第115回:高野和明さん

作家の読書道 第115回:高野和明さん

膨大な知識と情報と現実問題を織り込んだ壮大な一気読みエンターテインメント『ジェノサイド』が話題となっている高野和明さん。幼稚園児の頃に小説を書き始め、小学生の頃に映画監督となることを決意。そんな高野さんに衝撃を与えた作品とは? 小説の話、映画の話、盛りだくさんでお届けします。

その4「どん底の中で小説執筆を再開」 (4/6)

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――91年に帰国してからは、どのような生活になりましたか。

高野:知り合いの制作会社に出した企画が『火曜サスペンス劇場』に通って脚本家デビューとなりました。ただし放映の順序から言うと、2番目に書いた作品がデビュー作ということになります。谷村志穂さん原作の『蜜柑と月』というドラマです。ここから脚本家をしながら監督へのチャンスをうかがったんですけれど、そんな機会は来なかったですね。脚本家時代の大きな出来事は、たぶん93年だったと思うんですが、宮部みゆきさんの『火車』と『魔術はささやく』に大変のめりこんで、ああ、小説を書きたい、と思ったこと。でも脚本と小説は技術的に違うところがあるので、小説を書くのは脚本家にはマイナスに作用すると思ってその時は気持ちを抑えたんです。で、95年くらいから人生は坂道を転げて落ちていくんです。96年には底の底になりました。監督への道は開けず、立て続けに原稿料を踏み倒され、電車賃すらないような生活で、さらに父親は死ぬし。そこで小説を書いて一発当てようという気持ちになって、中1の時から20年ぶりに書きはじめるんです。今にして思うと、『火車』と『魔術はささやく』という2冊の本が、「あなたも小説を書いてみたら?」と誘ってくれたような感じがしますね。

――そこから応募生活を。

高野:96年に書きはじめて、1年がかりで書いた長編を新潮社の賞に出して落ちました。結果が文芸誌に出ることを知らなかったので、気づいたらその年の受賞作が書店に並んでいて自分が落ちたことを知りました。合点がいかず、これは反則なんだそうですが、手直しした同じ作品を横溝正史賞に、別の短編を『オール讀物』の新人賞に応募して、どちらも落選。で、98年にいったん小説を書く生活は終わるんです。99年から突然、脚本で忙しくなりまして、そこから2000年の秋まで、ずーっと仕事をしている状態でした。もうフル回転で、これ以上は書けませんというくらい書いたんです。でも収入はサラリーマンの平均年収と同じでした。

――そうなんですか。脚本家って高収入のイメージがありますが。

高野:それはテレビの連ドラを書くくらいにならないと。Vシネマなんかだと、それほどの収入にはならないですね。とにかくそれで、2000年の秋に、それなら乱歩賞に応募しちまえ、と思ってまた小説を書きはじめました。それが『13階段』だったんです。

――2001年の江戸乱歩賞受賞作となるわけですね。死刑の問題を扱った作品ですが、刑法などの知識は脚本家時代に得ていたわけですか。

高野:ミステリ系の脚本家は、刑法や刑事訴訟法、警察・検察の動きなどに関しては勉強していますね。もちろん、『13階段』の時にもあらためて勉強しましたけど。

――そしてこの受賞作が、大ヒットとなったわけです。

高野:当時は他人事といいますか、キョトンとしていました。それに、10年間脚本家をやっていましたから、次にヘタなものを書けば後がないという、こうした仕事の厳しさは分かっていた。なので「次をどうしよう」という気持ちが強かったですね。

――もう脚本家はやめて小説家でやっていこう、と決意されたのですか。

高野:いや、なんとかして映画監督になれないかと(笑)。もちろん小説を書くとなれば、そちらに集中しますけど。『13階段』以降、仕事で受けて書いた脚本は2本しかないです。小説に関しては、乱歩賞というのは大変な賞ですから、この名に恥じないように頑張らなくちゃと思っていました。しかし後から思うと、謙虚になりすぎたのではないかという反省もあります。勢いに乗って自信満々でやったほうがよかったなと思う部分もあるんです。謙虚になると、創作上の自分の決断にも迷いが生じてしまう。「俺は面白いと思っているんだ、どうだ」というノリで書くほうが、作品に宿る力が強くなるような気がします。

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