第130回:辻村深月さん

作家の読書道 第130回:辻村深月さん

今年の7月に『鍵のない夢を見る』で直木賞を受賞した辻村深月さん。幼い頃から本に親しみ、小説家に憧れてきたという辻村さんは、どんな作品を読み、何を感じてきたのか。また、作品に描く地方都市の人間関係や思春期の息苦しさは、ご自身の体験と重なるところはあるのでしょうか。今回は、小説家を目指した一人の少女の成長物語としても読める読書道です。

その6「作家になってから」 (6/6)

池袋ウエストゲートパーク (文春文庫)
『池袋ウエストゲートパーク (文春文庫)』
石田 衣良
文藝春秋
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緋色の囁き (講談社文庫)
『緋色の囁き (講談社文庫)』
綾辻 行人
講談社
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霧越邸殺人事件 (新潮文庫)
『霧越邸殺人事件 (新潮文庫)』
綾辻 行人
新潮社
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Another
『Another』
綾辻 行人
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ぼくのメジャースプーン (講談社ノベルス)
『ぼくのメジャースプーン (講談社ノベルス)』
辻村 深月
講談社
1,048円(税込)
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太陽の坐る場所
『太陽の坐る場所』
辻村 深月
文藝春秋
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ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。 (100周年書き下ろし)
『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。 (100周年書き下ろし)』
辻村 深月
講談社
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ふちなしのかがみ
『ふちなしのかがみ』
辻村 深月
角川書店(角川グループパブリッシング)
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――そこから、会社勤めをしながら書き続けていったんですよね。

辻村:平日は会社に勤めて夜と土日に書いていました。直木賞を受賞した時に「連載をたくさん受けたことが自信になった」と言いましたが、今考えてみるとこの時期も大変だったと思います。20代半ばで仕事量も増えてきて残業も多くて出張もあるなかで、毎月100枚ぐらいは書いていたんです。そう思うと、今どんなに締切が厳しくても、どうにかなると思えます(笑)。

――読書生活はいかがですか。

辻村:忙しくなってしまったので今までみたいにとりあえず読んでみる、ということができなくなりました。コレはすごく楽しみにしていた本だから、という決め打ちで読むようになりました。例えば京極さんの百鬼夜行シリーズとか石田衣良さんの『池袋ウエストゲートパーク』シリーズの最新刊が出たら「これは読んでもいいことになってた!」と自分に確認して買って帰ります。西尾維新さんはあまりに刊行ペースがはやいので読みたいのに時間がなくて、西尾さんは何も悪くないのに無意味に恨んだこともありました(笑)。今でもこの章を書き終わったら読んでもいい! などと決めながら読んでいます。いつまでたっても受験勉強の時とノリが一緒ですね。あと最近ではやはり綾辻さんは本当にすごいなと思うんです。いちばん好きだったのは長らく『十角館の殺人』で、『緋色の囁き』や『霧越邸殺人事件』に一位の座を奪われそうになったこともあったけれど、結局最初に受けた衝撃の強さで「十角館」に戻っていたんです。でも、それをわずかにおさえて今いちばん好きなのは『Another』なんですよ。いちばん好きな作家が自分にとってのベストを更新してくれるということのすごさと嬉しさを実感しています。

――どんなに忙しくても読書時間は確保しているんですね。

辻村:楽しみにしていたものを読むとその小説のリズムみたいなものが入ってきて、自分のものも書きたくなってくるので、無理をしてでも本を読んだほうがはかどる気がします。あとは、プロになったからこそ面白く読めるなと思います。

――プロになったからこそ、というのは。

辻村:プロになる前って、自分のものがプロに足りていないんじゃないかと思って、他の小説を読んでも苦しくなることがあったんです。私の場合はプロになることで人は人、自分は自分と思って自由になれました。いろんな人のものを、自分にはできないものとして100%楽しめる。はじめから誰に対しても白旗をあげて、負けてもいいって思って読むことができるんです。でももちろん、例えば同じ700円を出せば、同じレーベルで綾辻さんの本も私の本も買えるんだと思うと、おざなりなものは絶対に書けない、とも思います。自分の本を買ってくれた人に損をしたという気持にさせてはいけない、とも思う。2作目まではそういう思いでガチガチでした。よく言われる2作目のプレッシャーから解放されて完全に好きなものを書いたのが『凍りのくじら』と『ぼくのメジャースプーン』でした。

――そうした気負いや、書きたいものって、どのように変わっていったのでしょうか。

辻村:ミステリを書こうという気構えがあったので、なんというか、デビューしたての頃がいちばんファンキーでした(笑)。尖っていたんです。今は読んだ人全員に70点といわれるよりは、0点が8人いても100点が2人いるほうがいい、と思うんですが、デビューした頃は全員に100点をもらわないといけないと思っていたんです。全員が満点をくれることなんてないと分かるのに2作目までかかりました。2作目がミステリとして書けたと思ってプレッシャーから解放された時、そうだ、今こそ瀬名秀明さんを目指そうと思ったんです。つまり、ドラえもん作家の地位を瀬名さんにわけてもらおう、って(笑)。それで『凍りのくじら』は章立てにドラえもんの道具の名前を使いました。理由はそれだけじゃなくて、家族についての話なので、生活に密着して読まれてきたドラえもんを媒介にすることによって、各自が家族というものの原風景を見てくれるだろうとも思ったんです。いい意味で肩の力を入れずボールを蹴ったら今まで以上にシュートが決まった感がありました。その延長で『ぼくのメジャースプーン』を書いたので、このふたつは本当に自由にやらせてもらったなという感じがしています。

