第90回:山崎ナオコーラさん

作家の読書道 第90回:山崎ナオコーラさん

デビュー作『人のセックスを笑うな』以降、次々と試みに満ちた作品を発表し続けている山崎ナオコーラさん。言葉そのものを愛し、小説だけでなく紙媒体の“本"そのものを慈しんでいる彼女の心に刻まれてきた作家、作品とは。高校時代から現在に至るまで第1位をキープし続けている「心の恋人」も登場、本、そして小説に対する思いを語っていただきました。

その6「本づくりのこだわり」 (6/6)

カツラ美容室別室
『カツラ美容室別室』
山崎 ナオコーラ
河出書房新社
1,296円(税込)
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手
『手』
山崎 ナオコーラ
文藝春秋
1,337円(税込)
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男と点と線
『男と点と線』
山崎 ナオコーラ
新潮社
1,404円(税込)
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――小説はもちろん、紙媒体の"本"そのものがお好きですよね。作家としても、小説を書くだけでなく"本"を作ろうとしていらっしゃる。

山崎 : 時代についていけてないだけかも(笑)。本当に、本づくりがやりたいんです。紙が好き。本文紙も、オペラクリームマックスなんていう、可愛い名前の種類があるんですよ。ミルクリームロゼという紙は、薄いピンク色。『カツラ美容室別室』の時に使いました。お花見の話なので桜っぽいイメージです。そういうところにも思い入れがあります。これは装丁も、表紙の写真に電球がありますが、この本ではカツラさんというカツラを被った人が出てきて、カツラを取ると髪がないから...ということを装丁の町口覚さんが考えてくださって(笑)。そういうことがちょっとずつ出来上がっていくのが嬉しいんです。

――ビックリしたのは、今年刊行の『手』のカバー写真の男性。このモデル、編集者のOさんですよね。裏の折り返し部分の、通常著者近影が載る部分もOさんの写真が。

山崎 : これは本当に嬉しかったんです。小説の内容とはまた別に、表紙は女性ではなく、男性の方にお願いしたいと思っていて。話し合いの結果、Oさんがやってくださることになったんです。ここまでやってくれるなんて編集者魂、ですよね。

――新作短編集の『男と点と線』も楽しく拝読しました。これは世界の各地が舞台になっていて、誰かと誰かが出会ってる。一貫したテーマがありますね。

山崎 : 最初の2編を書いた後で、短編集を出版したいなと考えて、新潮社さんに企画を持ち込んだんです。で、話し合って、パリやNYなど、いろんな国の都市を舞台にしたら読者の方に統一感を感じてもらえますよねっていうことになって。『論理と感性は相反しない』はすべて書き下ろしで自由に若さで楽しく書きましたが、『男と点と線』は純文学系の雑誌というか、各出版社の文芸誌に順々に発表していった作品ということもあって、大分違いますね。大人っぽい本になったと思います。

――68歳、42歳、28歳、17歳...。主人公たちは年代も性別もバラバラです。

山崎 : いろんな年代の人を書けるということには自負があります。それと、この本は本当に文章を書きたくて書いているんだな、という感じです。一行一行の感じとか、ブロック分けとか、自分の特性を出しました。7月には『ここに消えない会話がある』という本が出ます。それは詩みたいな小説にしようと思って、一行空きをバンバン出しました。それが駄目だという人もいるだろうし、ブチブチ切れるのになんで詩じゃなくて小説なんだ、って批判する人もいると思う。でも、詩ではなくて、詩みたいに小説が書きたいんです。

――詩人にも影響を受けたけれども、谷崎潤一郎を読んで小説を書きたい、と思ったということでしたが。

山崎 : 谷崎を再読して、やっぱり物語なだと思いました。ウネリだな、と。詩を読むのは好きだけど、私がやりたいのは小説だ、と。それは自分が、社会的なことに対する欲求がすごく強いからだと思うんです。芸術の高みを目指すべきだけど、それだけじゃ満足できない自分がいる。自分の武器は文章しかなくて、それで社会参加したい、社会の中に入っていきたいという欲求が湧いてきちゃうんです。25歳くらいまで、誰からも相手にされない人生だったんです。学校でも目立たなかったし。25歳の時に小説を書いて、初めて社会参加できた気がしたんです。

――小説を書くことで、どんなことをしたいと思いますか。

山崎 : 小説には社会性がある。小説家は男女のことなどに関して、新しい価値観を提示していく、という役割を社会の中で担っています。でも小説は社会的に主張がある人が作るものではありません。小説にメッセージを込めるということではないんです。主義主張をするのではなく、感覚としての新しい価値観を読者に提示したい。論文的に言ったら、私は何も書いていないと思う。私の小説には殺人も大恋愛も出てこないし。ただ、研ぎ澄ました一行と、全体を流れる大きなウネリを出したいです。何も書いていないものを発表しているということに、意味が生まれると信じて、本づくりをしていきたいです。

(了)