第134回:篠田節子さん

作家の読書道 第134回:篠田節子さん

さまざまなテイストのエンターテインメント作品で読者を魅了しつづける篠田節子さん。宗教や音楽、科学など幅広い題材を取り上げ、丁寧な取材に基づいて世界を広げていく作家は、どのようなものを読んで育ち、どのような作品に興味を持っているのか。現代社会の食をめぐるハイテク技術と、そこに潜む怖さについて斬り込んだ新作『ブラックボックス』についてのお話も。

その3「文章教室で学んだこと」 (3/5)

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篠田 節子
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ジュラシック・パーク〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)
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――お勤めの頃、デビュー前に小説教室に通っていたそうですが、そのきっかけといいますと。

篠田:広報のような文章を書く職場に移動するか、コミュニティー誌の記者やライターみたいな仕事ができたらいいなと思って、朝日カルチャーセンターの文章教室に行ったんです。図書館に勤務していた頃なので月曜が休みだったんですが、月曜に開講している講座は小説講座しかなかった。それでもいいやと思って申し込んだら最初の授業で講師の多岐川恭先生が「文章講座と小説講座は別モノだから」と言っていてガーン、となりました(笑)。まあいいや、と通っているうちに、書いたものをおだてられて木に登っちゃったんですよね。先生は褒めてくれなかったけれど、受講生に年上の奥様が多くて「あなた、いいものをお書きになるわね~」と言って可愛がってくださる方がいたので、その気になっちゃった。

――途中で、別の講座にうつったそうですが。

篠田:朝日カルチャーセンターは途中で多岐川先生がお辞めになってしまったんです。それでしばらくブランクがあったんですが、可愛がってくださった受講生の奥さまが四谷のフェイマススクールの山村正夫先生の教室にうつって「あなたもいらっしゃいよ」と声をかけてくださって。お金がかかるなあとも思ったんですが、幸いなことにそちらに行ってわりとすぐデビューすることができたんです。

――同じ時期に通っていた人で、デビューされた方はいましたか。

篠田:仲の良かった同期はみんな同じくらいの時期にデビューしたんです。だけど生き残るのって難しいんですよね。教室で仲良しだった時代小説家の鈴木輝一郎が石にかじりつくようなド根性で残っています。私も同じような感じ。今の新人さんたちを見ていると、デビューしたら自動的に仕事がくると思っている人が多いんですが、そうじゃないんですよね。

――教室に通ったことで学んだことはありますか。

篠田:ありますあります。多岐川先生からは、文章をこねまわしても小説はできない、基本は話を作ることだ、ということを教わりました。素人で文章に凝ってしまって話を動かせない人っているんですよね。私も一人で書いていたらそうなっていたかもしれません。話を転がしていってはじめて小説として成立するということを学びました。山村先生の教室では、長編は最後まで一気に書き上げろって。戻っては書き直して、を繰り返していると永遠に仕上がらないと言われました。それと、小説家として生きていくためには一作だけ書いて終わりじゃないから、書き続けろと言われました。新人賞を獲った後は、特に多作に徹して一気に書かないと半年で忘れ去られるから怖いぞ、だから1作で消えちゃう人が多いんだって。実際、そういう教えがあったからデビューして最初の2、3年は全然売れなかったし話題にならなかったけれど書き続けて、それで生き残ることができました。

――いや、デビュー作である小説すばる新人賞受賞作の『絹の変容』は話題になった記憶がありますが...。デビュー前に書いていたものは、傾向がはっきりしていたんですか。

篠田:朝日カルチャーセンターに通っていた頃から短編は応募していました。他に実力をはかる手段がないので、模擬テストを受けるような気分で。偏差値が出るわけではないけれど、二次に残るかどうか、最終に残るかという形でしか自分の実力が分からないので。その頃書いていたものはホラーと幻想小説です。モダンホラーの全盛期だったんですね。スティーヴン・キング、ディーン・R・クーンツ、ロバート・R・マキャモンの御三家が人気だった頃です。キングはその後自然と読まなくなってしまいましたが、あの視覚描写はすごく勉強になりました。キングの描写力は、右に出るものはいないと思う。『シャイニング』のサスペンスが始まる前、主人公が追い詰められて鬱屈していく感じの心理描写なんかは素晴らしいなと思います。

――そういえば、SFや冒険小説は中学以降は読まなかったのですか。

篠田:読みましたよ、スタニフワフ・レムとか。小説家を志すちょっと前、20代の後半からせっせと読んでいるのがマイクル・クライトン。キングは小説家デビューした後は読まなくなったんですが、クライトンはピタッと自分に合って今までずっとファンをやっています。亡くなってしばらくたって気づいたんですが、誕生日が一緒なの。生まれた年は違うんだけれども、10月23日。もう「ブラボー!」って思いました(笑)。これだけ長く付き合った、といいますか、一方的に読んできた作家と誕生日が一緒だなんて。

――クライトンの作品は医療サスペンスから『ジュラシック・パーク』のようなものまで、幅広いですよね。どういうものが好きなんですか。

篠田:『緊急の場合は』や『アンドロメダ病原体』のあたりから読んでいますが、『緊急の場合は』はあまり......。ビジネスものも面白いんです。『ディスクロージャー』は映画にめちゃくちゃにされちゃったけれど、原作はいいんですよ。あとは『ライジング・サン』とか『エアフレーム ‐機体‐』といったあたりのものが好き。人物もストーリー運びも発想も全部いいんですが、特にビジネスものに出てくる人物の造形がすごく好き。一言で言ってしまうと、単純な善人悪人は出てこないんですよね。例えば『ディスクロージャー』でセクハラを仕掛けられた男を黙って助ける女性の上司の描き方。地味でひたすら仕事しているんだけれど、ある日証拠を揃えて突きつけてくる。適切な判断をする正しい上司なんだけど、それまでは大人しく静かな人だったっていう、その描き方のリアルさが、もう。『ジュラシック・パーク』の中に出てくる、ウォルト・ディズニーをモデルにしたと言われている財団の創始者だって、悪いことをしようとしているわけではなくて、子どもたちのために夢を実現したいと思っている部分がある。そういう人物像が面白いなと思うんです。『ジュラシック・パーク』は自分で買ったのではなく、小説教室の時に一緒だった男性から上下巻をポンと渡されたんです。「いいの?」と訊いたら「返さないでいいからね。こんなもん小説じゃないから」って言うんです。「小説っていうのは人間の喜びや悲しみ、人生そのものが描かれているものなのに、これは人間が書けていない」って。でも、具合が悪くて寝ていた時にページを開いたら、ハマって1日で上下巻を読んでしまったんです。これが小説でないと言うなんて、どんなセンスだろうって思いました。しかも、小説家を志望している人なのにね。小説観が違うんでしょうけれど。まあ、第二弾の『ロスト・ワールド』になると私も「顔洗って出直せクライトン!」と思いましたけど。でもいいんです、同じ誕生日だから(笑)。

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