第4回「ヤル気の劇薬になる名作マンガ」

Page 1 ノスタルジーを超えた高みでテンションは喚起される

テンションはノスタルジーを超えた高みで喚起される

「ヤル気を喚起される」、「テンションがアガる」マンガというのは、人によって様々あるでしょう。今回のテーマで言えば、まず俺の脳裏に真っ先に思い浮かんだのは、いわゆる「血湧き、肉躍る」暑苦しさすら感じる熱血マンガ。例えるなら、『サラリーマン金太郎』に象徴される本宮ひろ志作品や、『魁!! 男塾』、『激!! 極虎一家』のような、宮下あきら作品がそれに当たります。しかし今回のお題を目の当たりにして、改めて考えてみました。果たして、現在そうしたマンガでテンションが上がるのか――。

答えは「ビミョー」。確かにリアルタイムで読者だった俺としてはワクワクすることもありますが、いま共感できるかというと悩ましい。こうした「アツイ作品」では、作家が持つ「熱」をマンガ越しに伝えようとしても、そのままでは「暑苦しい」ものになってしまうから「時代背景」や「スタイル」を描き込んで、エンターテインメントに昇華させる技術が必要になる。しかし、読者としてはその伝達装置である「時代背景」や「当時のスタイル」が理解できなければ、テンションの上がりようもないでしょう。

1970~1980年代の名作には、そうしたマンガが多数あります。例えば『あしたのジョー』や『巨人の星』などといった作品は、当時の気持ちを思いだしてアツくなるマンガですし、大好きな『BE-BOP-HIGH SCHOOL』も、当時のヤンキーのスタイルがマンガの骨格自体に組み込まれています。つまりこれらのマンガは俺たち世代だからこそ共感できるものなんです。「時代背景」や「当時のスタイル」は、その時代を生きた人にノスタルジックな感情を喚起させる。もちろんそれもアリですし、音楽でも『R35』シリーズのように、人の心に訴えかける郷愁感というものもある。しかし敢えて『ゲキコミ』ではノスタルジーを超えて、テンションを刺激する作品を紹介したい!

とてつもなく “エバーグリーン”なハロルド作石作品

ゴリラーマン (1) (講談社漫画文庫)
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ハロルド作石
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ストッパー毒島 1 (ヤングマガジンコミックス)
『ストッパー毒島 1 (ヤングマガジンコミックス)』
ハロルド作石
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BECK(1) (KCデラックス 月刊少年マガジン)
『BECK(1) (KCデラックス 月刊少年マガジン)』
ハロルド 作石
講談社
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そこでノスタルジーを超えるものとして、まず挙げたいのが"エバーグリーン感"。男という生き物は永遠にココロのなかに少年のマインドを持ち続けていたい生き物です。そんな少年らしい心象風景は前回挙げた『行け! 稲中卓球部』にも感じられますが、今回のテーマであれば『ゴリラーマン』(ハロルド作石)の方がピタリとハマる。この作品は1990年頃にヤングマガジンで連載されていた作品で、高校を舞台にギャグマンガとしての体を崩さないまま、実は思春期の少年たちの友情を描くという絶妙なバランスを持ったマンガでした。実はメチャクチャケンカの強いゴリラ顔の転校生に対して、不良のリーダー格の少年が複雑な感情を抱きながらも友情を構築していく。優越感や羨望、嫉妬心などさまざまな感情が渦巻くなか、そこにはいつの時代も変わらない"中2的"な条理が描かれている。思春期ならではの複雑な感情は、大人の視点で見ると不条理や病理に感じられるかもしれませんが、少なくとも男にとっては懐かしい共通体験であり、中2ならではの条理とも言える。作中には、誰もが共感できるあの頃の空気が漂っているんです。

ハロルド作石作品には、この"エバーグリーン感"を覚えさせる作品が、他にも数多くあります。若きプロ野球選手が周囲とぶつかりながら成長していく様を描いた『ストッパー毒島』もそう。ごく普通の高校生がバンドを始め、その成長過程でメンバー間の葛藤を描いた『BECK』には自分の原点を想起させたり、若い頃の青臭さを思い出すようなみずみずしさがある。"青春"を描いた作品というのは描き手の人生の経験値や取材力、想像力がモロに構成に反映してしまうものですが、ハロルド作品はどのマンガでも圧倒的に共感値が高い。その理由を作者インタビューで知りましたが、この作家は「自分が本当に好きなものだからこそ、人に伝わる」という偉大なるアマチュアイズムと「商売として最低限のレベルは押さえる」というプロ魂を見事に両立させている。

商業マンガである以上、一定数の読者に伝えるための普遍性は当然必要になる。しかし普遍性という"技術"だけでは、何も伝わらない。すべてのエンターテインメントがビジネスとして加速する現代でも、マンガの本質は「ビジネス」を超えたところにある。作品を生み出す姿勢や、作者が持つ思い入れ――つまり「魂」があってこそ伝わる文化があり、技術を超える魂がある。魂なきところに良作なく、技術が良作を極上のエンターテインメントに押し上げていく。『ゴリラーマン』をはじめとする、ハロルド作品はその象徴とも言えるマンガたちなのです。

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