第118回:桜木紫乃さん

作家の読書道 第118回:桜木紫乃さん

北海道を舞台に、そこに生きる人々の姿を静謐な文章でつづる作家、桜木紫乃さん。釧路で生まれ育った少女が、ある日アパートの一室で見つけた一冊の文庫本とは。読めばいつだって気合が入るという小説や漫画とは。大好きな小説と作家、意外な趣味(?)、さらには一人の女の波乱の人生を描いた最新作『ラブレス』についてもおうかがいしました。

その4「最近の読書生活&新刊『ラブレス』」 (4/4)

エレクトラ―中上健次の生涯 (文春文庫)
『エレクトラ―中上健次の生涯 (文春文庫)』
高山 文彦
文藝春秋
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軽蔑 (角川文庫)
『軽蔑 (角川文庫)』
中上 健次
角川書店(角川グループパブリッシング)
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千年の愉楽 (河出文庫―BUNGEI Collection)
『千年の愉楽 (河出文庫―BUNGEI Collection)』
中上 健次
河出書房新社
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暗渠の宿
『暗渠の宿』
西村 賢太
新潮社
1,512円(税込)
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二進法の犬
『二進法の犬』
花村 萬月
光文社
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男たちの挽歌 ブルーレイBox-Set [Blu-ray]
『男たちの挽歌 ブルーレイBox-Set [Blu-ray]』
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ホリデイ 【プレミアム・ベスト・コレクション\1800】 [DVD]
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ラブレス
『ラブレス』
桜木 紫乃
新潮社
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――今、1日のうちの執筆時間や読書時間は決まっていますか。

桜木:執筆時間は亭主が仕事に行って子供たちが学校に行った後。午前中がいちばん能率が上がります。本は寝る前ですね。最近は、ずっと気になっていたんですけれど怖くて手をつけられなかった中上健次さんを読んでいます。まず『エレクトラ』を読んで、『軽蔑』など比較的最近のものから始めました。詩だと思いましたね。削いで削いで削ぎ落した文章が詩のようで素晴らしい。読んでいる私が息苦しくなるくらいですから、書くほうはもっと酸素の薄い、苦しいところにいたんじゃないかと思うんです。『千年の愉楽』なんてひとつの短編を読むのに2時間くらいかけてしまう。書いたスピードもゆっくりで、時間をかけて練りに練ったんじゃないかと思うんです。それと最近気になっているのは西村賢太さん。『暗渠の宿』を読んですごい世界だなと思いました。これぞ小説だ、って。萬月さんの暴力とセックス描写を読んだ時のような、この美しい文章で書かれたらどんな世界も美しくなるんだという思いがよみがえりました。

――そうして今でも『笑う山崎』で初心を取り戻し、『羊の目』でスイッチを入れ...。

桜木:スイッチを入れるために、伊集院さんが出演された「情熱大陸」の録画も見ますね。最後のところの「世界ってのは広いんだよ」というのを聞いて「よっしゃー!」と思う。

――最後に"とっておき"というバーでお酒を飲みながら語っているところですね。

桜木:そうそう! 去年だったかにパーティの会場ではじめてご挨拶した時にド緊張のあまり名刺を2枚出して1枚返されまして。でもその時「あなたは大丈夫だから」っておしゃってくださったんですよ。新人みんなに言っているのかもしれませんが、もう何が起こったか分かりませんでした。それを見た人たちがみんな笑っていて、編集者に「あんなに舞い上っている桜木さんは初めて見ました」と言われました。真に受けて励みにしております。

――もしも花村萬月さんにお会いする機会があったら、そこでも舞い上りそうですね(笑)。

桜木:先日ある編集者さんと萬月さんが好きだという話をしていて「この1冊というのはどれですか」と訊かれて『二進法の犬』と答えたら「僕が担当した本です」って。この狭いようで広い業界の中で、自分が本当に好きだった本を作家に書いてもらった人に出会えるなんて! 小説を書いていたからお会いすることができたんですよね。諦めなくてよかったなと思います。そういうひとつひとつの出来事が、書こうって気持ちを盛り上げてくれます。そうそう、娘は乾ルカちゃんのファンなんですよ。北海道出身同士なので新刊を送りあったりしているんですが、「娘がファンなのでサインをくれないか」とお願いしたら、名前入りで送ってくれたんです。そうしたら「ママが小説を書いていて本当によかった」って。複雑な気持ちです(笑)。

