第134回:篠田節子さん

作家の読書道 第134回:篠田節子さん

さまざまなテイストのエンターテインメント作品で読者を魅了しつづける篠田節子さん。宗教や音楽、科学など幅広い題材を取り上げ、丁寧な取材に基づいて世界を広げていく作家は、どのようなものを読んで育ち、どのような作品に興味を持っているのか。現代社会の食をめぐるハイテク技術と、そこに潜む怖さについて斬り込んだ新作『ブラックボックス』についてのお話も。

その2「ノンフィクションから古典まで」 (2/5)

海底2万マイル (講談社青い鳥文庫 (146-2))
『海底2万マイル (講談社青い鳥文庫 (146-2))』
ジュール・ベルヌ
講談社
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とはずがたり(上) (講談社学術文庫)
『とはずがたり(上) (講談社学術文庫)』
講談社
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蜻蛉日記 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)
『蜻蛉日記 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)』
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雨月物語 (ちくま学芸文庫)
『雨月物語 (ちくま学芸文庫)』
上田 秋成,高田 衛,稲田 篤信
筑摩書房
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男どき女どき (新潮文庫)
『男どき女どき (新潮文庫)』
向田 邦子
新潮社
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――宇能作品のように、偶然の出合いで選ぶ本が多かったのですか。

篠田:好きな作家の作品を読んでいくことが多かったかな。あとは、高校生くらいになると新聞の書評をよく読むようになって、そこから選んでいました。ソルジェニーツィンがノーベル文学賞をもらった時も新聞で知ってすぐに読みましたし。あとは自然科学系のノンフィクションが好きでした。ガモフ全集とかブルーバックスといったレーベルをよく読みました。海洋学者のジャック・イヴ・クストーの『沈黙の世界』はすごく印象的だった。ただ、私は理科系ではないので、物理についても数式で理解するのではなく文字で理解していました。ロマンがありますよね、海とか、惑星とか恒星の一生とか...。文字で表現されると、容易に幻想的なものに結びついていく。今でも血が騒ぎます。宇宙よりも海のほうに興味がありますね。

――ヒッグス粒子よりもダイオウイカですか(笑)?

篠田:そうですねえ(笑)。やっぱり『海底二万マイル』の影響があるのかしら。深海に棲息しているチューブワームみたいな軟体動物とかね、ああいうものに惹かれます。

――大学に進学してからは、いかがでしたか。

篠田:日本の古典を読むようになったんです。もろに色気づいた時代でしたから。さすがに『源氏物語』は読めませんでしたが、『とはずがたり』とか『蜻蛉日記』とか、『雨月物語』とか、あと読む人は少ないけれど実は結構面白い『春雨物語』とか。謡曲集も読みました。専攻は社会心理学だったので、大学の講義とはまったく関係なく趣味で読んでいたんです。大学受験で試験に古文が出るので勉強していたので、テキストに出ているものの続きを読むようになったんですね。学校で習う古文は面白くなかったけれど、ラジオの受験講座を聞いていたりすると、それがいかに素晴らしいものかということを講師の方が熱く語っていて、多感な年頃だったので影響を受けたんです。そこから円地文子、谷崎潤一郎、ポルノ小説を書く前の宇能鴻一郎にもつながっていくんですけれど。

――円地文子さんもお好きだったんですか。

篠田:おっかけです。短編からはじまって、発表当時評判の悪かった『食卓のない家』まで、なんでも。『食卓のない家』は刊行当時、「大家がいまさらこんなテーマで」みたいな言い方をされていたんです。男性が書けているとは思わないけれど、普遍的な戦後の家庭への深い洞察がある。子どもと親、それぞれの自己責任のありようが書かれていて、ぐだぐだの親子の情でお茶を濁す最近の家族小説に比べると、はるかに斬り込んでいった作品だと思いますね。

――学生時代、小説はまったく書いていないのですか。

篠田:いえ、高校の時に現代国語の授業で小説を書けという宿題が出たことと、大学の時に物理の先生からSF小説を書けという課題が出たことがありましたね。

――物理の授業でSF小説の宿題って素敵ですね。

篠田:でしょう? 高校の宿題の時は、中世の頃の芸術家を出して、裸体を描いてはいけない時代に描いてしまって、自分が火あぶりになるか作品が火あぶりになるか...という話を書きました。物理の課題の時は過去に遡って、人間がはじめて火を手に入れるという話にしました。今考えるとやっぱり自分の原点みたいなものがありますね。恋愛小説とかは書かなかったですものね(笑)。

――卒業後は八王子市役所にお勤めになったんですよね。

篠田:社会人になってからは、どこかで自己実現しないと、と焦っていたこともあって、小説ではなく別の本を読むことが多かったかな。マックス・ウェーバーなどの社会科学系の名著を読んだり。勉強し直して、別の方向にいけたらいいなと思っていたんです。まさか小説家になるとは思っていませんでしたが。あとは美術書の翻訳ものも多かったですね。好きだったんです。国内の方では若桑みどりさんや、高階秀爾さんの本をよく読みました。

――市立の図書館勤務の時期もあったそうですが、読書生活に何か影響はありましたか。

篠田:たまたま配属されて、5年6か月働いて、別の部署に移りました。書誌情報が豊富な職場ですから、日本人作家の名前はすごく憶えましたね。コンピューターが導入されたばかりの頃で、入力された図書データに間違いがたくさんあったんです。よく憶えているのが「男ドキドキ」っていう書名が出てきたこと。なんだろうこれは、と思って。なんだと思います? 

――も、もしかして向田邦子さんですか。

篠田:そう。『男どき女どき』がどうしたらそういうタイトルになっちゃうのか(笑)。

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