第90回:山崎ナオコーラさん

作家の読書道 第90回:山崎ナオコーラさん

デビュー作『人のセックスを笑うな』以降、次々と試みに満ちた作品を発表し続けている山崎ナオコーラさん。言葉そのものを愛し、小説だけでなく紙媒体の“本"そのものを慈しんでいる彼女の心に刻まれてきた作家、作品とは。高校時代から現在に至るまで第1位をキープし続けている「心の恋人」も登場、本、そして小説に対する思いを語っていただきました。

その3「大学では平安文学を専攻」 (3/6)

勝つための古典文法50 (ポイント攻略)
『勝つための古典文法50 (ポイント攻略)』
椎名 守
三省堂
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――大学生に入ってからの読書生活は...。(取り出した本を見て)おおっ? 椎名守著『勝つための古典文法50』三省堂って、これ参考書ですよね。

山崎 : 今も本棚に入れています。もともと古典好きなんですが、これは読んだ時に目からウロコだったんです。文法というものがどういうものかがよく分かった。いろんな参考書を読み込んだわけではないので、これがズバ抜けているのか分からないけれど。古くに言葉というものが生まれて現代まで受け継がれてきて、自然と決まり事ができたということが、面白いなと思ったんです。言葉のルールは、誰かが決めたんじゃなくて、自然とそうなっていったもので。後づけなんですね。後生の私たちが、そこにある文字列を見て、逆に規則を見つけていくという。

――著者は代々木ゼミナールの講師の方なんですね。

山崎 : 私、代ゼミに通っていて教わっていたんです。この先生好きでした。今、小説を書いている時は文法は気にしていないし、むしろ文法を壊したいくらいの気持ちで書いているんですけれど、でも文法は面白いと思っています。私、数学も英語も苦手で、勝負できるのって現代文と古典だけだったんです。日本人じゃなかったら大学に行けなかったと思う(笑)。

――大学も国文科ですよね。

山崎 : 古典は本当に好きで、大学でも平安文学を専攻しました。一番好きなのは『更級日記』。短いし、原文のままでサラサラ読めるのでオススメです。全部理解しなくてもいいってこの本でも思いましたね。読んでいくと、なんとなく分かる。著者の菅原孝標女はいわゆる文学少女で、髪も眉毛もボサボサで布団の中でずっと『源氏物語』を読んでいて、いつか私のところにも源氏のような人が...って思っている(笑)。今と全然変わらないなって思うんです。永遠に文学少女はいるなっていう。何百年たっても変わらないことは変わらない、きっと読む人がいる、と思うと、今の小説もこの先残っていくのかなって思える。

――卒業論文のテーマは何だったんですか。

山崎 : 『源氏物語』の第三部のヒロインの浮舟にスポットを当てて書きました。『源氏物語』って何百人もの女の人が出てきますが、キャラクターの増幅の仕方が特徴的なんですよね。「誰それに似ている」ということで増えていくのが面白い。男の人が誰かのことが好きで、その人への思いが叶わなかった後、その人に似ている人がいるという噂を聞いて探し当てる。そこで新たな女の人が登場する。紫の上も、源氏がお母さんの面影を求めた相手だし、浮舟も、薫大将はお姉さんが好きだったのに思いが遂げられなかったから妹の浮舟に、ということだし。浮舟は「形代」とも言われていて、人間というより人形っぽい。つまり、物語の中のキャラクターは、人間を目指さなくてもよいのだ。...というようなことを書いたような気がします。

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