第135回:新野剛志さん

作家の読書道 第135回:新野剛志さん

ツアー会社の空港支店に勤務する青年の奮闘を描いた、笑いと涙たっぷりのエンタメ小説『あぽやん』がドラマ化され話題となった新野剛志さん。江戸川乱歩賞受賞のデビュー作『八月のマルクス』をはじめ著作には硬質なミステリも多数。こうした作風の源となった読書遍歴とは? デビュー当時の話も含めて来し方をたっぷりうかがいました。

その5「影響を受けた本、そして新作について」 (5/5)

飢えて狼 (新潮文庫)
『飢えて狼 (新潮文庫)』
志水 辰夫
新潮社
637円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
裂けて海峡 (新潮文庫)
『裂けて海峡 (新潮文庫)』
志水 辰夫
新潮社
637円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
テロリストのパラソル (講談社文庫)
『テロリストのパラソル (講談社文庫)』
藤原 伊織
講談社
669円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
OUT 上 (講談社文庫 き 32-3)
『OUT 上 (講談社文庫 き 32-3)』
桐野 夏生
講談社
720円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
ダーク (上) (講談社文庫)
『ダーク (上) (講談社文庫)』
桐野 夏生
講談社
596円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
顔に降りかかる雨 (講談社文庫)
『顔に降りかかる雨 (講談社文庫)』
桐野 夏生
講談社
679円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
赤朽葉家の伝説 (創元推理文庫)
『赤朽葉家の伝説 (創元推理文庫)』
桜庭 一樹
東京創元社
864円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS

――その後の生活の変化にはすぐ慣れましたか。

新野:あの時はアドレナリンが出ていて、生活が変化したとかいうことを感じている場合じゃなかった。とにかく受賞原稿を書き直さなきゃいけなくて、ひと月ぐらい毎日机に向かっていたんです。それがよかったんでしょうね。そこからだんだん冷静になっていって、3年半途切れていた人間関係を戻していきました。

――ところで、ホームレス状態の頃って本は読んでいたのですか。

新野:乱歩賞に応募しようと思っても、翻訳ものしか読んでいなかったので、日本の小説やミステリがほとんど分からない。それで、リサーチをかねて集中的に日本の小説を読み始めたんです。翻訳ものはその合間に楽しみとして読んでいました。その頃に、志水辰夫さんの初期の『飢えて狼』と『裂けて海峡』を読みました。書店のPOPに「騙されたと思って読んでみろ」とあったんですよね。刊行されてから10年以上経っていたと思うので、書店員さんが仕掛けていたんでしょうね。読んでみたら、ラドラムの時みたいにハマりました。僕が作家になれたのはそれらを読んだからと言っていい。ハードボイルドで、格好いい主人公が気の利いたことを言うけれど、ガチガチなマッチョではなくてユーモアもある...という作品なんですが、とにかく文章がきれいなんです。『飢えて狼』の北海道の原野の情景はもちろん、どの作品でも自然の情景が丁寧に描かれている。それを読んで、単にストーリーを追わせるだけでなく、情景の描写で読者を気持ちよくさせることができるんだと気づいたんです。はじめて文体というものを意識したのが志水さんの作品。あの文章を真似することはできないとは思ったんですが、小説を書きながらリズムを意識するようになりました。

――それでデビュー作がハードボイルドになったんですね。

新野:デビューしてからの3作はハードボイルドを意識して書きました。乱歩賞を目指そうとして最初に応募した年に受賞したのが藤原伊織さんの『テロリストのパラソル』で、やっぱり乱歩賞はハードボイルドがいいのかと思った頃に、志水さんのハードボイルドに出会った、ということもあったので。

――でも決してその後はハードボイルドにこだわっているわけではないですよね。『あぽやん』だってユーモアのある職業小説ですし。

新野:デビューの頃『ダ・ヴィンチ』のインタビューで「これからどういうものを書いていきたいですか」と訊かれて「ユーモアものも書きたいことのひとつ」と答えたんです。そこから『あぽやん』までずいぶん時間がかかりました。

