
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一方、そうした潮流を横目で見ながら、筆という敢えてアナログ感の強い手法にレイドバックしたのが井上雄彦。もともとPCを使っての作画にも取り組んでいたにも関わらず、『バガボンド』ではペンから筆へと移行した。以前、インタビューか何かで「人と違うことをやり続けないと気が済まない」と語っていたのを目にしたことがありますが、PCというツールを使うことが当たり前になってきたからこそ、違う手法を突き詰めたくなるという欲求が高まったという面もあるのかもしれません。

筆というアナログ度の高いツールは、100%イメージしたとおりの仕上がりにはならないと言います。「無知の知」、「意識の外」が介在するタッチもあるでしょうし、筆先に偶然という名の神が筆先に宿ることもあるでしょう。さらに憶測を進めれば、日本という東洋の島国に生まれついたからこそ、和筆という繊細なツールを選び取ったという可能性すら考えられます。現在の井上作品において筆は欠かせないものでしょう。現在の代表的な井上雄彦作品である『バガボンド』には、構図から人物の線の太さまで1コマ1コマについて、語りたくなるほどの魅力があるのです。

どこかの総理大臣のような薄っぺらい感想なら語りたくはありませんが(笑)、日本という国には本当に語り尽くせぬほどのマンガカルチャーが息づいている。クオリティもバリエーションも、そこにある深みも他国の追随をまったく許していない。読み手の懐の深さも同様です。無数の作家と読者が無限のコミュニケーションを繰り返し、その結果、現在のマンガカルチャーが作りあげられた。だから僕は海外に行くと、思わず自慢したくなるんです。「俺の国には、こんなすげぇカルチャーがあるんだ。君たちに、このすごさがわかるかい?」って。

HAKUEI的「いま読むべき! 時代の空気を感じるマンガ2009」とは
一、現代に生きるからこそ、コマの空気をリアルに感じられるマンガである
一、コミックスと現実界のつながりが感じられる作品である
一、2009年の日本でこそ、その真価に触れることができるマンガである
番外、どこかの総理の話よりも、よほど役に立つマンガである

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