立川談春さん

名人・立川談志をして「古典落語で言えば、どんな落語家よりもコイツがうまい」と言わしめた落語家・立川談春。今もっともチケットがとりづらい落語家のひとりでもある。談志に惚れ込み、飛び込んだ落語の世界。厳しい修行を乗り越え、正解のない芸の世界を生き抜いてきたオトコが読んできた本、そして座右の一冊とは――。

人生は博打の連続。そう考えれば、世界が変わる

誰も見向きもしない。だからこそ落語にハマった

 落語との出会いは中学の図書室にあった落語全集。当時は一大ブームを巻き起こしていた漫才の話で盛り上がるクラスメイトを尻目に、落語に傾倒していった。

「他人が盛り上がっていると素直にそれに乗れない性格だったんですね。自分独りで盛り上がれるところがまた嬉しくて。寄席に入ったこともなければ、テープを聴くわけでもないのに、いっぱしの落語通気取り。当時の僕にとって、落語とは“読むもの”だったんです」

 幼い頃から本が好きで、学校で推薦図書を大量に注文し、親に呆れられたほどだったという。

「いくら何でも買いすぎだろうと(笑)。その頃から、浪費癖があったんでしょうね。とはいえ、本が欲しいと言えば、まず親は止めないという時代でしたから、『ホントにお前はバカな子だね』なんて言いながら全部買ってくれた記憶があります」

眠い目をこすりながら読んだ吉川英治。そして星新一。

新・平家物語(一) (吉川英治歴史時代文庫)
『新・平家物語(一) (吉川英治歴史時代文庫)』
吉川 英治
講談社
799円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> ローソンHMV

 高校を中退し、17歳で立川流家元・立川談志に入門。親の反対を押し切り、新聞販売店で住み込みで働きながらの修行生活が始まった。

「入門したときに、うちの家元から『これ読んでおけ』と言われたのは吉川英治の『三国志』と『新・平家物語』。家元が談志になる前――小ゑん時代につくった地噺『源平盛衰記』の元ネタになっているのが『新・平家物語』だったんですね。『源平盛衰記』は古典落語の中に新しいギャグを入れ、トークに近いようなものをやって大評判になった出世作。だから、弟子である僕も読んでおくべきだというわけです。落語家になるぐらいだから、本は好きだったし、面白いけれど、とにかく長い!(笑)。星新一の『進化した猿たち』を読んだのも家元にすすめられたのがきっかけ。『これを読めば、ギャグをつくるのがどういうことなのかわかる』と言われてね」

人生の極意はすべてこの本から学んだ/『うらおもて人生録』

うらおもて人生録 (新潮文庫)
『うらおもて人生録 (新潮文庫)』
色川 武大
新潮社
680円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> ローソンHMV

 21歳で二つ目に昇進。その頃、出会ったのが『うらおもて人生録』。著者は雀聖・阿佐田哲也の別名でも知られる、色川武大。本書では<勝ち星にこだわるより、適当な負け星を先にたぐり寄せるほうが大事>といった勝負の極意、人生を生き抜くための知恵が語られている。

「人生には、絶対にここだけは負けちゃいけないという局面もありますが、同じ黒星でも負け方次第では好感度アップにつながることもある。そういった人生における勝負の重みやセオリーを教えてくれたのがこの本です。『勝つために負けろ』というイヤらしい話ではなく、人間は不完全だからこそ、短所をどう相手に印象づけるかが重要なのだと。今でも常に意識している本だし、何年経って読み返しても勉強になります」

失敗の連続でも、いろいろやった。そう思って死にたい。

オトコなら、最低限持っておくべき矜持をつきつめろ。そう教えてくれたのも、『うらおもて人生録』だったと談春さんは語る。

「難しいことではあるけれど、それができると日々の行動が変わりますよ。目先のことに流されるのはラク。うろたえて悩むだけでも1日は終わる。でも、行動を起こさなければ、何も手に入らない。僕は悩み続けて何もしないまま人生を終えるより、『あれもダメだし、これもダメだったけれど、いろいろやれたから、まあいいか』と思いながら死にたい。全員に勧められる考えではないけれど、賛同してくれる方はぜひ、『うらおもて人生録』を読んでみてください」

