第131回:東川篤哉さん

作家の読書道 第131回:東川篤哉さん

本屋大賞を受賞、大ベストセラーとなった『謎解きはディナーのあとで』の著者、東川篤哉さん。ユーモアたっぷりながら鮮やかな推理でも読ませる作風が人気を博すなか、新作『魔法使いは完全犯罪の夢を見るか?』は本格ミステリながら魔法使いが出てくるという異色作。質の高い楽しい作品を発表し続ける東川さん、やはり小学生の頃から推理小説を読んでいた模様。ミステリ好きの少年がミステリ作家になるまで、そして大ベストセラーを生み出すまでの読書生活とは?

その3「20代後半から応募生活に」 (3/5)

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東川 篤哉
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――そして、26歳の時に会社を辞めるんですよね。

東川:そうです。よく小説家を目指すために辞めたと間違えられるんですけれど、そうではなくて会社が嫌で辞めたんです。それで暇になったんですが、その頃に書店のミステリの棚を観たら、有栖川有栖さんの『月光ゲーム』が出ていたんですね。サブタイトルに「Yの悲劇'88」とあり、オビには「日本のエラリー・クイーン登場」とある。それで面白そうだなと思って読んでみたんです。それが新本格ミステリだったわけですよね。そこから綾辻行人さんの『十角館の殺人』、法月綸太郎さんの『密閉教室』、二階堂黎人さんの『地獄の奇術師』といった、いわゆる新本格の第一世代の人たちの作品を読むようになって、それで自分でも書いてみようと思ったんです。

――その頃はもう、原稿用紙ではなく...。

東川:会社員時代によかったことは、ワープロが使えるようになったこと。それでワープロを買ってきて書き始めたんですけれど、いきなり横溝のような長編ミステリを書こうとして挫折しました。全然ユーモアじゃなかったんです。挫折した後に一回再就職するんですけれど、やっぱりサラリーマン生活は無理だと思って3か月で辞めて、また小説を書き始めました。

――アルバイトをしていたものの、収入も激減したとか。

東川:4年間勤めたうちの最初の2年はまだバブル期でボーナスがよかったんです。しかも趣味もないですから、貯金は結構ありました。収入はすごく少なかったんですけれど、貯金はあるという状態でした。将来が不安なのでなるべく貯金には手をつけないようにしながら生活していました。

――長編に挫折した後は、短編を書くようになったのですか。今年、初期の短編を集めた文庫『中途半端な密室』が刊行されましたが。

東川:はじめて書いた短編が「中途半端な密室」で、鮎川哲也先生が編集をしている公募のアンソロジー『本格推理』に入選したんです。これはガチガチの本格ミステリのつもりで書いたもの。それで次の年も応募したんですが、それは落ちました。その後も『本格推理』や『新・本格推理』に応募しながら、ほかにもオール讀物推理小説新人賞や小説推理新人賞なども応募しましたが、結局採用してくれるのは鮎川先生だけでした。そういう生活が続きました。会社を辞めてから2年経った頃にはじめて『本格推理』に掲載されるんですが、そこからデビューするまでにあと6年、アマチュア作家生活が続きます。当時は短編しか書きませんでした。短編でデビューできると思っていたんですよね。長編って途中まで書いて挫折してしまった時のリスクが高いと思って。考える時間はたたっぷりあったのでネタはある程度ありましたし、なければ書かなければいいだけのことでしたし。

――将来への焦りは不安ありませんでしたか。

東川:うーん、焦りといいますか...。いつかはプロの作家になりたいという気持はあるけれど、現実にはデビューしたくてもできない人のほうが多い。つまり自分もデビューできない可能性のほうが高いから、その時はどうなるんだろう、とは思いました。でも考えてもしょうがないから...という感じでした。

――その頃の読書生活はいかがでしたか。

東川:島田荘司さんの代表作や、新本格ミステリを読んでいました。自分で書くようになってからは、あまり読まなくなった気がします。他人のデビュー作を読んでこのレベルだとデビューできるのか、という確認作業もしましたが、そういう読書は楽しくなかった。それに、傑作でデビューした人の小説を読むと、こんなものを書かなくてはいけないのかと思って暗くなりますよね(笑)。

――東川さんを暗くさせたのは...。

東川:同世代では霧舎巧さんとか。メフィスト賞でデビューされるような方の作品はそうでした。京極夏彦さんなんて読んだらもう「これじゃ全然デビューできない」って思いますよ(笑)。

――では、デビューした経緯といいますと。

東川:鮎川先生の『本格推理』って、2回以上掲載されたことのある常連投稿者が何人もいたんです。石持浅海さんや加賀美雅之さんもそうなんですが、そういう人たち10数名に、光文社から今度「Kappa‐One登竜門」というコンテストをやるので書いてみませんか、という話がきたんです。チャンスですから、それまで短編ばかり書いていたけれど、そこでまた長編を書こうと思いました。それではじめてユーモアミステリを書こうと意識したんです。

――長編だとなぜユーモアが必要だったのですか。

東川:長編は書くにはどうしたらいいか分からなかったんです。それで自分なりに考えて、殺人が起こっていろいろ手がかりを見つけて...という本筋の間を、ずっと笑いで埋めていけばいいんじゃないかと発想したんです。アマチュア時代に投稿したのも、ユーモアミステリというほどではないけれどユーモラスなところがあって、シリアスなものを書くよりもユーモアを交えたほうが書きやすいというのはなんとなく感じていたんです。だから長編を書く時は笑いを書こうと思った...というか、それしか書きようがなかったんですね。

密室の鍵貸します (光文社文庫)
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東川 篤哉
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――そして書き上げた『密室の鍵貸します』で、有栖川有栖さんの推薦を受けてKappa‐One登竜門の第一期生としてデビューが決定。その連絡があった時のことは憶えていますか。

東川:憶えていますよ。12月に光文社の鈴木さんから突然電話がかかってきて「入選しましたので会っていただけませんか」って。締切が6月末で結果は秋ごろに発表されるスケジュールだったはずなので、落ちたと思っていたんです。そうしたらいきなりそんな電話があって...。でも「よっしゃー!」というよりも「へえ~」って感じでした。意外と淡々としていたんです。

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