――映画もよくご覧になるのですか。

桜木:好きな作品を挙げるとすると、『ハバナ』、『ゴッドファーザー』、『レオン』、『ニキータ』...。

――バイオレンスが描かれているものが多いのでしょうか。

桜木:そうかもしれません。『男たちの挽歌』のDVDボックスも持っていますし...。あと、近年はジュード・ロウが好きなんです。胸毛さえなかったらおつきあいしたいくらい(笑)。キャメロン・ディアスも出てくる恋愛映画の『ホリディ』に出てるジュード・ロウが大好きなんです。

――新刊の『ラブレス』は、百合江さんという一人の女性の生き方に圧倒されました。自分の価値観を持って生き抜いた人だと思います。標茶の開拓村で育ち、16歳で旅芸人の一座に加わり、そこからも波乱万丈。彼女を支えるのが床屋に嫁いだ妹の里実ですね。

桜木:『硝子の葦』を書いた後に編集者に「次は姉妹でいきますか」って言われたんですよ。ぱっと浮かんだのが老いた姉妹。それに、10年ほど前から頭にあったけれども手がつけられなかった物語も思い出したんです。それが旅の一座に加わる女の人の話だったんですが、視点をどこにおいたらいいのか分からなくて書けなかったんですね。今回は百合江の視点で昭和のパートを書きつつ、姪の視点での平成のパートを入れていきました。昭和の謎を平成のパートで、平成の謎は昭和のパートで解けるように考えました。姉が自由でぼーっとしていて、妹がしっかり者というのは自分と妹がそうなので(笑)。

――当時の開拓村の様子などは取材をされたのですか。百合江たちの母親のハギは最初存在感が薄いですが、後半になって泣かされました。

桜木:私は開拓三世なんですよ。百合江たちが暮らしていた開拓小屋は、おばあちゃんの家そのまんまです。貧しくはあったけれど、それが普通のことだったのでオビに「極貧」と書かれて驚きました(笑)。亭主の女遊びやギャンブルや借金といった話も書いていますが、それもよくあることですし。ハギに関しては、大福のシーンがよかったと多くの方が言ってくださって嬉しいです。

――読み手からすると百合江さんには困難ばかりが降りかかって、読んでいて胸がつまる部分もありました。でも彼女自身はいつまでも嘆いてはいないんですよね。

桜木:人からは不幸に見えても、本人が折り合いついていればそうではないんですよね。百合江は自分が不幸かどうか考えるよりも先に、前に進んでいこうとする人なんです。"愛情"と"縁"の線引きもできている。"愛"があっても"縁"がない場合もあれば、その逆もあるし、"縁"があって最後に"愛"が生まれてくることもある。その人の人生がどうだったかとか、"愛"があるかどうかとかって、最後になるまで分からない。最初のうちに無理にああだこうだと言語化することはないと思うんです。

――桜木さんは北の土地を舞台に、生きづらさを抱えた人を描いている印象があります。

桜木:他の土地のことが分からないんですよ。やはり景色の中で動く人を書いていたいと思うので、見たことのない空は書けない。なのでどうしても舞台が北海道になります。生きづらさというのは、逆に生きやすく生きている人に会ったことがないからですね。特別意識はしていないんです。ダメ男がよく登場すると言われるけれどそれも意識はしていないし、特別な貧乏を書いているつもりもないし。

――今後の刊行予定を教えてください。

桜木:11月に角川書店から新刊が出ます。これは心が温まればいいなと思いながら書いているものです。その次は小学館の『STORY BOX』に連載した「無縁」シリーズが出て、その後は集英社のホテルローヤルのシリーズ。連載は、新潮社の『波』で新たに始める予定があります。

――わ、お忙しいですね。

桜木:みなさんがどんなペースでやっているのか分からないので、今の自分が忙しいのかどうかも分からないんです。ただ、身体を壊さないように、ローヤルゼリーとヤクルトと青汁を飲んで頑張っています。

(了)