文章が書けるのは、落語家として当然のこと

赤めだか
『赤めだか』
立川 談春
扶桑社
1,440円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> ローソンHMV

アクの強さで知られる談志のもとで、その理不尽な要求に困惑しながらも、師匠に心底惚れ込み、悪戦苦闘した修行の日々。ユニークという一言では片づけられない、その破天荒な修行時代のエピソードを中心としたエッセイ集――初めての著書である『赤めだか』は今年、講談社エッセイ賞を受賞した。

「賞をいただいたこと自体は嬉しいし、光栄だけれど、『文章が上手い』と驚かれるのはどこか釈然としないんですよ。落語家は本を読んでおかなくてはいけない商売だし、文章がある程度のレベルにあるのは本来、当たり前のこと。じつは落語や講談は文学に大きな影響を与えているんです。例えば、子母澤寛は『私の雪の描写がうまいのは典山(明治時代の講釈師)の影響です』なんて言葉を残しているし、言文一致体の先駆けになった二葉亭四迷の『浮雲』だって、三遊亭圓朝の口演速記の影響で生まれたものなんですから」

ハッタリをかますなら、文学が狙い目

昭和天皇〈第1部〉日露戦争と乃木希典の死
『昭和天皇〈第1部〉日露戦争と乃木希典の死』
福田 和也
文藝春秋
1,749円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> ローソンHMV

本を読むことは生活の幅を広げてくれる。しかし、何より大きなメリットは「頭が良さそうに見えること」だと談春さんは笑う。

「ファッションや音楽は、詳しい人が多いから知識量で勝負しようとしても分が悪い。ところが、文学の場合は数を読んでいる人が少ないのでハッタリをかましやすい。狙い目なんです。ウソでもいいから、『好きな作家は大江健三郎と村上春樹、京極夏彦、石原慎太郎……』いった具合に10人ぐらい有名作家の名前を挙げるんです。そうすると、たいていの相手は『本好きなんですか?』と尊敬のまなざしに変わりますよ。最初はハッタリでも構わない。その後で少しずつ本を読み、最終的に“本当に頭のいい人”になってしまえばいいんですから」

談春さんが今、もっとも注目している作家は福田和也。媒体によってまったく文体が違う。落語で言えば、「人情噺から芝居噺、怪談噺……とオールマイティに何でもできる名人のようなもの」だという。

「とくに今、面白いのは『昭和天皇』。とてもじゃないけれど、この1冊を書くためだけに勉強したぐらいでは、絶対に書けない本ですよ。昭和天皇の話なのに、右翼の親方のエピソードに、ポンと飛んだりする。また、そのエピソードがいい話でね。僕のような素人にも凄いって思わせるって、その道の専門家に『素晴らしい』と評価されること以上に凄いことですよ。それだけわかりやすいってことですから。福田さんは文芸での僕の師匠です。僕は師匠運だけはいいのが自慢です」

プロフィール

東京都出身の落語家。
昭和59年3月 立川談志に入門し、
昭和63年3月3日 二つ目昇進
平成9年9月20日 真打ち昇進となる。
主な受賞歴に、
平成15年3月 14年度国立演芸場花形演芸会金賞受賞
平成15年3月 14年度彩の国拾年百日亭若手落語家シリーズ大賞受賞
平成16年3月 15年度国立演芸場花形演芸会大賞受賞など。

著作紹介

立川談春“20年目の収穫祭”
『立川談春“20年目の収穫祭”』
夢空間
3,086円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
立川談春/来年3月15日
『立川談春/来年3月15日』
夢空間
3,086円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp