第114回:樋口毅宏さん

作家の読書道 第114回:樋口毅宏さん

2009年に『さらば雑司ヶ谷』でデビュー。スピード感あふれる展開、さまざまな映画や小説作品へのパスティーシュを盛り込んだ斬新な手法で読者を翻弄する樋口毅宏さん。最近では『民宿雪国』が山本周五郎賞の候補になるなど注目度が高まる彼は、どのような作品に触れながら小説家への道を辿ったのか。小説同様スピード感あふれるしゃべりっぷりをご想像しながらお楽しみください!

その4「パスティーシュに満ちた作風」 (4/4)

民宿雪国
『民宿雪国』
樋口 毅宏
祥伝社
1,512円(税込)
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人間臨終図巻〈1〉 (徳間文庫)
『人間臨終図巻〈1〉 (徳間文庫)』
山田 風太郎
徳間書店
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人間交差点 (1) (小学館文庫)
『人間交差点 (1) (小学館文庫)』
矢島 正雄,弘兼 憲史
小学館
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不機嫌な果実
『不機嫌な果実』
林 真理子
文藝春秋
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群青の夜の羽毛布 (幻冬舎文庫)
『群青の夜の羽毛布 (幻冬舎文庫)』
山本 文緒
幻冬舎
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ルポ十四歳―消える少女たち (講談社文庫)
『ルポ十四歳―消える少女たち (講談社文庫)』
井田 真木子
講談社
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感傷旅行(センチメンタル・ジャーニィ)―Tanabe Seiko Collection〈3〉 (ポプラ文庫)
『感傷旅行(センチメンタル・ジャーニィ)―Tanabe Seiko Collection〈3〉 (ポプラ文庫)』
田辺 聖子
ポプラ社
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さくらの唄(上) (講談社漫画文庫)
『さくらの唄(上) (講談社漫画文庫)』
安達 哲
講談社
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――その後、次々と新作を発表されていますよね。

樋口:次に書いたのが『民宿雪国』だったんですが、出版は『日本のセックス』が先になりました。その後で『雑司ヶ谷R.I.P.』ですね。ひとつ書いたらその反動で、前作と違うものを書こうといつも思っています。僕の好きな作り手、小沢健二も北野武もプライマル・スクリームというイギリスのバンドも、作品ごとに毎回まったく違うスタイルのものを発表している。自分もそうありたいと思っているんです。

――1日のサイクルは決まっているんですか。

樋口:〝規則正しく不規則〟です。最近は朝の4時5時に寝て、お昼の12時くらいに起きる生活が続いています。書く時間は決めてはいないんですが、最低ノルマは400字詰め原稿用紙で1日4枚以上と決めています。もうちょっと書けるという時でも、続けると次の日疲れてやる気をなくすのでは意味がないので、余力を残すように心掛けています。マラソンだって10キロ走ったから次の日は休んでいい、ということにはなりませんよね。必ず1キロか2キロ、雨が降っていようが台風がこようが、毎日走ることが大切です。書いている間は、資料は読むけど、他の小説は読めないんです。だから今、読みたい本がたまってしまっていて。

――作品の巻末を見ると、影響を受けた作品、人物がずらりと列挙されていますね。

樋口:正直に書いているだけです。感謝感激の気持ちなんです。好きな人の好きなものを引用するのはオマージュで、好きでもないのに引用するのはただのパクリ。僕の本を読んでいいと思った方は、ぜひこちらを見てください、読んでください、聴いてください。僕のものとは比べ物にならないくらい面白いから、という気持ちです。よく見ると毎回のように出てくる人物や作品がありますね。つかこうへい、白石一文、町山智浩、石原慎太郎、なんといっても僕にとってのバイブル、山田風太郎の『人間臨終図鑑』と、漫画の『人間交差点』...。

――林真理子さんの『不機嫌な果実』など、意外な作品名も。

樋口:林さん大好きです!『不機嫌な果実』がいちばん好き。すっげーと思いました。『初夜』もノックダウン。これは男には書けないやって。山本文緒さんも大好き。だーい好き。いちばんは『群青の夜の羽毛布』です。僕がいちばんすごい編集者だと思っている見城さんが『アエラ』の芥川・直木賞に問題を提議するという企画があったときに、「芥川賞にふさわしい品は何ですか」という質問に『群青の夜の羽毛布』って答えていたんです。見城さんがそこまで言うなら読んでみようと思って読んでみたら、もうズブズブ。もちろん『ブルーもしくはブルー』や他の作品も好きですよ。『落花流水』は、あそこに出てきた人たちは今頃どうしているんだろうって今でも時々思う。僕はツイッターをやっていて、山本さんもツイッターなさっているのは知っているんですが、恐れおおくて声がかけられません。女流作家ではこのお2人がぶち抜けて大好きです。

――有吉佐和子さんがお好きだという話も以前おうかがいしました。

樋口:そうです、有吉佐和子さん。あと井田真木子さん。『プロレス少女伝説』や『十四歳』(文庫タイトルは『ルポ十四歳』)も大好き。いつ読み返しても心が震える。はやくに亡くなられたのですが、お会いしたかったなあ。今回『雑司ヶ谷R.I.P.』を書くにあたっては、山崎豊子さんや吉屋信子さん、田辺聖子さんの影響が強かった。田辺さんは『感傷旅行(センチメンタル・ジャーニィ)』など、ちょっとしかかじったことがなかったのですが、『ゆめはるか吉屋信子』を読んでなんてすごい人なんだろうと思いました。他に影響が濃い人というと、梁石日さん、編集者時代に担当だった荒山徹さん、小林信彦さん...。ミュージシャンでいったら松本隆、泉谷しげる、それにもちろん小沢健二、あと、なにげにスチャダラパーなんだよなあ。

