第134回:篠田節子さん

作家の読書道 第134回:篠田節子さん

さまざまなテイストのエンターテインメント作品で読者を魅了しつづける篠田節子さん。宗教や音楽、科学など幅広い題材を取り上げ、丁寧な取材に基づいて世界を広げていく作家は、どのようなものを読んで育ち、どのような作品に興味を持っているのか。現代社会の食をめぐるハイテク技術と、そこに潜む怖さについて斬り込んだ新作『ブラックボックス』についてのお話も。

その4「執筆姿勢、デビュー後の読書」 (4/5)

誕生日
『誕生日』
カルロス・フエンテス
作品社
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ドラウパディー
『ドラウパディー』
モハッシェタ・デビ
現代企画室
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兄弟 上 《文革篇》
『兄弟 上 《文革篇》』
余 華
文藝春秋
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パイの物語(上) (竹書房文庫)
『パイの物語(上) (竹書房文庫)』
ヤン・マーテル
竹書房
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香水―ある人殺しの物語 (文春文庫)
『香水―ある人殺しの物語 (文春文庫)』
パトリック ジュースキント
文藝春秋
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雑食動物のジレンマ 上──ある4つの食事の自然史
『雑食動物のジレンマ 上──ある4つの食事の自然史』
マイケル・ポーラン
東洋経済新報社
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ハチはなぜ大量死したのか
『ハチはなぜ大量死したのか』
ローワン・ジェイコブセン
文藝春秋
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――デビュー後の生活、読書傾向に何か変化はありましたか。

篠田:読書で明らかに変わったのは、それまで一冊も読んでいなかった日本のエンターテインメントを読むようになったこと。生活面では、デビューしてすぐに専業になりました。すごいでしょ。周りからも呆れられました。でも山村先生にデビュー後一気に書かないと、一度忘れ去られたら二度と浮上できないと言われていたことを素直に信じて、仕事をしながら片手間にやっていてはいけない、という気持ちがありました。

――作家仲間数人と共同でお仕事場を持っていた、というのも有名な話ですよね。

篠田:デビューして4年くらい経った頃かな、日本推理作家協会などの集まりで知り合って連絡を取り合うようになった人たちと一緒に部屋を借りたんです。自宅だと集中できないし、情報を共有したほうが幅が広がるんじゃないかという話になって。家賃も一人で払うより安くなるし、百科事典などの資料をみんなで使えるし。家で家族にうろちょろされると集中できないけれど、同業者がうろうろするのはOKなんですよね。みんなでご飯食べに行ったりもしました。転職する人、地方へ引っ越す人、自分の書斎を持てた人たちが出てきて、ずいぶん前に解散しました。

――執筆の際、資料を読み込むだけでなく、積極的に取材をなさる方という印象があります。

篠田:リアリティを出すための取材だと思われがちなんですが、実は自分の発想を膨らませるために取材をしているんです。一人の人間の頭からひねり出すものには限りがある。新しいものを摂取していかないと、タコが自分の足を食べるのと同じ状態になるし、ひとつのところに留まってしまうことになる。新しい世界を開拓していくための取材なんです。

――主人公のモデルになりそうな人には取材せず、それよりも専門家などに話を聞きにいくとか。

篠田:モデルになりそうな人に取材して書いたほうが簡単ですよね。でもそれでは普遍性がないし、トラブルの元になるんです。しっかり取材した後では、その人を悪く書けないでしょう。でも主人公にするためには、いい面も悪い面も書かなくちゃいけないですから。取材は直接本人に「小説家のこういう者ですが、著書を拝読しました。つきましては~」と手紙やメールを出す場合もあれば、出版社を通したほうがいい場合もありますね。一度大失敗をやってしまって。会社員の方に直接連絡を取って話を聞いて小説を書いたら、その相手が会社から「わが社の話を歪曲して話した」と叱責されてしまったことがあって。出版社を通してその会社に取材を申し込む、という手順を踏むべきでした。悪いことしたなあって思います。

――海外にもよく取材に行くというイメージがありますが。

篠田:資料を読みこんでいよいよ書くぞという時に、その国の空気がまったく分からない。それではじめて行く、ということが結構ありますね。書物をいくら読んでも、分からないことってあるんです。

――ところでご自身の小説に関して、ジャンルはあまり意識されていないのですか。

篠田:あまり意識していません。一応、論文じゃないんだからストーリー性があるものをとは思います。日本的な純文学でもないですね。一人称の柔らかい語り口で心境や心情を語る小説は苦手なんです。たぶん生理的なものなんです。なので、今の日本の純文学には馴染めないかな。