――その後はどんなものをお読みになっているのでしょう。

新野:小説を書いている間は他の小説は読めないというか、読まないんですが、あいている時間にある種リサーチみたいな感じで売れている本を読んでいました。傾向としては、女性が書くものが好きになりましたね。桐野夏生さんとか桜庭一樹さんとか。男は胃で書いて女は子宮で書いているみたいな言い方がありますが、男は書いているうちに胃が痛くなって折れちゃうけど、女性はそれがなくて突き抜けていくのかなと思うくらい、女性が書いたものはすごいなと思いますね。桐野さんはやっぱり『OUT』の衝撃が大きかった。ミロシリーズの『ダーク』もすごかったですね。実はデビュー前にリサーチにと思って桐野さんの乱歩賞受賞作の『顔に降りかかる雨』も読みました。その当時の受賞作って法曹界の人間とかガードマンとかが主人公の業界ものが多かったりしたんですが、桐野さんの受賞作はそうした傾向とはちょっと違っていた。ああ、結局面白ければなんでもいいんだな、開き直らせてくれたのが桐野さんの作品だったんです。桜庭さんは『赤朽葉家の伝説』の世界観がすごくよかった。その前の『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』も、直木賞受賞作の『私の男』も好きです。一昨年くらいに、窪美澄さんの『ふがいない僕は空を見た』も出てすぐの頃に見てピンときたんです。買って読んだらすごくよかった。あの突き抜け具合っていうのは、男には書けないと思う。性愛を書いていても、男はどこか綺麗なところ、整ったところを残そうとしてしまう。女性はそうじゃない。そういえば窪さんの本を読んで、新潮社の自分の担当者に薦めました。

――新潮社の本を、新潮社の人に(笑)。

新野:まだ読んでないって言うから(笑)。ただ、最近は読む時間が少なくなりました。作家になってから自分の時間をコントロールするのは自分だけなので、仕事の合間に20~30ページだけ本を読むつもりでページをめくったら一気に朝まで読んでしまったりする。だからなかなか読めないというのはありますね。

――一日のタイムスケジュールは決まっているのですか。

新野:書く時は10時くらいから仕事場に行って、後はべたーっとそこにいます。集中しちゃうとやりすぎて胃を痛めたりするので、最近は気を抜く時間を作るようにしています。だいたい夜の2時くらいまでいますね。プロットを考える時なんかは、外に出て喫茶店などで書きます。今年の1月はあまりに忙しくて家に戻ったのは5日間くらいだったんですが。連載や単発の仕事が重なってしまって。

――新刊の『美しい家』は正直、あらすじ説明が難しいミステリですね。一人の四十代の男性作家が、偶然知り合った若い女性から奇妙な話を聞く。一方、一人の青年が幼い頃知り合いだった人々を訪ねている。まったく接点がなさそうに見える二人の視点人物が交互に登場して、やがて複雑に絡み合っていく。次第に、"家族"というものについて考えさせられる展開になっていきます。

新野:もともとそこまでテーマ性を考えていたわけではなかったんです。ちょうど僕自身が親の介護をしているので、自然と家族について考えざるをえないところはありました。家族というもの、親子というものの引力を感じていたんですよね。引力が働いて離れられない、そこから引き起こされた出来事の話になったと思います。

――最初の場面で、作家が知り合った女性が「子どもの頃スパイ学校に行っていた」と言い出しますよね。その奇妙な言葉の裏に、ああした真実があるとは予想できませんでした。

新野:最初にあったのはそのシーンだけだったんです。あれは僕自身の体験なんです。初対面の女性から「子どもの頃スパイ学校に行った」って言われて、えっと思ったけれども、あまりに真面目な顔をしているから「嘘でしょ?」と返せなかった。それで疑問のままになってしまったので、自分なりにその謎の解決方法を探してみたんです。

――読み終わる時にはタイトルの意味がよく分かります。切ない余韻の残る結末ですね。

新野:最近強く思うんですが、心をえぐるような小説、さきほどの話でいうならば、自分にはないけれども子宮で書いたような小説を書いてみたいんです。自分自身が折れずにどこまで書けるか、やってみたい。どちらかというと爽やかで後味のよいものを求められることが多いけれど、僕自身が読者の時、必ずしも読後感のよいものばかりを求めているわけではないんです。ぐったり疲れるような、グサリと刺されるようなものを読みたいとも思う。そして、そういった世界観のものも書きたいんです。

――では今回は、書きたかったものが書けたという感触があるのでは。

新野:そうですね。たいてい小説を書き進めていくと最初の構想からズレていくものなんですが、『あぽやん』の時だけは最初に思っていた通りに進められました。今回はどちらともまた違って、ラストの着地点がまったく決まっていなくて、自分でも探りながら書き進めていったんです。途中で思いついて取材にも行ったのに結局も使わなかったものもありました。そうしながら探りながら書いていって、あの結末に辿りついたんだ、という感触はあります。

――では最後に、今後のご予定を教えてください。

新野:Web小説中公で連載していた『カクメイ』が本になる予定です。秋くらいに出す予定なんですが、若干手直しをしようと思っているので、冬になるかもしれません。

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない  A Lollypop or A Bullet (角川文庫)
『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない A Lollypop or A Bullet (角川文庫)』
桜庭 一樹
角川グループパブリッシング
514円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
私の男
『私の男』
桜庭 一樹
文藝春秋
1,550円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
ふがいない僕は空を見た
『ふがいない僕は空を見た』
窪 美澄
新潮社
1,512円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
美しい家
『美しい家』
新野 剛志
講談社
1,728円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS

(了)