第148回:山田太一さん

作家の読書道 第148回:山田太一さん

語り継がれる数々の名台詞、名場面を生み出してきた脚本家の山田太一さん。小説家としても山本周五郎賞を受賞するなど注目されてきた彼は、どのような書物に親しんできたのか。筋金入りの読書家でもあるだけに、残念ながらすべて紹介するのは不可能。なかでも気に入った本について、ご自身の体験を交えてお話ししてくださいました。

その4「鋭く短い言葉を読む」 (4/5)

  • 欲望という名の電車 (新潮文庫)
  • 『欲望という名の電車 (新潮文庫)』
    テネシー ウィリアムズ
    新潮社
    562円(税込)
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  • アーサー・ミラー〈1〉セールスマンの死 (ハヤカワ演劇文庫)
  • 『アーサー・ミラー〈1〉セールスマンの死 (ハヤカワ演劇文庫)』
    アーサー・ミラー
    早川書房
    1,080円(税込)
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  • かもめ・ワーニャ伯父さん (新潮文庫)
  • 『かもめ・ワーニャ伯父さん (新潮文庫)』
    チェーホフ
    新潮社
    464円(税込)
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  • 42丁目のワーニャ【字幕版】 [VHS]
  • 『42丁目のワーニャ【字幕版】 [VHS]』
    ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
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――戯曲や脚本はお読みになりますか。

山田:アメリカの作家ではテネシー・ウィリアムズの戯曲『欲望という名の電車』はすごいと思いましたね。はじめて読んだのは社会人になってからですが、脚本を書きはじめるよりちょっと前だったかな。アーサー・ミラーの『セールスマンの死』も自分の中に残っていますね。もうひとつ残っているのが、チェーホフの『ワーニャ伯父さん』。チェーホフというと『三人姉妹』や『桜の園』を挙げる人が多いと思いますが、私は『ワーニャ伯父さん』なんです。映画監督のルイ・マルが撮った『42丁目のワーニャ』というドキュメンタリー・タッチの作品があるんですが、これはニューヨークの小さな劇団が『ワーニャ伯父さん』を演じることになって、舞台稽古をしているところを撮る、という形になっているんです。稽古ですからコップに「I❤NY」の文字が入っていたり、ワーニャ伯父さんが近所で買ってきたハンバーガーを食べていたり、サモワールらしいものを飲んでいる人がいたりするんですが、でも役者も演出も素晴らしいんです。

――その後、多忙ななかでの読書生活は。

山田:仕事が忙しくなってくると、長いものを読んでられないでしょう。映画も観るし、お芝居も観たいものは観に行きますし。大学の時にはトルストイやドストエフスキーのような大長篇も読みましたが、忙しくなってからはどこをめくっても面白い本を読むようになりました。つまり短い、断章で埋まっているようなものですね。ルナールの『博物誌』やグスタフ・ヤノーホの『カフカとの対話』。これはヤノーホという若い青年がカフカの勤務先の保険事務所まで行って話を聞いたりしたものなんですが、これを実に驚くべき記憶力で再現している。何回読んでも面白い。カフカが喋ったことを書いているのに、それがアフォリズムになっている。ヤノーホはカフカのことを偉い人だと思い込んでいて、会いに行ったら見た目が普通なのでがっかりしちゃうんです。でも話していくうちに、じわじわとカフカの凄さが分ってくる。そういうプロセスもいいですね。カフカを尊敬している感触がいい。優れた人との接触って、安吾みたいに貶めるのも真実だし、敬服しすぎるのもどうかと思うけれど、ヤノーホという人は程がいいんです。好きですね。他には『ゲーテとの対話』。岩波文庫で三冊出ています。最近では頭木弘樹さんという方が『希望名人ゲーテと絶望名人のカフカの対話』という本をお出しになっていて、カフカの言うこともゲーテの言うこともやっぱり面白いなと思いました。

――名言やアフォリズムがお好きなんですね。確かにすぐ読めますし。

山田:ニューヨークで沖仲仕をやっていたエリック・ホッファーの本、『波止場日記』など何冊も出ていますが、この人のアフォリズムには一時期本当にハマりました。実際に肉体を使って労働している人の迫力と、人生を深く知っているという感じがありましたね。ここ5~6年前からすごく好きなのはポルトガルの詩人、フェルナンド・ペソアです。詩って本当は翻訳不可能でしょう。語りの多い詩なら翻訳しても魅力は残るでしょうけれど、厳密な言葉で書かれた詩はどうにもならない。「蛙飛び込む水の音」なんて、どう素晴らしいか言葉を尽くしても、直訳しただけでは伝わらない。フランス人のマラルメの詩だって「マラルメの詩は翻訳不可能だ。フランス語にすら」って言っている人がいる。それくらい詩の翻訳は難しいと思うけれど、なぜか僕は翻訳されたペソアの詩も好きなんですよね。ペソアは若い頃にはよそで暮したこともあったようですが、その後はどこにも行かずにリスボンでずっと働いていて、そういうのもいいと思う。冷たいわけではないけれども、深く人生や世間を見ているから、自分に対しても非常にクールなんです。仕事場で働いていて、社長やら同僚やらを見て、「僕は彼らを愛している」と思うけれど、次に「もしかすると本当に愛する者と出会っていないから、彼らを愛していると思うのかもしれない」と思う。下町の人情劇とは全然考え方が違いますよね。そんなのを読んでしまったら、あとは寝転がってぼーっとしているしかない(笑)。

  • カフカとの対話―― 手記と追想 (始まりの本)
  • 『カフカとの対話―― 手記と追想 (始まりの本)』
    グスタフ・ヤノーホ
    みすず書房
    4,104円(税込)
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  • ゲーテとの対話 上 (岩波文庫 赤 409-1)
  • 『ゲーテとの対話 上 (岩波文庫 赤 409-1)』
    エッカーマン
    岩波書店
    1,080円(税込)
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  • 希望名人ゲーテと絶望名人カフカの対話
  • 『希望名人ゲーテと絶望名人カフカの対話』
    フランツ・カフカ,ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
    飛鳥新社
    1,620円(税込)
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