第90回:山崎ナオコーラさん

作家の読書道 第90回:山崎ナオコーラさん

デビュー作『人のセックスを笑うな』以降、次々と試みに満ちた作品を発表し続けている山崎ナオコーラさん。言葉そのものを愛し、小説だけでなく紙媒体の“本"そのものを慈しんでいる彼女の心に刻まれてきた作家、作品とは。高校時代から現在に至るまで第1位をキープし続けている「心の恋人」も登場、本、そして小説に対する思いを語っていただきました。

その4「心の恋人登場」 (4/6)

春琴抄 (新潮文庫)
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谷崎 潤一郎
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金子光晴詩集 (岩波文庫)
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杏っ子 (新潮文庫)
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室生 犀星
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――大学生時代、古典以外に読んだ本は何でしょう。

山崎 : 相変わらずフランス系も好きでした。サン=テグジュペリの『人間の土地』や『星の王子さま』も好きだったし、アンドレ・ジッドの『狭き門』もストイックなところがよかった。基本的にはグーッと読ませるとかウワーッと感動させるものよりは、ストイックで抑えめな文章が好きなんですよね。もうひとつ、高校生の頃からすごく好きなのが、谷崎潤一郎です。谷崎は私にとって一番のヒーローで、高校生の頃から今までずっと、好きな人第一位の座を譲らない(笑)。心の恋人です。全部、何度も読んでいます。今日持ってきたのは『春琴抄』ですが、『細雪』もすごい。

――心の恋人とまで思うのは、どんなところに惚れ込んだからでしょうか。

山崎 : 谷崎はブロック分けしているわけでもなく、もっと流れるようで豊穣な文章だし、きちっと物語があるので、今まで自分が好きだと言ってきたこととは違いますよね。でもだから、谷崎がいたから、小説を書こうと思ったのかも。ここのことは、また後で話します。とにかく、もともと抑えめな本が好きだから、他には詩人の作品を多く読んでいたんですよ。ストーリーよりもフレーズが好き、というのが軸にありましたからね。詩人の中でも別格に大好きな金子光晴は、今日は岩波文庫の『金子光晴詩集』を持ってきましたが、全集を何度も読んでいるし、「この一文はどの作品に入っているでしょう」といったマニアクイズを出されたら、上位に食い込む自信があります(笑)。はじめは大学の詩の授業で「寂しさの歌」のプリントを渡されてレポートを書いたんです。そこで初めて知って、そこからハマっていきました。図書館で全集を読んだし文庫も集めたし、古本屋で金子の本があったら全部買う、くらいの勢いで。一番好きなのは『どくろ杯』。30代で世界旅行をした話を、70代になってから書いた、自伝的小説です。散文なんですけど、さすが詩人なだけあって、キメの文章みたいなものが出てくるんです。しかももうおじいちゃんだから「どうでもいいや」みたいな感じで(笑)、こんなにいい言葉があるなら詩にすればいいのに、と思うような言葉を散文の中に、ふいっ、ふいっ、って入れてくるんですよ。男としても野性味あふれているんですよね。旅行は奥さんと一緒なんですが、奥さんはずっと浮気をしているみたいなのに、全部許している。私もいつかこういう恋愛をするって思ったのに、果たされないままでした。

――え、これからじゃないですか。

山崎 : うーん。でも金子も奥さんと出会ったのが30歳になってからですよね。だとしたら、私もそろそろかも(笑)。それと、室生犀星も好き。犀星は金子に比べると真面目風なんですけど、『杏っ子』は娘に対する執着がすごくて。主人公の子ども時代から、小説家になって、娘が生まれてお父さんになって...という人生が書かれているんですが、なぜか娘の体についてしつこく書いているんです。娘が結婚して離婚して戻ってきて、なんだかお父さんと恋愛の匂いを感じさせる。それが変態っぽくてすごくよくて(笑)。あと、これとは別で、短編に「われはうたへどもやぶれかぶれ」というのがあって。おじいちゃんになってから膀胱炎のようなものに罹って病院に行って、剃毛されるんですね。しばらくしたら落ち着かなくなって「毛を取り返して来てくれ」ってナースに頼んで、諫められる(笑)。めちゃくちゃなことが書かれてあるんですけれど、文章はきれい。

――『尾崎放哉詩集』もお持ちいただいていますね。「咳をしてもひとり」など自由律俳句の人。

山崎 : 自分では、自分の文章が、放哉の俳句からすごく影響を受けている気がします。「すぐ死ぬくせにうるさい蠅だ」とか、散文に近い一行で、凝った表現は全然ないんです。普通のことを普通に表現して人の心を掴むという。こういう一行を小説の中にふいっと入れられたらいいな、と思います。

――ところで、大学生時代は、マンドリンサークルに入っていたとか。それが『長い終わりが始まる』の舞台設定につながっていますよね。

山崎 : それがつながっているかはわかりません。サークルには誘われて入りました。音楽は苦手でした。周りの人と本の話はしませんでしたし。

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