第114回:樋口毅宏さん

作家の読書道 第114回:樋口毅宏さん

2009年に『さらば雑司ヶ谷』でデビュー。スピード感あふれる展開、さまざまな映画や小説作品へのパスティーシュを盛り込んだ斬新な手法で読者を翻弄する樋口毅宏さん。最近では『民宿雪国』が山本周五郎賞の候補になるなど注目度が高まる彼は、どのような作品に触れながら小説家への道を辿ったのか。小説同様スピード感あふれるしゃべりっぷりをご想像しながらお楽しみください!

その2「純文学にどっぷりハマる」 (2/4)

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――大学に進学してからはいかがでしたか。

樋口:そこからは純文学です。それまでに発表されていた芥川賞受賞作を全部読みました。候補作もわりと読みましたね。なるほど、40歳すぎないと、かっちりした文体はできないんだなって分かりました。

――きっかけは何だったんですか。

樋口:開高健が『週刊プレイボーイ』に「風に訊け」という人生相談を連載していたんです。それまで開高さんのことを芥川賞作家だということも知らなくて、ただ「このおじさん面白いな」と思って読んでいました。博覧強記でユーモアに富んで、だけど全然偉ぶったりしない。芥川賞をとった『パニック・裸の王様』を読んでみたらすごく面白い、じゃあ他の芥川賞受賞作品も読んでみようと思いました。それが大学1年の時です。そこから吉行淳之助ら"第三の新人"に、大江健三郎や石原慎太郎にもハマっていきましたねえ。あとは僕が高校生の時に、当時エコーズというロックバンドのボーカルだった辻仁成が『ピアニシモ』ですばる文学賞を受賞したんですよ。それで『すばる』の存在を知って、純文学系の文芸誌を読むようになりました。『文學界』、『新潮』は敷居が高くて、『すばる』と当時福武書店から出ていた『海燕』がお気に入りでした。『海燕』はなんといっても小川洋子さんがデビューした文芸誌。『完璧な病室』とか『冷めない紅茶』とか、大好きです。それと同時になぜか、つかこうへいなんです。大学生になって『つかへい腹黒日記』のPart1と2を読むようになって。書店で手に入らなかったので古本屋で買いました。幻冬舎の見城徹さんが頻繁に出てくるんですが、なんて愛されているんだろうって思いました。きっかけは何だったんだろう。『蒲田行進曲』や『熱海殺人事件』が映画化されたのはもっと前だし、僕がつかさんの舞台を観たのは30歳すぎてからだし...。まだつかさんが雑誌のインタビューに出ていたこともあったのかも。いずれにせよ読み始めたのが大学1年生だったのは間違いないです。僕は『蒲田行進曲』よりも、虚実入り混じっている作品のほうが好きです。『つかへい腹黒日記』シリーズ、『つか版・男の冠婚葬祭入門』、『つか版・女大学』とか。角川文庫の作品は全部読んでます。

――樋口さんは雑誌も相当お読みになっていたのではないかと思うのですが。

樋口:雑誌は『週刊プロレス』と、ロッキング・オンから刊行されていたものですね。『rockin'on』、『ROCKIN'ON JAPAN』、『CUT』。『週刊プロレス』はターザン山本が編集長、『rockin'on』は増井修さんが編集長の頃で。この4冊からはどれだけ影響を受けたか分からないです。どれかが欠けていても、僕は雑誌の編集者になろうと思わなかった。あの素晴らしいデザイン、定義づけと啓蒙する文章。小難しいのが好きだったんでしょうね。『rockin'on』には実は他の何よりも文体に影響を受けていると思います。渋谷陽一さん、増井修さん、佐藤健さん、山崎洋一郎さん、斉藤まことさん、『SNOOZER』の編集長の田中宗一郎さん。他にも宮嵜さん、岩見さん、中本さん、宇野さん、神谷さん......挙げていったらキリがない。