――漫画では『さくらの唄』が何度も挙がっていますね。

樋口:漫画家では手塚治虫が神なんですが、オールタイムベスト1は安達哲さんの『さくらの唄』です。『ヤングマガジン』で連載していた漫画で全3巻。市ノ瀬利彦くんという郊外に住む平々凡々な高校生の物語です。手塚の『ブラックジャック』や『火の鳥』シリーズ、もっとも好きな『奇子(あやこ)』や『きりひと賛歌』、『MW(ムウ)』をおさえて、これが僕にとっての漫画1位。ペンネームを決める時も、市ノ瀬利彦にしようとしたんです。そうしたら白石さんと郡司さんが「樋口くん、いいかげんにしてよ」みたいな。普通の高校生の話なのに、3巻からいきなり成年コミックになるんです。主人公が大きな事件に巻き込まれていく。『さくらの唄』とは別に、この10年間の僕のベストは古谷実さんの『ヒミズ』です。自分のことをクズだって思っている中学生が主人公。クズはクズを殺さなければいけないと思い至っていきます。古谷さんは『行け!稲中卓球部』が有名ですよね。ギャグ漫画を描いていたんですけど、4作目の『ヒミズ』の途中からいきなりシリアス路線に変わるんです。それ以降、『シガテラ』『ヒメアノ~ル』『わにとかげぎず』って、意味がまったくないタイトルでシリアスな内容のものを描いていくんですが、おそろしいアベレージなんですよ。最近驚いたのが、今日本の生きている漫画家のなかでいちばん信用している古谷さんの『ヒミズ』を、今日本でいちばんすごいと思っている映画監督、園子温が撮ることになったことでした。

――信用できる、というのは。

樋口:1作だけ面白い人というのはたくさんいると思うんです。2作面白かったらもう、信用できる。3、4作面白かったら神以上。それが白石一文であり、つかこうへいさんであり、梁石日さんであり、古谷実さんなんですね。音楽でいうと小沢健二。そうした人たちを読んだり聴いたりして頂けると、〝樋口毅宏〟の作り方がわかります。

――『雑司ヶ谷R.I.P.』で強く影響を受けている作品は何ですか。

樋口:『ゴッドファーザーPARTⅡ』と山崎豊子の『花のれん』。そこに田辺聖子さんの『ゆめはるか吉屋信子』など。それだけにしておけばいいのに漫画の『グラップラー刃牙』が入っているんですよね。トゥーマッチにして暴走してます。こんな馬鹿なのを書くのは俺しかいないんだからいいよ、と自分に言い聞かせながら。

――なるほど、それは読むとよく分かります。ただ、白状しますと、自分は小説の中の細かな引用はほとんど把握できておりません、すみません。

樋口:読んで面白いと思ってくれたらそれでいいんです。でも気づいてもらえるとやっぱり嬉しい。『雑司ヶ谷R.I.P.』の第四部のタイトルの「アイ・アム・ザ・レザクション」はストーン・ローゼズという、かつてイギリスで一大旋風を巻き起こしたバンドの代表曲なんです。「僕は復活。そして生命そのもの」。聖書からの引用ですね。そこに気づいてもらえるのは嬉しい。(ぱらぱらと本をめくりながら)他には380ページの「窓の外には強い雨が降っている」~「口笛が聞こえてくる。」の部分は、泉谷しげるさんの「裸の街」という歌詞から。この「裸の街」もむかしの映画のタイトル。泉谷さんもオマージュを捧げている。『さらば雑司ヶ谷』だと、例えば...(ぱっとめくって)37ページで言うと、「杉木立の中に立つ文化的な十階建ての病院は~」というところの描写は、『私が殺した少女』。で、その後の「若っ、若じゃありませんか!」というやりとりの部分は、『つかへい腹黒日記』の影響。そんなのだらけ。

――うわ、やはり全部は気づかないかも...。さて、7月には新作の刊行がひかえているそうですね。

樋口:徳間書店の『問題小説』に掲載したものなんですが、『テロルのすべて』という本を出します。これは190枚と短いです。担当さんと話し合ったんですよ、他に短編を足すかどうか。でも、この物語はこれだけですごくインパクトがあるし、他のものと混ぜないほうがいいということになって。『さらば雑司ヶ谷』が350枚、『日本のセックス』が700枚、『民宿雪国』も350枚、『雑司ヶ谷R.I.P.』は800枚あるから、次は短くてもいいんじゃないかということになって。一人称でストレートに進んでいく話です。

――テレビを見ていて非常に怒りを感じたことがきっかけだったとか。

樋口:そうですね。広島長崎についての物語です。以前からずっと腹に据え兼ねていました。だけどアメリカではヒロシマ、ナガサキについて知らない人も多い。がっくりきますよね。ビンラディン殺害のニュースがありましたが、それ以前からずっと、アメリカが世界の警察きどりになっています。そういうことへの怒りをこめて書きました。もうね、刊行されたら間違いなく公安に目をつけられるような内容です、はい。

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(了)