第7回「“ジャンル”を築いた名作たち」

Page 4 『美味しんぼ』の功罪

『美味しんぼ』の功罪とは……

美味しんぼ (1) (ビッグコミックス)
『美味しんぼ (1) (ビッグコミックス)』
雁屋 哲
小学館
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美味しんぼ 103 (ビッグコミックス)
『美味しんぼ 103 (ビッグコミックス)』
雁屋 哲
小学館
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「日本人の食に対する意識を変えた」とも言われるグルメマンガの雄、『美味しんぼ』(作・雁屋哲 画・花咲アキラ)は非常に斬新なエンターテインメント作品でした。初めて読んだ高校生の頃、「料理ウンチクとはこんなに面白いのか」と衝撃を受けたものです。第1巻の最初のエピソード「豆腐と水」にしても、「名店の豆腐はそれほど違うのか」、「豆腐でも鮮度が落ちるのか」、「それを見分けられる人がいるのか」と驚いたのを覚えています。もしここ最近の作品しか読んでいない人がいたなら、ぜひ1巻から読んでいただきたい。それほど連載開始当初の『美味しんぼ』は面白かったのです。

1985年にビッグコミックスピリッツで連載がスタートした当時、「料理とは素材と鮮度である」ということは今ほど認知されていませんでした。主食の米にしても「コシヒカリ」や「ササニシキ」であれば「産地」には目もくれない人がほとんどでした。肉や野菜の飼育・栽培法にも、さして興味を持たない人が多かった頃といいます。そんな背景もあってか、本当にいい素材が出回るのも一部の高級店のみだったようですし、その一部の高級店の所在地などの基本的な情報も一般には知られていなかった頃でした。

そんな当時、このマンガが描き出したのは、「食にまつわる新しい事実」。僕自身、4巻のカツ丼に喉を鳴らし、5巻に登場する「魯山人風すき焼き」で北大路魯山人の存在を知った。そのときは、ごちそうだと思っていたすき焼きがどことなく物足りなく思えた気がしたものです。食にまつわる情報がいまよりも格段に少なかった当時としては、情報マンガとしても非常に貴重な作品でした。

しかしこの作品には、数多くの転換点があります。新旧問わずファンの間でも「『美味しんぼ』の旬はいつまでか」という論争があるほどで「5巻で終わった」という人もいれば、「いや、究極VS至高対決が始まる前の14巻あたりまでは面白い」という人もいます。個人的には、47巻で主人公の山岡と栗田が結婚し、対決が一段落するまでは結構面白く読んでいました。ただ、それ以降はちょっと厳しいものがある。マンガはエンターテインメントのはずなのに、読んでいて何だか説教されているような気になってしまうんです(笑)。それでも70巻頃までは、まだ楽しく読める要素はありました。しかし「日本全県味巡り」企画がスタートした71巻以降は、いよいよ厳しくなってきていて、なんだか郷土料理の紹介とお説教が並べられた作品になってしまっている印象があります。

個人的には「そろそろいいんじゃない?」とも思いますが、いまだ連載が続いているということは人気も高いのでしょう。確かに『美味しんぼ』以降、「事実」をベースにディテールを細かく盛り込んだグルメマンガの数は飛躍的に伸び、クオリティも上がった。グルメマンガの世界観を変えた作品だということは疑いようもない。新刊が出ると「今度こそ」と買い続けてしまう僕のためにも、ぜひ往事のテンションを取り戻していただきたいものです。

丸尾末広という異端

少女椿
『少女椿』
丸尾 末広
青林工芸舎
1,404円(税込)
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厳密に言うと、今回の「ジャンルを築いた」とか「エポックメーキング」というテーマにはそぐうかどうか微妙な作品......いや、作者がいます。その名は丸尾末広。一部のファンから熱狂的な人気を博す、異才のマンガ家です。一般的にはそれほど有名ではないかもしれませんし、好みもわかれるタイプの作家でしょう。しかしこの作家は内外問わず、マニアから熱い視線を注がれている。ホラータッチの強烈な画風を持つこの作家の作品は、単なる"ホラー風"のイラストレーションとは一線を画していて、独特の世界観を描き出しています。

代表作は1984年に描かれた『少女椿』。見世物小屋に流れてきた「みどりちゃん」という12歳の少女の物語ですが、そこに描かれているのはエロとグロにまみれた世界。登場人物の誰もがどこかおぞましく、嫌悪する相手に犯されるなどの陵辱行為などが当たり前のように描かれていますが、単なるエログロではありません。人間やマンガに対する深い考察と解釈が独特の世界観のもとに描かれているのです。

強烈なインパクトを持つこの作家の影響力はマンガ業界にとどまりません。例えば、筋肉少女帯の『何処へでも行ける切手』という曲は『少女椿』の主人公「みどりちゃん」をモチーフにしたものですし、さらにその歌詞の世界観から『新世紀エヴァンゲリオン』の綾波レイが生まれたとも言われています。ただし、その作風のあまりの異端ぶりに、一般的には最近まで評価の対象にもならなかった作家とも言えるかもしれません。

近年手がけた江戸川乱歩の『パノラマ島奇譚』のマンガ化によって、手塚治虫文化賞の新生賞を受賞するなど、この作家にもようやく光が当たり始めました。しかしどれほどの"光"が差そうとも消え去ることのないこの作家の"闇"は、もはや丸尾末広というジャンルと言ってもいいほどの存在感を持っているのです。

現代の日本人なら、誰もが多かれ少なかれマンガというカルチャーに触れたことはあるはずです。1959年に週刊少年サンデー、週刊少年マガジンの創刊前後からの数十年間という短い期間に、これほど多種多様なマンガが数多く生まれた例は人類史上ありません。最近では、「国家産業に」という動きもありましたが、サブカルチャーは国家から保護された瞬間に衰退が始まる。作家が自由な創作活動のもとに新しい世界観を作り出し、その遺伝子を継承した作家がまた新たな地平を切り拓く。それこそがサブカルチャーを発展させる、原動力となるのです。

「作品をカテゴライズすることに意味はない」と言われれば、その通りかもしれませんが、親しい誰かにマンガをすすめるときには、やはりカテゴリーや似た作家・作品を挙げて、説明した方が話が早い(笑)。カテゴリーの中に押し込められるような作品ではなく、その作品自体がカテゴリーとして認知され、次なるうねりにつながる。今回挙げた作品にはそんな共通項があるのかもしれません。

HAKUEI 的「“ジャンル”を築いた名作」とは
一、リアリティとファンタジーの境界線が絶妙なマンガである
一、マンガ界にとどまらない影響力を発揮する作品である
一、作家自身・作品自体がカテゴリーとなり得る作家・作品である
番外、予想外の方向に走り出すことがある作品である

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