――辻村さんはこれまで、思春期の息苦しさと深い闇、それと対比するような光を描いてきましたよね。以前「ベタを恐れず救いを書きたい」とおっしゃっていましたが。

辻村:10代の頃の闇の話がしっくりこなかった大人の読者はいたんだろうなと思います。でもまさに『凍りのくじら』は、0点をつけた人もいたけれど100点もつけてくれた人もたくさんいた。私が書いてきたような10代の悩みは生き死にに関係ないように見えるかもしれないけれど、でもそこには確実に生きづらさがあるから、私はそこを抜け出る話を書いていきたいと思うんです。だから最初の頃は自分と同じくらいの年ごろの人以外は読者としてほとんど想定していなかったんです。そこにだけ届けばいいのに、上の世代の人が読んで「若いな」とか言ってくるから、だったら読まなければいいのに、と思ったりもしていました(笑)。

――読者の年齢層を広げるように意識が変わったのは2008年に出した『太陽の坐る場所』のように感じますが。

辻村:それが版元を変えたはじめての小説だったんです。活動を広げていくなら今まで通りのことじゃダメだろうから、新しい読者に向けてどうするかを考えました。綾辻さんって角川書店ならホラー、講談社なら館シリーズといったように版元によって書くものを変えているので、そのようにできないかなと思いました。それで文藝春秋から出す『太陽の坐る場所』はちょっと大人向けを意識したんです。

――同じ年に講談社から『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』を刊行し直木賞候補にもなりましたが、ここでまた読者層が広がり、そこから世界を広げていったという印象です。

辻村:『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』は講談社の100周年記念の書き下ろしだったんです。ちょうどその頃に仕事をやめて東京に引っ越すことになったので、じゃあ山梨でOLをやっていた頃に感じたことを全部出してみようと思いました。あとは、「最近の辻村の話は人が死なない」と言われていたので、まあ初期みたいにバンバン死んだりしないけれど丁寧に殺してみようと思って(笑)。この書き下ろしで壮絶なデトックスをしたことで気持ちが軽くなって、せっかく上京して専業になったことだしということで、それ以降どんどん連載を引き受けるようになったんです。版元によってテイストを書き分ける、ということはちょっとごちゃごちゃになってしまいましたね。角川書店は『ふちなしのかがみ』でホラーを書いたのに『本日は大安なり』でむしろいい話を書いたし。講談社はデビューした版元ということもあって、初期からブレずに、読後感を大事にしたいと思っています。文春だけ『水底フェスタ』など暗黒面担当というのはなんとなく固まっているかも(笑)。集英社はまだ『オーダーメイド殺人クラブ』だけなので分からないですね。新潮社は『ツナグ』であんなに泣けると言われる話を書いたので、次はどうしよう...(笑)。

――『ツナグ』はちょうど映画化もされて話題になっていますね。そして今年は『鍵のない夢を見る』で直木賞を受賞されました。受賞して何か気持ちの変化はありましたか。

辻村:選考委員の方たちに「これで好きなものが書けるね」と言われたのが嬉しかったです。前も小説を書くのが楽しかったけれど、今、書いていることがものすごく楽しい。やっぱり賞の候補に挙がっている頃は、なんとなく力が入っていたんだなって思います。今はいい意味で肩の力がぬけました。ただ、『鍵のない夢を見る』はいつも通りの仕事をいつも通り全力でやったという印象です。これが最高点、という思いでは全くなかった。あの中の「芹葉大学の夢と殺人」なんかも、いつも通りにやったら、私の中でいちばんの恋愛小説になっていた、という感覚。あの短編集は集大成ではなくて、"入口"で、あそこから自分の中で広がっていくものがある気がするんです。『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』や『オーダーメイド殺人クラブ』はそれまでの集大成という言い方をして刊行されたし、自分でもあのジャンルではあれ以上飛べないよって今はまだ思っています。でも今回、"入口"を評価してもらったことは、自分の中で意味深いです。まだまだいけるよ、って思えるから。それが嬉しいし、読者の方たちにも見ていてほしいなって思います。

――では最後に、今後の予定を教えてください。

辻村:週刊誌の『アンアン』の10月31日号から小説の連載をはじめます。『ハケンアニメ!』というタイトルです。小説誌とは違う媒体なのでいろいろ考えて、読者層にも多いという30代の働く女子を主人公にしました。『アンアン』の取材力にも頼って、アニメ業界の話を書いていきます。他に、年明けに講談社からの書き下ろしを出すことが今のところ目標です。瀬戸内海の島を舞台にした、高校生4人の話です。私にとって地方の小説は『太陽の坐る場所』『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』『水底フェスタ』という流れがあるんですが、そういうものを書いてきたからこそ、今度は明るい田舎を書こうと思います。明確に田舎を肯定できるか挑んでみたい。初期の頃の読後感のよさを支持してきてくれた人たちの期待に応えられるものにしたいなって思っています。

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(了)