第90回:山崎ナオコーラさん

作家の読書道 第90回:山崎ナオコーラさん

デビュー作『人のセックスを笑うな』以降、次々と試みに満ちた作品を発表し続けている山崎ナオコーラさん。言葉そのものを愛し、小説だけでなく紙媒体の“本"そのものを慈しんでいる彼女の心に刻まれてきた作家、作品とは。高校時代から現在に至るまで第1位をキープし続けている「心の恋人」も登場、本、そして小説に対する思いを語っていただきました。

その5「小説を書き始める」 (5/6)

人のセックスを笑うな
『人のセックスを笑うな』
山崎 ナオコーラ
河出書房新社
1,080円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS

――小説を書き始めたのは大学生の頃ですか。

山崎 : 初めて書いたのは大学4年の時です。卒論を50枚書いたんですけれど、それくらい長いものを書いたのは初めてだったので、私も書こうと思えば長い文章を書けるなと思ったんです。その時に文藝賞を知り、規定が100枚だということで卒論の倍ぐらい書けばいいんだなと思って。最初に書いて応募したものは二次選考まで残って、翌年は一次選考までで、その次に応募した『人のセックスを笑うな』が文藝賞の受賞作になりました。

――1、2回目はどんなお話を書いたのですか。

山崎 : どっちも男の子が旅行する話でした。恋愛小説は苦手意識が強くて書けないと思い込んでいたんです。でも3回目に応募する時に、小説といえば恋愛小説かなと思って、苦手だけどストレートに恋愛を書こうと思ったんです。

――かなりインパクトのあるタイトルですね。

山崎 : 書いていた時期に本屋さんに行ったら、同性愛の本のコーナーでクスクス笑っているお客さんたちがいたんです。それで心の中に「人のセックスを笑うな」というフレーズが浮かんで。後から、いいリズムだな、恋愛小説のタイトルにぴったりかもと思って。ただ、言葉は鋭かったりするんですけれど、私の小説ってほとんど主張がないんです。筆名もナオコーラという変わったものにしているけれど、言いたいことはありません。ただ「このフレーズには良さがある」と出している。感度で小説を捉える読者はきっと、気持ちいい、感じてくれる。逆に、小説というものを作家の主張の場だとか何かの考えの発表の場だとかと思っている読者には、なんでこんな小説があるのか全然分からないと思う。

――フレーズの鋭さやブロック分け、一行空きなどを意識して書く場合、プロットや構成はどんな風に考えるのですか。

山崎 : 最初にノートへ、こういう風にする、ということを書きますね。音楽でAメロがあってBメロがあってサビがあって、繰り返してAメロ、というのと同じような感じです。雰囲気です。ここで盛り上げてここで沈めて、ということをやろうとしているんです。

――デビューしてしばらくはお勤めを続けていたのですか。

山崎 : はい。でも仕事、というか人とのやりとりがずっと苦手で。たとえば、いい会社で仕事が楽しいという人は二足のわらじでやっていけるんだろうなと思うのですが、私の場合は違ったので。デビューして1年くらいで会社は辞めました。でも今も、作家をやっていると仕事って、書くだけじゃないんですね。こうしたインタビューは楽しいんですけれど、交渉ごととかいろいろあって。そういうところで私は下手だなーって思うんです。

少年と少女のポルカ (講談社文庫)
『少年と少女のポルカ (講談社文庫)』
藤野 千夜
講談社
484円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)
『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』
穂村 弘
小学館
1,728円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS

――その後の読書生活の中から印象深い本を挙げていただくと...。

山崎 : 好きな作家や作品はたくさんありますが、7、8年前から好きで、今も好きな現代作家の方でいうと『少年と少女のポルカ』などの藤野千夜さん。20歳すぎからずっと好きです。ポップさとユーモアがあるんですよね。ただ、露出が少ないというか、あまり取材をお受けになっていないのか、どんな方がよく知らなかったんです。だから作家になってからお会いできてすごく嬉しかった。今は藤野さんも私を友達だと思ってくれていると思うんですけれど(笑)。歌人の穂村弘さんもずーっと好きです。『手紙魔まみ、夏の引越し』を初めて読んで、女の子のフリをして書いている男の人というところにグッときました。作家になってから、穂村さんにもお会いしたんです。すっごく緊張して、目も見られなかったし、2ショットの写真撮りますと言われても近づけませんでした(笑)。

――専業になってから、生活のサイクルは変わりましたか。それと、本の選び方などは変わったでしょうか。

山崎 : サイクルは決まっていないです。意外とヒマな時間がない感じ。本はデビューするまではお金がなかったので図書館で借りる方が多いくらいでした。今は書店で買っています。ネットではまったく買わないですね。書店へ行って、手にとって選びます。

» その6「本づくりのこだわり」へ