第96回:朝倉かすみさん

作家の読書道 第96回:朝倉かすみさん

本年度、『田村はまだか』で吉川英治文学新人賞を受賞、さらに次々と新刊を刊行し、今まさに波に乗っているという印象の朝倉かすみさん。40歳を過ぎてからデビュー、1作目から高い評価を得てきた注目作家は、一体どんな本を読み、そしていつ作家になることを決意したのか。笑いたっぷりの作家・朝倉かすみ誕生秘話をどうぞ。

その3「就職せずに、読書にいそしむ」 (3/6)

――卒業後、就職は...。

朝倉 : しなかったんです。学内推薦で銀行を受けにいって、筆記は通って面接という時に、どうしても働きたくなくて、「働きたくないけれどそれでもいいですか」って言った。そうしたら話にならない、って。

――そんなことを言ったんですか。

朝倉 : こんなんじゃ失礼だと思って。その時、作文にも書いたの。このままじゃ私はアクセサリーとして働くことになる、でも私はネセサリーな人生を選びたい、って(笑)。そんなとこで韻を踏んでる!

――(大爆笑)...働くのがそんなに嫌だったんですか。

朝倉 : 嫌でしたね。幼稚園の頃からずっと、どこかに通い続けなくちゃいけないでしょう。なんで学校を終えてからも、同じところに通わなくちゃいけないんだろう、って。耐えられなかったんですね。怖かったのかもしれない。就職したら、重い鉄の扉がガッシャン、って閉まる感じがした。もうふわふわはできないっていう。お金払って行くならサボってもいいけれど、お金もらったらサボれなくなっちゃうし。私の中に、25歳までに結婚できるという気持ちがあったので、どうせ腰掛だと思ったし。別に誰も相手はいなかったんだけど。

――あ、学校はサボっていたんですか。

朝倉 : サボれなかったの。うちの親は37度くらいの熱じゃ休ませてくれない。「美空ひばりは39度の熱があっても歌った、そんなことで休んでどうする!」って(笑)。高校3年間はずっとそんな感じ。短大になってからは「今日は授業がないから」と言ってサボるようになりましたけれど。

――それからはどう過ごされていたんですか。

朝倉 : 実家で、呆然と。外に出なかったですね。なかよしあめ、っていう飴をなめてて、1日1個にしようって決めたりして。それから、お小遣いがなくなったからアルバイトに行くようになりました。

――25歳で結婚、を見据えてお見合い的な行動は。

朝倉 : 1回、うちの親に「世間の親は紹介してくれる」って言ったら「あなたに誰を紹介できる?」って言われました。だんだん、25歳で結婚できないと思うようになって。これは正社員にならないと、いよいよ大変なことになると思いました。その時は、すぐ勤められると思っていたんですよ。でもいっぱい落ちました。いっぱい不採用もらって「ご多幸祈念しております」って言葉ももらって、祈念されたくないよって思ってた。それで、正社員を諦めて、長期のパートに出るようになりました。

――毎日同じ場所に通う生活はできたのですか。

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朝倉 : できなかったんですよ。行きたくないし、行こうとすると、お腹が痛くなったりする。地下鉄でうずくまって動けなくなってしまう。いくつか仕事を変えて、ある時、上司に諭されたんですね。毎日規則正しい生活をしなさい、何時に寝て何時に起きて、起きたら何も考えずに顔洗って歯を磨いて朝ごはんを食べて、バスに乗って降りて、地下鉄に乗って降りて、会社についたらみんなに「おはようございます」って言いなさい、って。誰だって会社に来たくないんだよ、って。私があまりに遅刻が多いので。2人きりで、応接室で。

――それからは通えるようになった、と。

朝倉 : その会社には通って、契約社員にしてもらえました。

――その頃の読書といいますと。

朝倉 : この時期はものすごく読んでいます。アルバイトをしていた頃は、一人でご飯を食べないといけない。それまで一人でご飯はもちろん、一人で喫茶店に入ることもできなかったから、手持ち無沙汰で。小さい本を持っていたら知的に見えると思って、古本屋に行って5円10円で文庫を買って読んでいたんです。安い文庫って、名作が多いんです。最初が武者小路実篤の『馬鹿一』。これがちっとも面白くなかった。あんなに有名な人なのにおかしいと思って、新潮文庫の武者小路実篤は全部読みました。そして、わー、私とは合わない、って。

――全部読んで分かったという。他には。

朝倉 : 夏目漱石、森鴎外、太宰治、志賀直哉とか。名前だけ知っているけれど読んだことがない人ばかり。そうしたら読むほうが面白くなってきて。バイトしてお金をもらったら古本屋に行って本を買ってきて、働かずにずっと読んで、読む本がなくなったら働きに行く、ということをやっていました。外国のものも読みました。誰もが知っている作品は、たぶん一通り読んだと思う。覚えていないんですけれど。

――気に入った作品は。

朝倉 : 森鴎外の『雁』ではじめて、いいな、と思いました。それが最初で、その後、芥川龍之介の『蜜柑』や一連の太宰作品も面白く読みました。『赤と黒』や『アンナ・カレーニナ』もよかったな。『罪と罰』は山岸涼子の漫画のほうが分かりやすいなと思った。

――自分はどういうものが好きなのか、という自覚はありましたか。

朝倉 : 私は筋が覚えられないんですが、つまり筋を読んでいないんですよね。筋がなくても平気。作家が何をどう見てどう書くかを読むのが好きなんだなと分かっていきました。内容でも書き方でも、その作家が発見したものがあるのが好きだな、という。『ボヴァリー夫人』なんて徹底的に描写している、ああいうのが好きですね。その頃は、好きすぎて書き写したりしていました。句点の位置、読点の位置、何行で改行しているか、とか全部ノートに書いていました。

――文章修行ではないですか!

朝倉 : ただ好きなだけ。息つぎとは違うところで「、」があるのを見て、なんでそんなところに打ったんだろうって。その人が発見したこと、その人だけの表現を見つけていくのが楽しくて。でも作家になりたいとはまったく思っていなかったんです。好きなことってとことんやりだしちゃうでしょう。どうして読んでいて気持ちいいうえ面白いんだろう、どうして作文と小説は違うんだろうって思って、やっていました。

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