第130回:辻村深月さん

作家の読書道 第130回:辻村深月さん

今年の7月に『鍵のない夢を見る』で直木賞を受賞した辻村深月さん。幼い頃から本に親しみ、小説家に憧れてきたという辻村さんは、どんな作品を読み、何を感じてきたのか。また、作品に描く地方都市の人間関係や思春期の息苦しさは、ご自身の体験と重なるところはあるのでしょうか。今回は、小説家を目指した一人の少女の成長物語としても読める読書道です。

その2「小3ではじめた書いた小説はホラー」 (2/6)

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――さて、小学校の頃に戻って、当時の読書生活はいかがでしたでしょうか。

辻村:小学校に入ったら、図書室に行けることが嬉しかったですね。それまでも町の図書館がワゴン車に絵本を乗せて近所に2週間に一度やってきたんです。そのワゴン車でさえ大興奮だったんですが、学校の図書室となると冊数も多いし絵本ではない本を借りてもいいんだ、と思って。そこでミステリの楽しさを知りました。最初は江戸川乱歩の少年探偵団のシリーズや子ども向けのシャーロック・ホームズやルパン、あとは「マガーグ探偵団」のシリーズだったと思います。そのあたりを読破しました。ほかにもいろんなものを読みましたが、やはり探偵ものを読むと読むスピードが上がるし読んでいてすごく楽しいということに気づきました。ミステリが好きだと言葉にしたわけではないけれど、自覚はしていたと思います。それで、探偵というキーワードから『エーミールと探偵たち』を手に取って、それもすごく好きで。そういえば「エ」の並びから『エルマーのぼうけん』も読む、というような興味の広がり方をしていた気がします。図書館はそうした雑多な読み方ができるところも魅力ですよね。でも、そうした影響のせいか当時自分が描く絵といえば、2階から銃声がした、といったサスペンスフルなものだったので、親は心配していたかもしれません(笑)。あとは2、3年生の頃に星新一さんとも出合いました。それでほのかなエロスを感じ取ったりしていました。司書の先生がすごく優しくて可愛がってくださったので、図書室によく行ったのはその先生に会いたかったというのも理由。先生からは「わかったさん」「こまったさん」のシリーズのような児童書を薦めてもらって読みました。

――自分でお話を作り始めたのも小学生の頃ですよね。

辻村:小3の時にクラスの中で講談社X文庫のティーンズハートが流行っていて、その影響を受けたものをみんなが書き始めたんです。それを見て「小説って書いてもいいんだ!」と気づいて私も書くようになりました。でも当時から少し冷静なところがあったのか、みんなが自分の好きな男の子をモデルにしたような恋愛小説を書いているのを見て、それだと長続きしないだろうなと思い、ホラーを書き始めたんです。他の子たちは交換日記の延長のような感覚で、「これってクラスの誰々のことでしょう」とお互いに読ませ合っていた中で、私のはホラーだったから誰も読んでくれなかった(笑)。それでも淡々とノート何冊かにわたって書いて、つたないけれどきちんと完成させました。このオチはないだろう、というものでしたけれど、書き上げたことは自信になりました。

――ホラーっぽい話が好きだったんでしょうか。

辻村:小野不由美さんの『ゴースト・ハント』シリーズが好きだったからだと思います。その頃、クラスのみんなもティーンズハートを読んでいたんですが、私は教室内のメインカルチャーにのれなかったんです。折原みとさんが好きだったんですけれど、クラスのリーダー的な女の子が声高に折原さんが好きと言っていて、折原さんはその子のもの、みたいな雰囲気でした。そんな時に『ゴースト・ハント』に出合って、夢中になりました。一応恋愛の要素もあって、その流れの中で話が進むのかなと思ったら、麻衣の恋愛はその当時読んでいたどの恋愛の形とも違う形になっていました。ほろ苦いんだけれども、これが幸せでないなんて誰にも言わせたくない、と思いました。こういう小説を好きって言っていいんだっていう気持ちがすごくあって、自分の気持ちと恋愛観を救ってもらった気がします。当時はそんなことをはっきり考えていたわけではなく、ただただ衝撃を感じていただけですが。なので『ゴースト・ハント』のシリーズは別格に好きなんですが、他にはコバルト文庫も好きでした。

――そちらのレーベルではどのような作品を読んでいたのですか。

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辻村:絶対的な書き手として赤川次郎さんがいらしたんです。『吸血鬼はお年ごろ』とか。それを読んでから、もっと赤川さんの本も読みたくて、大人向けの文庫を手に取るきっかけになりました。コバルトのシリーズではほかにもユーモアミステリと呼ばれるものがありましたが、毎回読んで泣いたりハラハラしたり、気持ちを寄り添わせて読んだ身としては、全然ユーモアという感じではなかったです。ユーモアって、大人がライトって意味で使っていたのかなと思う。山浦弘靖さんの星子シリーズや日向章一郎さんの放課後シリーズも町の図書館にあったので、全部そこで読みました。ポーやクリスティーも図書館にあった子ども向けのものを読みましたが、そうしたミステリとはまた別の、現代の空気のあるミステリの最初をそこで知ったという感じです。他にもコバルト文庫にはSFっぽいものもあったり時代小説っぽいものもファンタジーもあったので、そこで物語の基礎のようなものを学びました。

――辻村さんは小説や漫画の他にも、ゲームなどのエンタメにもたっぷり触れて育った方という印象です。

辻村:そうですね。子どもの頃にファミコンを買ってもらえたので。小学校1年生の時だったかな、最初に買ってもらったソフトがルパン三世のソフトだったんです。しかも『カリオストロの城』の続編になっているんですよ。クラリスがさらわれて、「ここは暗くてよく分からないけれど、どこかのお屋敷みたい」といったメッセージがルパンのところに届いて、助けにいくというアクションゲーム。もう、おかしくなるくらいやりました(笑)。これがすごくよくできていたんです。一面をクリアすると一足違いでクラリスが別のところに連れられていってしまっていて、全部で四面ある。意外な犯人、というオチまでしっかりありました。ドラクエやファイナルファンタジーといった異世界ファンタジーのRPGも好きでしたが、『女神転生』という現代が舞台なものが出たのは大きかった。悪魔を召喚して闘うという、今までのものとは違って猟奇的なところもあって、これがゾクゾクするほど面白かった。『新・女神転生』という続編がまた素晴らしくて。エンディングがいくつかに分かれるんですが、味方まで殺して外道な方法でたどり着いたエンディングが暗い雰囲気になるのは分かりますよね。でも、きれいな選択をして善人のルートを辿ってきても、それはそれで規律を守らない者は殺してもいい、といった危ういエンディングになる。それまでは私は公務員の家で育ったし教室の道徳教育で優等生なことを刷りこまれて、モラル的なことを信じきってきたんです。でも『女神転生』のシリーズから、絶対的なことはないんだということを知って、ものすごく影響を受けました。それが小学6年生の時です。

――小学生で価値観の転換を経験したという。しかしよくそこまで感じ取りましたね。

辻村:頭でっかちの子どもだったと思います。本やゲームでも誰かが「これが好き」と言った時に「自分のほうが好き」だと言うために、どう好きなのか理論武装しないといけなかった。今気づいたんですけれど、折原みとさんをとられたことがトラウマになっていたのかもしれませんね(笑)。

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