――「定義づけができている文章」というのは。

樋口:渋谷陽一の言葉を借りれば、「カバーは発明の母である」といったような。ビートルズだってストーンズだって、カバーアルバムからのデビューでしょう。そんな風に出てくる言葉、いろんなフレーズが沁みていったんですね。僕は自分がない人間なんで、啓蒙してくれる人が好きなんです。「~とは、~である」みたいにガツンとした言われ方が。

――そうした影響があって、卒業後は雑誌の編集者に。

樋口:アルバイトから紛れこんでいったんです。当時入ったのはエロ本雑誌の編集で、来る日も来る日もエロ本を作っていました。同じ系列の出版社のほうが、わりと映画や音楽の本を作っていたので、いつかそっちを作りたいなあと思いながら。でも自分の知識が浅いと分かっていたので、日々映画を観たり本を読んだりして。

――そうした雑誌を作った経験が、後に樋口さんの小説『日本のセックス』につながっていくんですねえ。編集の仕事はかなり忙しかったのではないですか。

樋口:大変だったけど、楽しかったですよ。確かに、新潮社に入社していたら『日本のセックス』は書けなかった。そもそも僕が新潮社に入れるわけないんですけど。

――観ていた映画というのは。

樋口:映画は子供の頃から好きだったんです。ジャッキー・チェンとスピルバーグが入り口でした。今はなき池袋日勝地下で、『クレイジーモンキー 笑拳』とか『スネーキーモンキー 蛇拳』とかの3本立てを観ましたね。スピルバーグは子供の頃に『ジョーズ』や『未知との遭遇』、そして『E.T.』あたりから入っていって。『rockin'on』を読むようになってからは、映画のレビューを読んでそこから勉強していくことが多かったんです。90年代に入って北野武の初期の"死に急ぐ"四部作にハマって、あとはNHK-BSでむかしの日本映画がいっぱい放送されていたので、それで川島雄三や成瀬巳喜男といった50年代の日本映画を観て、なんてすごいことか、と。そうした文学系っぽいものもあれば、『沓掛時次郎 遊侠一匹』の加藤泰や三隅研次といった娯楽映画にもハマっていきました。もちろん石井輝夫も!

――編集の仕事は、途中から社員になったのですか。白夜書房で『みうらじゅんマガジン』の編集長を務めてらしたんですよね。

樋口:契約社員ですけどね。仕事の内容はバイトの頃から変わらなかったです。最初はコアマガジンにいたんですけど、途中で系列の白夜書房に移りました。みうらさんにお願いして雑誌を作るようになったのは10年過ぎたぐらいから。コアマガジンに9年、白夜書房に4年いました。

――読書生活はいかがでしたか。

樋口:その頃本はあまり読んでいなかったかな。だから芥川賞受賞作も、一時期の作品は読んでいないものがあって虫食いになっていたりします。純文学とは別に、面白そうだなと思うものは手にとっていました。ああ、でも近年は四方田犬彦さんに影響を受けました。編集者時代の終わりに2年間、明治学院大学の四方田さんの授業に週2コマ、聴講生として通わせて頂きました。レポートも出したしテストも受けましたし、ゼミにも参加しました。白夜書房では企画が通らなかったので、彩流社という出版社から『濃縮四方田』という本も編集させてもらいました。四方田さんは映画史家としても素晴らしいし、とにかくエッセイがいい。『先生とわたし』は四方田さんが東京大学に在学中に由良君美と出会って、それに関わる師弟論が書かれているんですけれど、これが本当に素晴らしくて。『ハイスクール・ブッキッシュライフ』や『ラブレーの子供たち』とか大好きです。啓蒙してくれる方が好きなんですね。勉強ができて頭がいい人。そういう人でいうと、他には町山智浩さんです。今出ている僕の本は全部、町山さんがいなかったら書けなかったと思う。『トラウマ映画館』なんてすごいですよ。小学校の頃に観た映画で、その後ビデオにもDVDにもなっていないものをその時の記憶で書いていたりするんです。あの考察力、読み手を導いていく力にはまったくかなわない。

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