作家の読書道 第115回:高野和明さん
膨大な知識と情報と現実問題を織り込んだ壮大な一気読みエンターテインメント『ジェノサイド』が話題となっている高野和明さん。幼稚園児の頃に小説を書き始め、小学生の頃に映画監督となることを決意。そんな高野さんに衝撃を与えた作品とは? 小説の話、映画の話、盛りだくさんでお届けします。
その3「映画の道に進む」 (3/6)
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――そこからまた、周囲の状況が変わっていくんですよね。
高野:うちの親父は子供を医者にさせたがっていたんです。こっちは映画監督になりたいわけですが、親の目を欺くために一応理系の勉強をして、浪人時代の秋くらいに城戸賞の最終選考に残って、東宝映像の専務さんから映像化の打診をいただいたんです。そこでようやく親父が折れまして。ただ、その話は、自分が監督となって映画にしたかったんですけれど、先方はテレビドラマの脚本でいきたいということで、うまくまとまらなかったんです。でもその専務さんが、この若いのをどうにかせんといかんと思ってくださって、それで岡本喜八監督を紹介してくださいました。大学には進学しましたが、映画のほうで忙しくなってしまって除籍となりました。
――実は高野さん、それまで岡本監督の作品は観たことがなかったんですよね。そう素直に言ったら監督の奥様が笑ってらしたとか。
高野:そうなんです(笑)。ちょうどその時期に池袋の文芸坐地下という映画館で監督さんの特集上映があったんです。そこで『大菩薩峠』を観て、物凄い衝撃を受けました。途轍もない人に弟子入りしたんだという興奮で身震いしました。
――弟子入りしたいという人なんて、山のようにいたでしょうに。
高野:監督さんが城戸賞に応募した脚本を読んでくださって、こいつなら、と思ってくださったようです。ところが、これはかなり後になってから思い出したことなんですが、赤川次郎さんの『幽霊列車』を、監督さんがテレビ・ドラマとして演出されていて、それを中学の時に観ていたんです。しかもドラマの導入部があまりに鮮烈だったので、城戸賞の応募作にその手法を使わせていただいていたんです。すごい偶然ですね。弟子入り後は、企画書を書かせてもらったりしながら、撮影現場で働くことになりました。最初はテレビのドキュメンタリーのADになりました。その次の監督さんの『ジャズ大名』の時はとってもハードでしたね。とにかく睡眠時間がないので、歩きながら寝るんです。1歩目で眠りに入って、2歩目で眠り、3歩目で起きる。また1歩目で眠りに入り...と、1、2、3のリズムで歩いていました(笑)。85年から現場の仕事をはじめたわけですが、その後は助監督にこだわらず、あえていろんなポジションをやらせてもらいました。助監督は演出部ですが、制作部にいったり、スチールカメラをやったり、メイキングの演出をやったり。
――本を読む時間はありましたか。
高野:はい。ジェフリー・アーチャーの『ロシア皇帝の密約』や、あとは『A-10奪還チーム 出動せよ』といった一気読みの冒険小説ばかり読んでいた時期がありました。その後、89年から91年までアメリカに行くことになります。
――アメリカに行ったきっかけは何だったんでしょう。
高野:ハリウッドの映画人のインタビューを読んでいると、監督だけでなく脚本家もプロデューサーも俳優も衣装も美術も、みんなストーリーテリングが大事だと言う。しかし、その言葉が何を指しているのかが分からなかった。それでアメリカに行かないと、と思ったわけです。ロサンゼルス・シティカレッジの映画科、シネマコースに入りました。行ってすぐに撮影現場に出くわして「見学させてくれ」とお願いしたら、手伝いに呼ばれるようになりまして、向こうの撮影現場でも働くという幸運に恵まれました。カレッジでは、結局は自分が独学で学んだことをなぞることとなりました。でも、アメリカの映画産業の裾野の広さは思い知らされましたね。生徒一人につき一室、編集室が与えられるんです。そこで16ミリ編集の機材が全部使えました。有り難かったのは、そうした個人ではできない実習の部分ですね。他には、座学は理屈っぽくて敬遠してたんですが、映画史の授業は案外勉強になりました。本は、アメリカに行く前から立花隆さんを読むようになっていたので、アメリカでもリトル・トーキョーの紀伊國屋や旭屋書店で買って読んでいました。
――ストーリーテリングに関してはどうでしたか。
高野:行って半年くらい経った頃、『タクシードライバー』のビデオを借りて観ていた時に突然分かりました。瞬時に悟った、会得したという感じ。今でも核にあるのはそれです。
――なんと。どうか私にも分かるように説明してくださいませんか。
高野:言葉にするのは難しいんですが...。『タクシードライバー』は、主人公の主観的な、ものすごく異様な世界を見事に描ききっています。それまでこちらは、脚本や撮影技術、編集技術なんかを身に付けてきたわけですが、技術的な面からこの映画を観ると、演技を含めたすべてのパートが変なことをしているのが分かる。映画のオープニングなんか、ホラー映画そのものです。で、何のためにそんな変なことをしているのかと考えた途端、それこそがあの異様なストーリーを語るためのもっとも効果的な手段だったということに気づいたんです。すべてのスタッフ・キャストが、『タクシードライバー』という一編のストーリーを物語るために、数ある選択肢の中から最善の手法を選んだ結果が、変則的な技巧だったということです。それが見事に合わさって、作品全体の異様さとなって結実している。技術面の分析と、映画全体の印象が、寸分違わずに一致したと言えばいいんでしょうか。あの映画の作り手たちは、それぞれの技術を使って見事にストーリーを語っていた、つまり見事にストーリーテリングをしていたんです。逆にいうと、作り手が「ストーリーを語る」という最終目標を常に自覚していないと、場当たり的に技術を使って失敗します。登場人物の会話に観客の注意を集中させなければならない場面なのに、やたらと美しい画作りをして風景のほうに関心を逸らしてしまうとか。ストーリーテリングに関してもう一ついうと、岡本監督から教えていただいた様々なことが、実はストーリーテリングにつながっていたと後になって分かりました。小説を書いている今でも、監督さんの教えが耳元に蘇ってくることがあります。「部分で全体を語れ」とか、「大切なのはテンポ」とか。他にも、映画の撮影や編集の技術が、小説の文体というものに対応していたりと、映画作りで身に付けた技法は、意外な形で、驚くほど小説にも使えます。