――ハードボイルドな一人称なら大丈夫ですか。

篠田:それも勘弁(笑)! 無駄に熱いのはちょっと。冷静な感じで、かちっと書かれている一人称は好きなんですけれどね。

――その後、面白かった本との出合いはありましたか。

篠田:どんどん雑食に磨きがかかっているんですが、中南米インド中国あたりの翻訳もののなかに、「えっ」と思うくらい面白いものがいっぱいあるんですよ。去年だとメキシコの作家、カルロス・フエンテスの『誕生日』。なぜかうちに献本として送られてきたんです。読んでみたら1行目からもう、面白いんですよ。なんだか分からないところに語り手がいて、12世紀の異端の神学者の話が時間を超えて交錯する。時間と空間と、主体と客体が入れ替わりながら進行していって、最後に謎が解けるというか、人間の位置づけが分かるんです。異様に面白い話でした。翻訳もすごくいいんですよね。もっと多くの人に読まれるといいなあと思います。あとはインドの少数民族のことを書いた時に参考文献として読んだモハシェタ・デビの『ドラウパディー』。インドの女性作家が抑圧された少数民族のことを書いているんですけれど、可哀そうな目に合ってますよ、ということを語る小説ではないんです。国内での矛盾を鋭く糾弾しながら、そこに横たわっている大きな普遍的な人間のありようを描き出している。中国の小説では余華という作家の『兄弟』という、文化大革命とその後のことを書いた上下巻もよかったですね。私自身がこのセンスで書きたいなと思っているところにピタッとはまりました。欧米以外のところにいい小説ってたくさんありますね。どうしてだろうと考えてみたんですが、平等ではない社会でトップクラスになる人間って、凄まじい知性と洞察力を持っているんですよね。『ドラウパディー』を書いた女性作家の作品の洞察力なんて素晴らしい。ああ、あと最近では映画にもなった『パイの物語』も面白かったですね。トラと一緒に漂流する男の子お話。映画はまだ観ていないんですが、原作はとてもよかったです。映画原作といえば、パトリック・ジュースキントの『香水 ある人殺しの物語』もマイブームでした。映画が面白いと聞いていたのに観る機会を逃して、それで原作を読んでみたら、こんなにすばらしい本があったのかとびっくりしました。

――ノンフィクションを読むことも多いのではないですか。

篠田:結構読んでいますね。『雑食動物のジレンマ』、『ハチはなぜ大量死したのか』とか。『飢えたピラニアと泳いでみた』は、ピラニアのいる川に入ると骨だけが浮いてくるというイメージがあるけれど、実は普段は人に攻撃してこない、ということを実際に川に飛び込んで検証する話。似たような動物観察の話がいくつか入っていて、笑えます。

――国内の現代作家の最近の作品で好きなものはありますか。

篠田:良い作家はたくさんいますが、実力からしてもっと評価されていいのにと思う人を挙げておきますね。津原泰水さんは『バレエ・メカニック』がすごく面白くて、刊行当時、もっと話題にされてよかったのにって思っているんです。私も新刊出てすぐに読んでおけばよかった。津原さんの一連の作品はみんなそうですね。『ブラバン』などニュアンスに富んだ一般小説もあるし、文学好きの方々の間でもっと評価されていいはずなんですけれども。あとは恒川光太郎さんのホラーテイストのファンタジーや、『安徳天皇漂海記』の宇月原晴明さんもいいですよね。考えてみると、女性作家がいいものを書けば、だいたいちゃんと評価されているんですよ。でも男性ではいいもの書いているのに評価されない人は結構いますよね。

――本はどうやって選んでいるんですか。あと、読書タイムや読書スタイルは決まっているのでしょうか。

篠田:面白そうな本があればネットでどんどん注文します。一日のリズムは以前は決まっていたんですけれど、この一月から、母親の認知症が進んでしまって目が離せないので不規則になっていますね。暇を見つけては本を読み、寝入ったのを確認してから執筆するという生活になっています。

飢えたピラニアと泳いでみた へんであぶない生きもの紀行
『飢えたピラニアと泳いでみた へんであぶない生きもの紀行』
リチャード・コニフ
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バレエ・メカニック (ハヤカワ文庫JA)
『バレエ・メカニック (ハヤカワ文庫JA)』
津原 泰水
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ブラバン (新潮文庫)
『ブラバン (新潮文庫)』
津原 泰水
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安徳天皇漂海記 (中公文庫)
『安徳天皇漂海記 (中公文庫)』
宇月原 晴明
中央公論新社
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