第135回:新野剛志さん

作家の読書道 第135回:新野剛志さん

ツアー会社の空港支店に勤務する青年の奮闘を描いた、笑いと涙たっぷりのエンタメ小説『あぽやん』がドラマ化され話題となった新野剛志さん。江戸川乱歩賞受賞のデビュー作『八月のマルクス』をはじめ著作には硬質なミステリも多数。こうした作風の源となった読書遍歴とは? デビュー当時の話も含めて来し方をたっぷりうかがいました。

その2「海外ミステリにハマっていく」 (2/5)

スカイジャック (角川文庫)
『スカイジャック (角川文庫)』
トニー ケンリック
角川書店
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スイート・ホーム殺人事件〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
『スイート・ホーム殺人事件〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』
クレイグ・ライス
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長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-1))
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レイモンド・チャンドラー
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幻魔大戦 (秋田文庫 5-39)
『幻魔大戦 (秋田文庫 5-39)』
平井 和正,石ノ森 章太郎
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――さて、乱歩以降は、ミステリはどのようなものを読みましたか。

新野:小学校5年の時にクイーンの文庫を買ったんですが結局難しくて読めなくて、6年生くらいからようやく海外のミステリにハマっていきました。最初に手に取ったのがトニー・ケンリックの『スカイジャック』。これが本格的なミステリなんだけれどもスラップスティックコメディで。それがきっかけでユーモア系のミステリに惹かれていきました。大人になってその話を編集者にしたら「子どもの頃暗かったんですねえ」って言われましたよ(笑)。確かに暗い話は読む気になれなかった。そのあとに読んだのがクレイグ・ライスの『スイートホーム殺人事件』。弁護士のJ・J・マローンのシリーズやジャスタス夫妻のシリーズなども読みました。今思うと良質なミステリを読んだなと思います。

――ハードボイルドではなかったんですね。意外。

新野:中学生の頃に『長いお別れ』くらいは読んだと思います。でもその年頃ではいまいち分からなかったですね。格好つけてるなあ、と思うくらいで。

――どういう探偵役が好きだったんですか。

新野:わりと、どこかしら駄目な人が好きでしたね。駄目だったり、弱いところがあったりする主人公。シリーズ系ではウィリアム・L・デアンドリアのマットコブ・シリーズとか。これはテレビ局のトラブル処理の部署の人間が主人公。グレゴリー・マクドナルドの『フレッチ殺人方程式』の主人公は駄目というより、ちょっとワル。バキバキの正義の味方が苦手というわけではないけれど、どこか崩れていたりするほうが好きでした。

――どうやってそうした本を見つけたのですか。

新野:当時は書評などがあるのは知らなかった。基本的には書店です。日本の本は作者ごとに並んでいて、いっぱいありすぎて分からない。でもハヤカワ文庫の棚にいくとミステリが並んでいるから、そこから裏のストーリー説明を読んで面白そうなもの選んで買って、シリーズだったらそこから続けて読んでいきました。シリーズのなかで1作面白くないものがあっても、その後も追い続けてしまうのは大人になってからも変わりませんでしたね。ただ、翻訳ものってある程度向こうで評判になってものが入ってくるので、そういう意味では思い切り外れのものもないし、効率的だったと思います。

――その後も、読書はミステリが中心でしたか。

新野:圧倒的に多かったですね。高校生の頃はSFも流行っていたので読みました。平井和正さんの「ウルフガイ」シリーズとか『幻魔大戦』とか。どれが『新幻魔大戦』か『真幻魔大戦』か記憶が入り混じっていますが、軒並み読んでいました。

――大学生になってもミステリ中心の読書傾向は変わらなかったのですか。

新野:相変わらず海外ミステリを読んでいました。大学の頃によく読んだのはロバート・ラドラム。まとめて読んでいたんですが、ある種、ラドラムが僕の小説観を作ったといえます。小説とは何かといったら、最上級の暇つぶしだ思うんです。もちろん人生に影響を与えたっていいんだけれども、基本的には最上級の暇つぶし。ラドラムは、南米からヨーロッパまであちこちを舞台にして大きな話を作り上げていて、これは映画にはできないぞと思わせる。まあ実際には『ボーン・アイデンティティー』シリーズとして映画化されたんですけれど、あれも小説を完璧に映像化したとは思わないですし。小説って他のメディアではできない娯楽だからこそ、最高の暇つぶしなんです。どこでも読める、好きな時に読める、そして一冊の中にあれだけのものが入っている。まあ、暇つぶしで読んでいるわけですから、そんなに真剣に小説とは何かと考えたわけではなかったです。それにラドラムを続けて読んでいると、正直、飽きてくるんですよね(笑)。基本的には主人公がいつも同じなんです。スーパーマンで性格がよくて頭がよくて、でも自信がなくてヒロイン役に「あなたは最高よ」って言ってもらうっていう。その繰り返しなんですが、それでも出ている限りは読み続けました。小説ってこんなことができるのかと思うと同時に、自分には書けないなと思いました。書けないなと思ったということは、この頃すでに自分が小説を書けるか書けないか考えたことはあったわけですね。

――学生時代も、国内のものにはまったく目を向けなかったのですか。

新野:村上龍さんとかは読みました。他にも読んだけれどあまり記憶に残るほどでは...。そういえばカルチャー的なことでいうと、雑誌の『ポパイ』はよく読みました。当時はハードボイルドを紹介するコーナーがあったので、そこからちょこちょこと情報を仕入れていました。当時の『ポパイ』はカルチャー誌で、カルフォルニア特集や、テニス特集やサーフィン特集なんかもあった。サーフィンなんてやりもしないのに買っていました。いろんな情報も『ポパイ』ははやかったんです。高校生の頃にニューヨークからのリポート記事で、カリニ性肺炎にかかって死ぬ奇病が流行っているという記事を読んでそんなのがあるんだと思っていて、後になってあれはエイズのことだったんだと思い至ったことがありました。今だと雑誌名ではなく興味のある特集かどうかで買う人が多いのかもしれませんが、当時は『ポパイ』だから買う、という感じでした。

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